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【書籍化】騎士爵家 三男の本懐 【二巻発売決定!】  作者: 龍槍 椀
第一幕 『魔の森』との共存への模索
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――― 征途③  ―――



 ――― 完全なる断末魔だった。



 巨体をくねらす音が、湿っていたのは『聖水』が奴を取り巻いているのか。 洞穴の入口から濛々と白煙が上がるのが宵闇を透かしても判る。 断末魔の咆哮は暫しの間続き、そして、耳が痛くなるような静寂が周囲を押し包んで行った。



「終わったな。 本体が傷つく事無く無事逝ってくれたようだ。 願わくば、次に生を受ける時には、たとえ人成らざるモノとなっても、安寧な生涯を送る事を祈願する。 『身体変容(メタモルフォーゼ)』などと言う、特異な状況に陥らない事をな。 ……行くか?」



 朋の祈りの言葉は何処までも冷徹だった。 魔力の集中により身体が変容する。 自身でも制御できぬ暴力的な魔力の奔流。 それが獣が、野獣に、魔獣に、そして魔物となる原因だと朋は理解しているのだ。 学究を志す者の中で、この世界の真理に達した者だけが持ちうる視点…… だと思う。 辺境の地では経験則からそれが自然と理解できる。 それが故に、『魔の森』は恐れる場所で在り、人は遠ざからねば成らない場所でも有る。


 が、人の生存圏を確保する為には、『魔の森』が伝播滲透(無限に広がり)し『魔の森に沈む』事を防ぐ為には戦わなくては成らない。 長く厳しい不断の努力を必要とする事でも有る。 幼木を伐り倒し、下生えを取り除き、小型の魔獣を狩る。 『森の端』の邑々では日々日常の風景だが、それが意味するところは大きい。 それを中央の貴族家子弟、それも魔導卿たる上級伯家が御次男が理解していると云うのは稀有の事だった。



「辺境にての暮らしの『境地』に至るか」


「下町では生き残る事が全てだ。 辺境の地と精神性は変わらない。 その場に身を置いた私ならば、その境地に至っても不思議ではあるまい? 思考する事は、生来の性格でも有る。 それに私は天才だからな。 到達しても何ら不可思議な事でも有るまい」


「そのまま腐り果てる輩が大多数である事を踏まえて、貴様は…… 稀有のモノだと理解している」


「誉めろ、誉めろ。 しかし、私の才を以てしても『魔の森』の神秘に到達する事は難しい。 世界を覆う巨大な森が内包する『神秘』に関しては、いまだその調査の(ちょ)に着いたとしか言えぬ。 貴様のこの地に於ける存在意義は、それだろう?」


「……言わぬ」


「だろうな。 それが宰相閣下とのお約束ならば理解できる。 まぁ、手助けは出来ると思う。 困難な場所で危機に晒されても健気に生きる者達は大勢いるのだ。 小さな一歩の手助けとなる様な『モノ』を私は模索し続けていく。 貴様も手を貸せ。 そうで無くば、辺境の安寧は保たれない」


「理解している。 朋よ、お前は何が見えているのだ?」


「巨大な猛威に敢然と立ち向かう小さき勇者。 心に『勇者の心臓(ブレイブハート)』を持つ名も無き武人。 そんな所か」


「それが私だと?」


「言わずもがな。 しかし、まだ足りぬな。 いや決して足る事は無いだろう。 よって、日々の研鑽と鍛練が重要となる。 装備装具の充実も必須だ。 よって、私が居る。 そう、天才の私がな」


「…………恩に着る」


「なんのッ!」



 蠱惑的ともいえる胸を張り、壮絶な笑みを頬に乗せる朋。 この男とも女とも言えぬ私の朋は、誰が何と言おうと紛う事無き『勇者の心臓(ブレイブハート)』を持つ漢だと言い切る事が出来るのだ。 夜の帳が落ち、周囲が完全に闇に飲み込まれる。 魔法灯の力を借り、周辺を明るく照らし出す。 仕上げの始まりだ。


 討伐完了した『ヒュドラ』の回収を始めねば成らない。 『砦』にも通達を出す。 後衛達にも助力を乞う。 もう戦闘準備は解いても良い。 今からは、特異点の回収とその保全、及び輸送に心を砕かねば成らないのだ。


 簡易的な野営地を設営し、交代で眠りながら中型魔物『ヒュドラ』が残した素材の回収を行う。 特に重要なのは『魔石』の回収。 コレを回収せねば、この場所に魔獣達が誘引される。 洞穴内部にも魔法灯火の明るい光を投掛けた。 岩場が『毒』と『酸』により溶け崩れている場所に『ヒュドラ』の亡骸はあった。 傷一つ着く事無く事切れて居た。 朋の魔道具の効果なのだろうか。 魔石の ” 掘り出し ” は順調に進み、かなり大きな魔石の複合体が取り出せた。


 その色は虹色。 透き通った魔石は膨大な魔力を蓄え、さらに結晶化した魔石本体は魔力の拡散を押し留めるように強固であった。 集中した魔力が ” 内側に向かって意思を持つようにうねる様子 ” を、興味深く見ている朋が言う。



「高値で取引されるな、コレは。 一身代とも言える金額になるだろう」


「騎士爵家には入らんがな」


「ん? どういう事だ?」


「約定が有るのだよ。 屑魔石以外の魔石は『寄り親』家への上納が決まっている。 まして、宝石級ともいえる様な代物は、必ず提出を求められ騎士爵家の金蔵には入らない」


「片務約定だなそれは」


「そうでもない。 コレを成す事によって、『寄り親』の懐は温まり優良な領兵団を養う原資となる。 そして、合力を求めた際に出動してくれるのだ」


「……辺境ならではの約定と言うべきかな。 私には騎士爵家の負担が大きすぎると思うのだが…… まぁいい。 その他の魔物由来の素材はこちらで使えるのだな」


「あぁ、肉も革も牙も爪も我等が取得物として扱われる。 その辺りは『冒険者』や『探索者』と同じ扱いとなる。 騎士爵家の兵団を養う資金源としてな」


「……幾許かは手元に残すのだろう?」


「私の『道楽(研究)』も有るからな。 なにか欲しい物が有るのか?」


「あぁ…… 在るな。 色々と」


「ならば、工兵の取り纏め兵と相談したほうがいい。 収容物の選定は一任している。 素材の剥ぎ取りが終ったら、この地に埋葬するから早い方がいいぞ。 今回の討伐に於いて、戦功の第一は貴様だからな。 話は聞いてくれると思うぞ」


「応、判った。 アレか、工兵の取り纏めは」


「そうだ、良き漢だ。 爵位の無い民草だが、その実力は折り紙付き。 礼を以って話せば判ってくれる。 頑固者だがな」


「そうか。 判った」



 過去に例を見ない程の素材を剥ぎ取り残滓を埋葬する。 工兵達には苦労を押し付けた。 帰ったら労いを多く渡さねば成らないだろう。 それにしても朋はアレコレと多くを要求していたな。 まさか、脱皮した抜け殻を、全部持ち帰るのだと断固として主張していたのには驚いた。 後備として準備していた兵も動員して、素材の荷運びをするとは思わなかった。 実質二日に渡り、素材の剥ぎ取りをしていたことに成るのだ。 コレは異例な事なのだ。



 しかし、貴重な素材が大量に入手できた事もまた事実でもあるのだ。





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― 新着の感想 ―
本来なら命懸けの戦いになりかねなかったのを完封してら( ・ω・)
ともちゃん大絶賛! これは励みになるね。
簡単に終わったけど、ここまで莫大な人員と資源を注ぎ込んできた上に、トモさんという滅多にないラッキー要素が加わって、できたことなんですね。
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