――― 脅威と対処 原因と結果 ―――
その一言は、私達の虚を突いた。 執務室の細い窓から差し込む光が彼を照らし出しており、まるで何らかの使徒降臨の幻想を見ている様だった。
「なぁ、蛇種の魔獣なのだろ、コレ」
「そうだが?」
「なら何で凍らせない? いや、周囲の温度を下げるだけでも十分だが?」
「なに?」
「基本的に蛇種の野獣は、冷気で行動を抑制できる。 例え、対象が『身体変容』していようが、基本的な種族の本性と言うべき性質に変化は無い。 蛇族は変温動物と知っているだろ? 寒くなれば動けはしない。 それになぁ…… おい、君。 魔蝮が『身体変容』を引き起こし『魔獣』から『魔物』に変質するとしよう、どのような魔物に成るか予測してみろ」
突然、朋から副官への『審問』の様な言葉。 副官は良く考え込む漢なのだが、この時は虚を突かれた。 珍しく副官は、考え込む前に言葉を口から漏らしたのだ。
「塒が発見された場所は、『浅層の森』最奥の『番小屋』近く。 あの場には地中に毒物が多く残存します。 処理はしましたが、完全とは言い難く。 いずれは薄まって行きますが、今はまだ地中に濃く存在すると思われます…… なにせ、巨人種のサイクロプスの死骸が埋められてもいるのですから。 アレは血液迄『人』にとっては毒。 突然の魔力増加と『瘴気』と『毒』により穢された場所での身体変容。 つまり…… そうか…… 『ヒュドラ』か!」
「 まぁ、生息域に『毒』やら『瘴気』が多ければそちらの方に傾くな。 だったら、そんな所か。 ……ならば、何が有効か」
「『聖水』…… ですね」
「遊撃部隊の『銃』の弾丸に仕込んである魔法術式は?」
「【聖水召喚】」
「ならば、冷やし氷結させてから、大量の『聖水』をぶちまけるだけで無力化できるな」
「いや、それは…… その様な…… 出来るのですか? その様な事で、本当に『ヒュドラ』を無効化する事が? 無効化どころか、討伐も夢ではない!!」
「どちらも、大した魔法術式じゃない。 問題は術者の体内魔力が少なくとも侯爵級が必要と言うだけだ。 しかし、私の朋は魔法具を開発する時に、その原動力を体内魔力では無いモノに依り成立させている。 ならば、答えは直ぐそこだ。 簡単な事じゃ無いか。 術式を符呪するモノの選定から始めてはどうだ、ううん?」
天才と奇才を併せ持つ朋の頭脳は、大地図の中から情景を呼出し、常識と呼ばれる既知の『知識』を掛け合わせ、さらに遊撃部隊の戦用の装具がどの様な魔法術式を駆使しているかを乗算して、この難問に対する危険度の少ない、それでいて効果的な解法を導き出しのだ。 呆気にとられる。 そんな私に彼は続けて質問をぶつけて来た。
「さっき『サイクロプス』がどうとか云っていたが、何の話だ?」
「公言して然るべき事柄では無い」
「いいだろ、別に。 此処には私と貴様と貴様の副官しかいない。 口を閉ざせと言われたら、極秘事項は死んだって話さないのは、『魔道具師』として守秘義務を守る事は当然だ。 だから、話せ。 十分な情報が無いと、危険度の判定は難しくなる。 隠れた危険は、貴様を敬愛する兵達の命に直結するのだ」
「……たしかにそうだが。 事は宰相閣下とも守秘義務を結んでいる事柄。 おいそれとは口外できぬ」
「では、掻い摘んで…… 『埋めた』という事実を。 何をどれだけ埋め、何を残したかを聴きたい。 現地の状況が判れば、推測の確度は上がる。 ……何故そんなことに成ったのかは聞かぬ」
「判った。 それならば、宰相閣下と締結した『守秘義務』の適用外とする。 が、宰相閣下には、報告だけはさせて貰う。 掻い摘んで、現地の状況と事実だけ教えよう。 ただし、これもあまり口外して欲しくない。 それで良ければ話そう」
「承知した。 さぁ、話せ」
朋の強引な説得に私は折れた。 それ程、彼の明示した『解決策』が余りにも明確かつ簡素なモノで、そちらの方に圧倒されたからだ。
説明は至って簡単に済ませた。 当該地域は、例の帝国侵攻時に対処した場所に程近い。 滝の直下の広場の近隣とも言える。 あの後、大型の魔物の遺骸をそのままにして置く事はしなかった。 滝の上に『番小屋』を整備する必要も有った。 ある程度時間を置いてからでは有るが、大型の魔物と魔獣の『死骸』の処分に出向いたのだ。
帝国兵達は影も形も無かった。 いや、注釈として『生きている帝国兵達』が付くが。 辺りは色々なモノが腐敗し汚濁に沈んでいた。 清浄な森の空気が霧散しており、魔物の身体から毒が流れ出す『陰惨な風景』が眼前に広がった時、絶望感すら覚えた程だった。 そのまま放置すれば滝の周辺の環境は激変する。 早急に処分し土地を『清め』『改め』ねば成らなかった。
先ずは、サイクロプスの遺骸から『魔石』を掘り出す事。 十五体の死体は重く瘴気を纏い半ば以上崩れていた。 血液すら毒液と化しているのだ。 容易な作業では無かった。 現に十五体全てから『魔石』を抜く事は出来なかった。 身体を折り曲げている個体は、既に腐肉の小山と化していて、周辺に毒素と瘴気をばら撒いていたのだ。
『耐毒』の魔法を駆使しつつ、出来る限り回収したサイクロプスの『魔石』は全部で九個。 六個は回収できなかった。
フォレストストライダー 二十五体に関しては、サイクロプスよりは問題が少ない。 半甲殻類という特殊な種で有る為『肉』の部分が少ないのだ。 ただし『魔石』の有った部分が頭部に近く、二十五体中完全な『魔石』が回収できたのが、僅かに十三体分。 残余の十二体の『魔石』は、砕けていた。 砕けてはいたが、回収はできた分マシといえよう。
巨大魔物、魔獣の『素材』に関しては、どうする事も出来なかった。 時間が経ちすぎで、彼方此方腐敗していた事も有り、諦めざるを得なかった。 コレは、致し方ない事だった。 討伐した遺骸を解体し持って帰る事は不可能と工兵隊も同意し、その場で処分する事を決定した。
土魔法が使える者達を集め、サイクロプスは個々に、フォレストストライダーは数個体を一度に、巨大で深い穴を大地に穿ちその中に落とし込んだ。 『毒気』が地下水を汚染する事が怖いので、増幅魔法術式を刻んだ『魔晶』を死骸の上に放り込み、私の拙い初級の火炎魔法を行使した。
初級魔法の火炎は『魔晶』に仕込んだ増幅魔法術式で中規模広域魔法級の火炎にまで増幅。 穴の中の魔物と魔獣の死体を灰燼に帰しめた。 それでも尚、燃え残りは存在するが、それは大地の力を借り、自然へと返還する道を選んだ。 完全焼却が出来る様な内包魔力は私には無いのだ。
ある程度処理をしたその後、燃え残りの遺骸を土深く埋葬する。 汚染された場所は、『聖水召喚』による浄化を試み、それに成功した。 『魔の森』は元の清冽な場所と緩やかに戻って行った。 いや、それでも時間は掛かるだろう。 ただ、大幅にその時間を縮めたに過ぎないが、それが、森を穢した我らの職務とも言える。 帝国は本当に厄介な事ばかりやってくれると、その時は大いに愚痴を垂れていた。
……今回、その後遺症とも云うべき事柄が引き起こされたのだ。
ジッと私の話を聴く朋。 目に幾つかの知性の光が灯る。 自称天才の彼の事だから、王都での様々な噂話と私の話から、正確な出来事を予測したのだろう。 その事については、朋は口を開かない。 『聴きたい事』を聞いただけと、その様に振舞ってくれる。 頭抜けた天才と言うだけでなく、深い洞察力を保持する朋の頭の中では、きっと、魔の森の中で何が起こったかを正確に推察している事だろう。 それでも、『原因』については一切『問い質す』事も無く、ただ、私達が何をしたかを聴く事に徹してくれた。
それは、正しく…… 私に負担を掛けぬ様に『配慮』してくれたからなのだと思う。




