守護獣スピバーグ
ヴォルフガングの内包していたエネルギーの量はウォルヒルの想定を遥かにしのぐ。
膨張するエネルギーは周囲の温度も急激に上げ、熱で何もかもが溶かされ、崩れていった。
が、炎のキノコ雲は急速に小さくなっていく。しぼむ風船のように大きさを縮小させていったのだ。
6つの【万物収納】空間に急速に吸引されていったからである。不自然な歪みが破滅のエネルギーを底なしに取り込んでいくのだった。
「もったいないもったいない。全部いただいておこう!」
ジョミラーは唖然とする。死の炎が目の前にあるのに一切の熱さを覚えていない。【万物収納】は多機能であるだけでなく、繊細な働きもすることに気づくと、もうあきれるしかなかった。
「……ウォルヒル様の〈神佑〉、デタラメ過ぎません?」
「僕もそう思えてきた。できないことがないなんてもんじゃないよね」
ウォルヒルも〈昇霊〉することで自分がとんでもない存在になってきたように思ってきていた。【万物収納】の存在を聞いて驚かない者はいないだろう。
魔法史、〈神佑〉史を揺るがすとてつもない術であることは疑う余地さえない。
【万物収納】のことは秘密にした方がいいかもしれない――ウォルヒルは直感的にそう考えた。
ジョミラーがようやくウォルヒルをそっと地面に降ろす。
「よっと……」
「はははは……生き残ったね」
「まったくです。正直、生き残れるわけがないと思っていました。何度死んだと思ったことか」
「僕だってそうさ。【万物収納】を使えばもしかしたらと考えたけど――竜に勝てるなんて想像さえしなかった」
「そうですよね。森を一瞬で消滅させる竜に勝つとか……言っても誰も信じませんよ」
二人は勝利の余韻に浸るのでなく、現実離れした現状にしばし放心してしまう。
すると直後2人の体が輝き出す。
点滅するように何度も〈昇霊〉の輝きが瞬く。
「うわっ……一気に凄い上がっている――」
初めは〈昇霊〉に大喜びしていたジョミラーも、ここまでくるとどうしていいのかわからなくなってきていた。
「ひぃ~、これいつまで続くんです!?」
点滅するウォルヒルがため息をつく。
「ありがたいけど僕はもうすぐ上限に届いて終了だ」
60で〈昇霊〉の上限になるという噂が本当であると、まもなく成長は止まることになる。
何となく落胆していたウォルヒルの眼前に、突如ポップアップ画面が表示される。
「えっ?」
ポップアップ画面は通常のステータス画面とは違っていた。差異に気づいたウォルヒルはポップアップ画面をじっと凝視する。
「こ、これは……!?」
そのポップアップ画面には意外なことが記載されていた。噂でさえも聞いたことがない、ある可能性が記されていたのである。
ジョミラーは爆発のせいで生まれた水蒸気の霧が晴れていくのに気づく。
目を遠方に向けるとあっと驚いた。
「あっ……ああっ? ウォルヒル様――」
「えっ? なんだい?」
ウォルヒルが振り返ると世界樹が500メートルほどの距離にあるのがわかった。
「世界樹……気づくとたどりついていたか……」
次にジョミラーが、ヴォルフガングが爆死した爆心地を指をさす。
「あとあそこに変なモノがありますよ」
「変なモノ?」
せわしない子だなと思いながらウォルヒルが爆心地の中心を見ると確かに奇妙なものが見えた。
それは高さが1メートルはある黒い卵であった。
「えっと――卵?」
何で爆発の後に卵があるのか首をかしげていると、大きな影が視界を横切る。
それは全長30メートルはある巨大な白銀の狼であった。
狼は全身傷だらけであったが強者らしい圧倒的で危険な雰囲気を発していたのである。
〈昇霊〉したウォルヒルは狼がヴォルフガングに匹敵する怪物であることを感じ取っていた。つまりは走るだけで森を吹き飛ばすようなパワーを有しているのだろうと予想する。
白銀の狼は静かにウォルヒルをじっと見つめる。
ウォルヒルはジョミラーを後ろに回し身構える。
「くそ、今度はオオカミの怪物か!?」
「誤解をするな。わたしは世界樹の守護獣スピバーグだ。おまえと争うつもりなどない」
「そ、そうですか。それは助かります」
ホッとするウォルヒルに、スピバーグは頭を下げる。
「礼を言うのはこっちだ。勢力を増し、世界樹を脅かしていたヴォルフガングをよくぞ退治してくれた。感謝する!」
「それはどうも! やった、世界樹にたどり着いて役にも立てたんですね!」
ウォルヒルはスピバーグの言葉に嬉しくなった。ヴォルフガングを倒せた奇跡にようやく意味を見出せそうになる。
「よかったですね! 聖霊の泉の水ももらえるかもしれませんね」
「聖霊の泉を希望か。それならば遠慮せずに使うがいいぞ」
「やった! ありがとうございます!!」
2人は聖獣の言葉に素直に喜んだ。死の淵から生還しただけではなく、世界樹サイドの者に気に入られるとは幸運でしかない。
伝説の奇跡の水をいよいよ手に入れられると思うと、自然と顔は満面の笑みとなっていた。