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【書籍化】騎士爵家 三男の本懐 【二巻発売決定!】  作者: 龍槍 椀
第一幕 『魔の森』との共存への模索
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――― 対処準備と根回し ―――


 私から聴くべき情報を聴き終えた彼は、小さく口を開き、言葉を紡ぐ。



「成程な。 推測には過ぎないが、特異体の『身体変容(メタモルフォーゼ)』の原因は掴めた。 だからこそ言えるのだが、先程、私が示した対処方法は有効だろうな。 その個体、地下深くで『魔結晶(・・・)』を喰った可能性が高い。 更に言えば、焼け残ったサイクロプスの残滓と一緒に、濃縮された『毒』も喰らった。 ソイツは、身体を作り替える程の変異で、死ぬほどの辛い目に会いながらも、生き残ったか。 その個体がもともと特異体である可能性も捨てきれないな。 通常の数倍程度の大きさの『特異体』ならば、苦痛への耐性も高いからな」


「魔結晶をか?」


「特に大型の魔物の『魔石』は王都ですら喜ばれる。 純粋に『宝石』としての価値すらを持つからな。 美しくカットし、魔法の杖や剣の柄頭の装飾に使用するそうだ。 内包される魔力を用いて、簡易的な魔法武器とも言えるモノにするそうだな。 魔法剣や魔法杖の装飾に使うのが一般的でもあるな。 益体も無い……」



 苦々しく言葉を紡ぐ朋。 指摘されればその通りなのだ。 屑魔石とは違い、透明度が高く豊富な魔力を内包している。 光の加減で、虹色の光粒が魔石の中をうねる様にも見えるのだ。 『宝石』としても重宝するだろう。


 また、凝縮した魔力は、放出されるまでに時間が掛かるのも既知の事実だ。 古いモノならば、百年物の『魔結晶』も有るのだそうだ。 まぁ、私には何も関係は無い話だ。 


 その様な貴重なモノは全て『寄り親』様への献上する約定となっている。 騎士爵家支配地域には、恩恵すら与えられない事は良く知られた事実だ。 だから、あまり興味は無かったのだ。 しかし、朋はやけに断定口調で話すな。 何故、そこまで自信を以て言い切れるのだろう。 問うてみた。



「……しかし、何故そう言い切れる?」


「脱皮した皮が残されていた。 それも完品でだ。 だとすれば、脱皮して直ぐと考えられる。 『身体変容(メタモルフォーゼ)』は、王都の魔導院での研究によると濃い魔力を体内に保持した状態が長く続くと起こり得る現象とある。 居たのは『浅層の森』なのだろ。 その様な濃密な魔力が滞留しているとは考え辛い。 先程の貴様の話を聴いて合点が行った。 つまり複数個の『魔結晶』を体内に入れたと考えられるのだ。 そして、現象は不可逆であり、唐突に始まる。 今回に限り云えるのが『脱皮』のタイミングと重なったと考えて しかるべきだろう。 幸運なのが報告から、魔物の変容体が特定できていると云う事だ。 『ヒュドラ』としか考えられぬ。 何故ならば、蛇種の変容体は、その自身の性質から逸脱していない。 種別が変わればその限りでは無い。 飛翔系への変容も有り得たのだから。 その場合は『バシリコック』と変容するだろうがな」



 一息入れた朋。 思い出す様な仕草で優秀な頭脳に格納した数々の知識を取り出し吟味していたのだろう。 やがて、言葉を繋ぎつつ、不明な私に説明を続けてくれたのだ。



「『身体変容(メタモルフォーゼ)』に関しては、数々の報告が王宮魔導院に寄せられている。 研究の一部として私も読んだ事は有るのだが、多々ある事から『性質の継承』は、既知の事実として認識されている。 だとすれば、変容体は『元の性質』に引き摺られる。 その上、幼体でもある。 ……まだ、魔法耐性などの二次的な形質を取得するに至っていないだろう。 それを会得するには、少なくともその性質を持った他種の魔物を丸呑みせねば成らんからな。 脱皮したてで、体力を回復中と考えられる」



 ぐるりと私達を見渡し、諧謔味を感じさせる含み笑いと共に彼は言う。



「 ……さて、事は早急に対処せねば成らなくなった。 さしあたり、【凍結】の『魔道具』と、大規模な聖水召喚を熟せる『魔道具』を用意せねば成らないが、コレは私が成そう。 特に難しい事は無い。 既知の魔法術式を組み合わせるだけで済む。 何に符呪するかを選定せねばならん。 それ程時間が掛かる事も無いだろう。 なにせ私は天才だからな。 そちらの…… 出撃の準備が終わるまでには準備が出来る」


「そうだな。 これより、必要人員の選定を行い、速やかに数日が内に当該地区に進発するつもりだ」


「魔道具の開発完了は間に合わせよう。 それにだ、わたしも連れて行け」


「出来んよ。 浅層と中層の境にあるのだ。 危険すぎる」


「並み居る『黒揃え』が居るのにか? ソレの方が有り得んよ。 あの狙撃第一班を私に付けてくれ。 それだけで十分だ」


「あ“? 全く、貴様は…… 言い出したら聴きはしないからな」


「判っているじゃ無いか。 さぁ、仕事だ。 始めるぞ」



 踵を返し、私の執務室を出ていく朋。 言いたい事だけを言い、思考を巡らし、遣りたい事をする為に退出して行く傍若無人でとても有能な朋の後姿を見送りつつ大きな溜息を吐く。 言い出したら聞かないのは魔法学院時代から知っている。 そして、それは、もう彼の中では決定事項なのだ。 小動(こゆるぎ)もしない、唯我独尊野郎なのだ。



「なんとも…… 豪快な御仁ですな」


「昔からだ。 あの姿であの態度。 どう対応して良いか判らない」


「あの方を御せるのは、指揮官殿しか居られますまい」


「頭の痛い事だ。 ……だが、方針は固まった。 人選を行う。 今回は『索敵強襲作戦』となる。 可能ならば、危険を排除する事も任務に含まれる。 朋は対処可能とは言い切っていたが、次善の策は取らねば成らないと思う。 何事も絶対は無いのだから」


「賛成です。 射撃班は一班と二班、歩兵…… いや猟兵は二個小隊。 残余の部隊は二次線に投入し、万が一に備えます」


「副官は予備として後方に配置。 残余部隊を率い突入隊の掩護と退却路の確保を命じる」


「復唱します。 私は残余部隊を率い突入部隊の掩護と退却路の確保。 承知いたしました。 休暇に入っている部隊人員にも集合を掛けますので、これで」


「頼んだ」



 出撃の準備を行う。 相手は大物である。 準備を怠り、相手を侮ればこちらが被害を大きく受けるのは必定。 十全なる準備をして、退路を確保し周辺に罠を仕掛けなくてはならない。 例え脱皮したてだと云えども、相手は巨大な魔物なのだ。


 油断をすれば一気に情勢は傾く。


 しかもちい兄様の御婚姻は直ぐそこなのだ。 浮かれている街に避難勧告を出す事は混乱を助長する事に他ならない。 出来れば、極秘に動ければと思うが、そうもいかない相手なのだ。


 副官が部隊の準備を成している間、私は騎馬を駆り本邸に向かった。 双子の甥達と一緒に居た大兄様を捕まえて執務室へと共に向かう様に願う。 真剣な眼差しから、不穏な空気を汲み取って下さった大兄様は双子の甥達と共に執務室へと入って下さった。


 巨大な執務机では無く、応接用のソファに座り、甥の二人をあやしながら兄上は、私へ話を促す。 兄上は『魔の森』の異変には気付いていらっしゃらないので、その対応はおかしくは無い。 私も対面のソファに座りそろりと話を切り出した。



「上級女伯領への御出立、早めて下さいませんか?」


「なんだ、なにが有った」


魔蝮(ビットバイパー)が出ました。 全長が10ヤルドに迫る大物です。 可能性として、『身体変容(メタモルフォーゼ)』も考えられます。 脱皮が重なり、今は体力不十分で眠りについております」



 私からの報告に、一瞬呆けられた兄上。 事の重大さにお気づきになられたのか、一気に御顔に浮かぶ表情が引き締められた。 甥達もその雰囲気にのまれたのか、ぐずる事を止め泣く事も無く、暴れる事も無く、兄上を見詰めていた。


 いつぞやの光景を思い出されたのか、周囲の温度が一気に落ちる程の殺気とギラリとした剣呑な光が……




       ――― 御継嗣様の瞳に浮かび上がったのだ ―――




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― 新着の感想 ―
女性化しても潜伏生活してたから体力はありそう 魔力は天才 知識は膨大 つよい
設定の練り込みが凄い。魔物の変異する条件や有効打になる条件の設定がしっかりしていてとても良きです。そりゃあ蛇系は変温動物の生態持ってておかしくないよね。
朋が魔の森前線入りまでするとは思わなかったな 守らないと男じゃないよな
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