完璧完全な回復
2人と白狼は1時間後に世界樹の根張りにある聖霊の泉に到着した。巨大な世界樹が、果てしなく続く森の中でそびえる。その根張りにキラキラと輝く泉があり、泉の周辺で聖霊が舞っている。
呼吸をするだけで体が浄化されるような爽快感があった。
ウォルヒルは思わず涙を流す。伝説の地に来たという興奮と達成感で心が満たされたのだ。
見るとジョミラーも瞳を赤くしていた。
不意に2人の前に緑の髪の美しい成人女性が現れる。とてつもない威厳と存在感を覚えさせる。ヴォルフガングを超える貫録を持ち合わせていた。
全身にキラキラと輝く精霊を数十従えている。
「死の森を超えて来た者よ。よくぞ参った」
「ど、どなたさまでしょうか?」
驚愕し、緊張する2人に大聖霊は微笑みながら名乗った。
「わたしは世界樹から生まれし聖霊の長。ヴォルフガングを退治してくれて感謝する!」
「聖霊の長!? ――大聖霊様とお呼びしてよろしいでしょうか?」
「よいぞ。――ふむ。確かにお主は聖霊の泉の力を必要としているようであるな。存分に使うが良い」
「感謝します!」
ウォルヒルが聖霊の泉の水・聖霊水を手ですくい、ジョミラーを呼ぶ。聖霊水は冷たいはずなのに手の平で柔らかく暖かくなっていく。
「ジョミラー、ちょっと実験台になってくれないか?」
「はい、喜んで!」
すくった聖霊水をジョミラーのX状の傷に塗ると、途端にX状の傷が消失した。
「ええっ?」
ジョミラーは水面に映った自分の顔を見て驚嘆した。決して消えないと思われた、深い古傷があっさりと見えなくなっていたのだ。それどころか肌を瑞々しく艶やかに変えていた。
結果に満足したウォルヒルが尋ねる。
「大聖霊様――傷が全身に及びますので全身で浸かっても構いませんか?
「構わぬが――あまり長く浸かると困ったことになるぞ?」
「はい、心得ました」
「きゃっ!」
ジョミラーは顔を手で覆い隠した。大精霊の許可を得るや、ウォルヒルは一気に服をすべて脱ぎ、勢いよく聖霊の泉に飛び込んだのだ。切れた腱や化膿しかけた傷を癒すにはこれしかないと思い、大胆な行動に出た。
するとウォルヒルの全身から気泡が勢いよく上がり出す。
「おお、これは何という快感! 傷がみるみる癒えていく!」
傷の深い左肩から特に気泡が上がり、恍惚感が溢れ出してくる。目も鼻も耳も喉も胸も腹も足も全てが心地よい。
「うほ~っこの35年間溜まるに溜まった疲労も溶け出していく~! これはたまらん~」
清らかであり濃厚な快感が身体中をくまなく駆け巡っていく。くたびれた四肢に活力が漲っていった。
うっとりとしばし夢心地であったが、ハッと我に返る。
「し、しまった。どれだけ浸かっていた? あまりの気持ち良さに我を忘れてしまった!」
急いで聖霊の泉を這い上がり、服を預かってくれていたジョミラーに近づくと、彼女は驚きで目を丸くしている。
口をあんぐりと開き硬直していたのだ。
「すまんすまん。服をありがとう……あれ、なんだか、ぶかぶかだな……」
服を着ていると違和感を覚えた。明らかに服のサイズが合わない。
着替え終えたウォルヒルにジョミラーが指摘する。
「い、泉の水面で自分の体をご覧ください……」
「何がどうした? ……おおっ!? なんじゃこりゃ?」
泉の水面に映る自分の姿が15歳ほどになっていたのだ。消えた金髪は繁り、くすんだ蒼い瞳は輝きを取り戻し、せり出ていた腹はスリムになっていた。
「わ、若返った……だと?」
「やはり人間は長く浸かると若返ってしまうようだのう。浸かり過ぎると能力もスキルも記憶も消えてしまうから注意だな……」
「で、できたら先に教えて欲しいです」
ウォルヒルは実はとんでもなく危険な橋を渡っていたのだと思い知る。記憶を失うなど、ここに来た意味さえなくなってしまうピンチだ。【万物収納】を失っていたかもしれないと思うとさすがに震え上がる。
大聖霊は真っ青になる人間を見て事も無げに言う。
「ちなみにバラバラになった死体も5分も漬ければ生き返るわい。神は案外に死者の魂の回収が遅いからのう……」
真っ青になるウォルヒルに、大聖霊は無邪気な顔で微笑んだ。
「じ、冗談なのか本当なのかわからない……怖すぎる!」
2人は欲しい分だけ泉の水を収納し、大聖霊にお礼をして帰路につくことになる。
だが帰る寸前大精霊からあるとてつもないお願いを受けるのであった。