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不運な人生のもっとも最悪な日

 ホリウド王国の首都ロサンゼスから馬車で北に12日掛かる辺境の地、パラマウン地方エルビス。

 そこは2割が山岳、6割が森林、2割が荒野という土地で、頻繁にモンスターが跋扈していた。

 そんな僻地エルビスだが訪れる者が絶えない。なぜならばダンジョンが2つも存在しているからである。

 ダンジョンとは魔素溜まりが変化したもので、地下に空洞が伸びるように形成され、特有の怪物や財宝を発生させる性質がある。

 2つのダンジョンは他の地のダンジョンよりも危険度が高く、死亡率も低くないので人気は今一つだ。そのために腕が立つ冒険者だけがやってきていた。

 そんなエルビスに5か月前からとんでもないことが起きていたのである。

 〈諦めの荒野〉と呼ばれる地に、魔素が集まり、沈殿していたのだ。

 溜まった魔素はすでに地面に大きな穴をあけていた。

 そんな穴を今現在、指さす者がいた。


「もうすぐ新しいダンジョンに着きます!」


 そう声を出したのは中年男性だった。男は頬に大きな傷があり、頭部が禿げ上がり小太りだった。中年男性は冒険者らしく皮のベストに厚い手袋、膝下まであるブーツを身につけている。顔や腕に痣や傷が複数あった。

 中年男性が手招きをした4人組は異様だった。装備も身に纏う雰囲気もただならぬものがある。

 胸に青く輝く脳の型の水晶を下げた、神経質そうな顔をした青年が中年男に語り掛ける。


「うむ、時に荷物持ち兼案内人よ。名前はウォルヒルだったか?」


「はい、そうです、魔導士シュマッカさん」


 中年冒険者ウォルヒルは、脳型の水晶をしたシュマッカに微笑み返答した。

 ウォルヒルに胸にハサミの紋章の入った祭祀服を着た長身の青年が近づく。


「ウォルヒル殿、あなたはどうしてナゼそんな怪我だらけなのかね?」


 その指摘の通り、ウォルヒルの全身には摺り切り傷、痣が10近くあった。

 ウォルヒルは祭祀服の青年に苦笑いしながら答える。


「それがですね、ハイアムズさん――前日、この先にある魔素溜まりの偵察に行こうと所属するパーティに提案したら『ふざけるな!』『危険すぎる』『そんなことをいうおまえは追放だ』と袋叩きにされてしまって……」


「それは本当かね。ナゼだかわからぬが同情しよう」


 祭祀服の青年・ハイアムズが長い顎に手を当てて驚いて見せた。

 そんなウォルヒルに4人で唯一の女性が二コリと微笑む。女性は蜘蛛の巣の柄の刺繍をした服やブーツを身につけている。


「てか怪我だらけなのに結局案内をしてもらってすいません、ウォルヒルさん」


「いいえいいえ、お気になさらず」


 女性は労うような素振りを見せる――が、背中に回した手ではナイフを引き抜いていた。

 ウォルヒルを含めた5人が更に600メートル進むと魔素溜まり全体が見えてくる。

 全身を白い軽銀製の鎧で覆った巨躯の青年が生唾を飲み込む。

 

「ここまで濃密な魔力がもれでていやがる……確かに只事じゃない。それになんでかもうダンジョンになっているじゃねえか」


「うむ、間違いないぞ、バーホーベン。ダンジョンから魔獣が間もなくあふれ出す……〈魔獣大発生(スタンピード)〉が起きる!!」


 シュマッカが震える声で全身軽銀甲冑の男・バーホーベンにそういった。

 5人の200メートル先で黒とオレンジのマーブル模様のエネルギーが渦巻いていた。濃厚な魔素が地面を侵食する様は不気味で禍々しく映る。

 ハイアムズは思わず生唾を飲む。


「ナゼこんなことが起きるのかね――これはただならぬ異常事態というしかない」


「ああ確かに……なんでだかここら辺の魔獣が活発化しているっていうのに――」


 周りを大きく見まわしたシュマッカが周囲の異変に意識を向けてそう言った。ここに来るまでも20匹以上のモンスターを撃退してきていたのだ。

 ウォルヒルは4人を期待に満ちた目で見つめる。


「一刻の猶予もありません! S級冒険者パーティ《黄金街》のお力でダンジョンを攻略してください!剣聖バーホーベン、賢者シュマッカ、魔導師ハイアムズ、女怪盗サライミの武勲はここまで届いておりますよ!」


 ウォルヒルが案内した4人は王都ロサンゼスで活躍するトップ冒険者の《黄金街》であったのだ。

 〈第三のダンジョン〉がエルビスに生まれそうだと聞いて調査にやってきて、ガイドとしてウォルヒルが雇われていたのだ。


「ふん!」


 ウォルヒルの言葉に反応したかのようにバーホーベンが2メートル近い大剣を引き抜く。

 そしていきなりウォルヒルの左肩をバーホーベンが斬りつけた。


「ええっ!?」


 ウォルヒルは痛みよりも驚きに硬直する。


 続けてウォルヒルの右太ももを女怪盗サライミがナイフで切り割く。


「ぐはっ!?」


 倒れ込むウォルヒルだったがすぐに顔を挙げる。


「な、なぜいきなり!?」


邪悪に《黄金街》の面々が笑う。


「なんでだろうな? 間もなくダンジョンから魔物があふれ出てくる。だからおまえは確かに足止めになってもらおう!」


 というバーホーベンに続いてサライミがいう。


「てか実はあんたを殺すようマクティアナ様に頼まれていたの。結局死ぬなら役に立って?」


「!? どうして突然――なぜマクティアナの名が?」


 驚愕するウォルヒル。マクティアナの名前は18年前からくちにしたこともなかったからだ。ウォルヒルの脳裏に18年前の17歳の少女だったマクティアナの姿が浮かぶ。

  ウォルヒルが驚きから覚めぬ中、《黄金街》が去っていく。


「さらばだ! 生きながら魔物に食われるのも面白いと思わんかね?」


 ハイアムズの言葉を最後に《黄金街》がウォルヒルの視界から消える。

 ショックから我に返ったウォルヒルが立ち上がろうとする。が上手くいかない。


「うぐっ!?」

 

 ウォルヒルの太ももの傷から血が溢れる。

 それでも必死に立ち上がろうと懸命にもがく。


「くっそう! なんでこんな――村が滅びるかもしれない時に」


 激痛に苦しみながら必死に歩こうとしているとウォルヒルは昔のことを思い出す。

 髪がフサフサだった15歳の時に教会でスキルを授かったあの日のことを――。

 この世界の人間はおおよそ15歳で神から奇跡の技〈神佑(スキル)〉を授かる。

 ウォルヒルが教会で授かった〈神佑(スキル)〉は【収納】だった。【収納】とは物を保管できる特殊空間を出せるスキルである。また【収納】には「生きているものは入れられない」という制限があった。ありふれている上に、生かすとなると行商人や露天商ぐらいになるしかない。

 当時は男爵の息子で魔法学校に通っていたウォルヒルにはショックであった。

 級友や幼馴染が【剣技】【火魔法】【鑑定】などの〈神佑(スキル)〉〉を授かるのを見て心底傷ついた。

 あの時の周囲の失望と、嘲笑の視線は今でも忘れられない。

 ウォルヒルは将来は宮廷魔術師になりたいと思っていたのだ。


 【収納】のスキルに【出力調整】というものが付随してきたけど、使い方が全くわかっていない! いや、20年経った今でもわけがわからない!


 ウォルヒルは神父に【収納】の〈神佑(スキル)〉に【出力調整】という《サブスキル》がついているという説明を受けたがどう使えばいいかわからなかった。

 正確には【出力調整】がどんなことができるかはわかる。収納したモノをゆっくり出すか早く出すかを自在に調整できるものだ。

 石でも詰めれば攻撃手段に仕えるが、【収納】が容量が大きめな背負い鞄程度しかないので実用性は極めて低い。

 また《サブスキル》には嫌な噂があった。《サブスキル》が発生した者は〈昇霊(レベルアップ)〉という奇跡が起きにくいという俗説が流布されていたのだ。

 その後、ウォルヒルは懸命に勉学に励んだ。基礎魔法を積み重ねれば何かしらの道が開けると信じたからである。

 剣術にも精を出したがやはり魔法にしろ適した〈神佑(スキル)〉を持った者にはまるでかなわなかった。

 ウォルヒルの悲劇はさらに続く。

 叔父で公爵のリドスコが、軍の横流しで家を断絶させられる憂き目にあったのだ。国王に横領の疑惑を指摘され、進退窮まったのだ。

 そこで家の取り潰しを回避するために、ウォルヒルの父で男爵だったトニスコが、その罪をかぶることになったのだ。トニスコはリドスコ公爵の弟で、当時の国王は2人の従兄に当たるので何とかそれで許されることになったのだ。

 父トニスコは当然王都から追放され、男爵の地位を奪われて辺境の地の役人にさせられたのだ。

 その地こそダンジョンが2つある、ここパラマウン地方エルビスである。エルビスは〈死の森〉と呼ばれる森に覆われており、凶悪なモンスターが徘徊する国内で最も危険な場所でもあった。

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