――― 危機回避 ―――
……そんな『恋愛体質』な騎士爵家の中で、私は かなり毛色が違った。
元よりその様な噂が流れる事も無く、母上が用意した方々にも一切の興味を持てない私。 事実、対人関係の構築が下手な上、女性に対しては少々委縮してしまい、意識するような相手にはどうしても距離を取ってしまうのだ。
今思えば、子爵家の四女…… 婚約者だった方に、嫌われる道理が有ったと思う。 口下手で、気が利かないのは、自分自身でも理解しているのだ。
意識しない女性相手には『仲間』であるという事柄が、私の中で特別感が醸成されて、良好と思われる関係を築けている…… と思う。
――― そんな中で、見た目が女性の『人』が、私への好意と友誼を前面に出してやって来たのだ。
母上でなくとも色めき立つのは必至と云える。 だが、兄上は私の事をよくご存知だ。 一瞬の観察の内に私と朋の関係性を見抜き、其処に友誼しか存在しない事を看破されたのだ。
晩餐を皆で囲むことに成り、朋と朋の従者にも参加を呼び掛けたのは兄上。 騎士爵家の家風として、今後 騎士爵家の庇護下に置かれる朋もまた『近しいモノ』となる事を考え、家族と同様に接するとお決めになった事からのお誘いだった。
勿論、高位貴族の方としては受け入れられない事柄でもある。 良くて御当主との会食が限度なのだ。 勿論『主催は上級伯家』で招かれるのは『騎士爵家当主』と言う立場で…… なのだ普通は。 しかし、朋は事も無げに、その提案を受け入れたのだ。
「騎士爵家に相当な負担をお掛けし、お世話になるのだ、中央の貴族的規範などクソくらえだ。 いや、有難くお受けする。 今後、騎士爵家との良好な関係を構築する為には、その方が絶対に『善き事』なのだ。 私の従者に医療を心得る者もいる、なんなら若奥様の妊娠経過観察も出来よう。 必要ならば、何時でも言ってくれ」
「何故、その様な方が?」
「俺が女体化したからだッ!! 言わせんな!!」
「成程。 御家は貴様を殊の外大切にしているのが判った」
「だから、理解するなッ!!」
晩餐は粛々と、そして楽しく過ぎ去る。 突如として行われた晩餐は、いつも通りの騎士爵家の夕餉に二、三品が追加されただけの代物。 特別なワインも蔵していない我が家では、普段使いの隣家産のテーブルワインが供せられる。
色付きの水みたいなものだが、無いより有った方がいいと言う判断なのだろう。 普段は、それすらも出ず普通の水だけなのだ。 肉料理にしても、柔らかな家畜の肉では無く、市井の者達の食卓に上がる魔獣肉を加工したモノ。 食べ慣れていなければ、硬くて獣臭もする。 事実、朋の従者は幾らも食べていない。 朋だけは旨い旨いと全部平らげていたけれどもな。
朋の社交性は、その場でも発揮されるのだ。 食事に際し『会話』を始める為の引き出しは やたらに多い。 どんな話題でも、楽々と対応出来てしまう。 政治の話や経済の話に始まり、中央の貴族達の間における噂話やその噂の根拠になるような出来事も網羅している。
此処までは貴族的な事なのだが、それ以上に市井の最底辺の者達の事についても精通していた。 貧民窟に身を隠していた時に得た知見だと笑っていたが、微に入り細を穿つ市井の者達の感情の動きに、私までも感心する。 それは全て、本当に困っている者達を見出す為の観察の結果なのだという。
やがて晩餐に供せられる物も無くなり、食後の飲み物が配られる。 甘い物は付かない。 口の中をさっぱりと洗い流すモノや、香味と酒精の強い北方辺境の蒸留酒などが配せられる。 ゆったりとした時間が訪れ、さらに会話は盛り上がりを見せる。 少々酔いが回ったのか、貧民窟に身を隠した時の状況を、楽し気に語る朋。 そして、その結論たる部分をゆったりと口にする。 高位貴族の在り方としては、甚だ異端なのだが、彼の口から流れ出る言葉には不思議と説得力が有るのだ。
「困っていると見せかけて利用する輩も多々いるのだよ。 私と同じように『生き汚く』、矜持の欠片も無いモノも又、王国民の一人なのだよ朋よ。 見捨てられるかッ、そんなモノでも。 そう成らざるを得ない理由が、私にははっきりと見えていたのだ。 ならば、その原因を取り去れるかと云うと、そうも出来ぬ。 悶々としたさ。 個人が出来る事など、本当に矮小なのだ。 だが、考えを巡らし、天才が策を求めれば道筋も見える。 光に到達できる細い道がな。 そんな者達へも『占い師』やら『呪い師』などに身を窶し、適度に『生きる為の道』を見せたのだ。 苦境から逃れる術を確立する為に、何が現状を変える力になるのかを提示したのだよ。 褒めたまえ」
「褒めるかどうかは別にとして、そこまでするのか」
「私とて生きていくには金銭が必要だ。 僅かな対価でも糊口は凌げる。 皆が少しずつでも幸せを享受できるのだ。 善き事だろう?」
「……そういう見方も有るのだな。 理解した」
「法典や規範では救えぬ者もいる。 道理の外に生きている者が居るのだ。 ……朋よ。 実家を飛び出し、徒手空拳で生きる事が出来たのは、きっと生来の気性のせいだろう。 母上様が命がけでこの世に送り出して下さった、その対価に私が得たのが『生き汚い』生き方なのだ。 権力も権勢も名誉も矜持もかなぐり捨てて、生きる事を目指した結果の知見だ。 母上様が思い描いた事とは違うかもしれないが、私は満足している」
「そうか。 ならば、この神様の加護から見放されたような辺境の地に於いて、貴様は聖母となれるかも知れんな」
「そこで、女性名詞を持ち出すのが、貴様らしいと思うのだが気に入らんな。 『天才』が『神』となるくらい言えんか?」
「『神』の名を徒に出すべきではない。 いざという時に幸運から見放される」
「それが辺境の流儀か。 ……厳しいとは聞いていたが、日常から精神的に縋るモノすら制限せねば成らぬのか。 ……あぁ! これからも新たな発見と見地を得て行くのだろうな、私は。 この地に研究室を持てることに感謝しよう。 騎士爵卿、御許可を下さり誠にありがとう。 研鑽を捧げ、この地に安寧を齎せる事に尽力する事を約束しよう」
突然、話を振られた父は、慌てつつも対応する。 社交辞令と思っておられるだろうが、『朋』は本気だ。 朋の瞳の奥に沈む光がそれを如実に物語っている。 これこそが、偏屈な魔導卿家の次男の本質なのだ。 馬鹿正直に、自身の誓いを口にする、本当にどうしようもない…… 好青年なのだ。 故に、私は彼と堅く友誼を結ぶに至っているのだ。
「お、おう。 それは、嬉しき言葉ですな、卿。 あまり、御無理はしないで頂きたい」
「まずは、情報の収集とこれまでの研究の確認をせねば成らないですよ、卿。 時間は掛かります。 が、いずれは…… ですな」
「期待してお待ち申し上げます」
「宜しく」
晩餐会は恙なく終了する。 朋の今宵の宿は本邸に用意してもらった。 程よく酒精が回る朋は、はたから見ても妖しく妖艶なのだ。 たとえ、男とは理解しているが、それを超える艶やかさに魅了されてしまうかもしれない。 『砦』は、ほぼ男所帯なのだ。 あの姿に中てられる兵が出るかもしれない。 兄上は、私の懸念を見抜いておられた。 朋と別行動する事に、賛意を示され、朋が本邸に逗留される事を勧められたのだ。
兄上すら懸念する程に…… 酔った朋は、『危ない』のだ。 間違いとは、何時発生するか判らぬモノ。
それに私は『砦』の主。 よって、私は今宵も何時もと同じく『砦』に帰る事とした。




