――― 研究 ―――
◆ 光明を掴む為に
使用した屑魔石は、最小の魔物から取り出した魔石。 『色』は、くすんだ鈍色。 宝飾品には向かないし、溜まっている魔力も僅少と云える。 この屑魔石を主な実験材料としたのには、相応の理由が有る。
魔道具の動力源としても、あまり利用されない、価値の無い『本物の屑魔石』だ。 理由はその内包魔力の少なさ。 そのくせ、この系統の魔物は際限なく湧く上に、良く魔力を溜め込む性質を持っている。 一所に集めたら、魔物の誘引物質になり果てるし、有効な利用方法も無い。
よって、辺境に於いても、処理に苦慮しているのが、一番の原因だったからだ。 コレを使う事によって、幾許か減らす事が出来て、さらに兵達に苦労を掛けぬ様に出来たならば、辺境の安寧は飛躍的に安定感を増すだろう事は想像がついた。
幾多の試行錯誤の結果、一つの検証結果が導き出された。 魔石間の不均一は、屑魔石を細かく砕き、粉にして混ぜ合わせる事で均一化に成功。 どの様な状態であっても、魔石の魔力保持量は変わりなく、くすんだ鈍色のままで粉に成ってくれた事に歓びを隠せない。
採取された魔石のまま利用するには、その形状からバラつきが出来てしまう。 粉にして量を計り、小さく紙片に包み込めば均一な物体として扱える。 画期的な事だとは思う。 しかし、未だ、試作段階。 様々な利用方法も浮かぶが、それよりも興味を優先させた。
それに、この状態だと、単位時間当たりの自然放出量が多くなってしまう。 持って二ヶ月と云う所か。 劣化と云う難問は後回しとした。 使えるかどうかを、先に確かめねばならなかった。
記憶の中の『銃器』と云うモノに強く興味が引かれていたからだった。 あちらの世界では、弾丸の発射には火薬の爆発力を使用する。 固体から気体の変化と、熱による膨張が、細い管の底部で起こり、栓のように塞いでいる弾丸を、管の先から打ち出すと云うモノ。
似た兵器に石弓や長弓、クロスボウなどが有る。 アレは『火薬』の代わりに弓に張った弦の反発力を利用して、矢を飛ばす。 ふむ。 扱いやすさや、筒を使用するならば、クロスボウを原型とすれば良いか。
騎士科にもクロスボウは存在するが、改造を目的として解体する事を前提にとなれば、新品など受け取る事は出来ない。 まして、騎士科に存在するクロスボウは、どちらかと云うと実践向きでは無い、儀礼武器である側面も強い。 そんなモノを分解前提で受け取るのも気が引ける。 それを購うのに、どれ程の金穀が必要なのかを考えると、手が出ない。
一応、騎士科の教諭に相談した。 安価な…… できれば、組上げる前の素体としてのクロスボウが、実験の為に欲しいが、どうすればよいかと。 教諭は一瞬、呆けた様な表情を浮かべ、そして、面白げな表情に変わる。 よほど、異例な申し出であったのだろう。 最後には、笑いながら、王都の一角に在る武器屋を教えてくれた。
騎士団にクロスボウを納品している業者だと云う。
休みの日を見繕い、紹介を受けた武器屋に出向き、必要と思われる品々を購入した。 店主は妙な顔をしていたが、魔法学院の生徒という肩書は、奇妙な申し出を受けるには十分な事だったのだろう。 安価…… とは行かないが、店主の厚意も有り、騎士爵家の私でも何とか購入する事が出来る金額での取引となった。
素体は、『クロスボウ』十張り分。 組上げる前のモノで、弓と弦は省いて貰った。 要は銃床と引き金機構、ラッチ部分。 それだけだった。 当面の『実験』には、それで十分だった。
纏めて松明の様に縛り、魔法学院への道を戻る。 学友たちの奇妙なモノを見る目に晒されながらも、それを錬金塔に持ち込めたのは、その日の夕方。 夜を徹して、第一号試作品を作成する。 銃身は加工しやすい木の棒。 管に加工するのは骨が折れたが、その他の機構を盛り込むのに、細工は易い。
銃口は開けたまま、銃底にはクロスボウの引き金の機構をそのまま使う。 工夫したのは、銃底に螺旋のコイルと起動術式を刻んだ衝底を仕込んでいる事。 これで、ラッチ機構の倒れ込み部分が、紙に包まれた魔石粉を直接叩かず、紙が破れる事無く紙に刻んだ風の魔法術式を間違いなく発動出来る上、元の位置に戻る事が出来るように成る。 螺旋のコイルは、まぁ、自作でも有るので、様々な硬さのモノを用意し何時でも交換可能とした。
弾丸は、クロスボウの矢をそのまま利用。 単矢と呼ばれる、ある程度重量のある矢だった。 紙に『風』の魔法術式を刻み、石臼で挽いた魔石を定量化し包み込む。 一応は形になった。 早朝の騎士科の鍛練場にそれを持って向かう。 弓の修練場で試作品第一号の、試射を実施するのだ。
最初から上手く行くとは思っていない。 銃口からボルトが出たら、それだけで、まずまずの成果だと思う。 威力以前に、頭で考えたことが、実際に機能するのかこの目で確かめねばならなかった。 朝露に濡れる、まだ薄暗い弓の修練場。 的に向かって銃口を上げる。 射撃姿勢は、クロスボウと同じ。 指に掛けた引き金を引く。
耳元で炸裂するような音が響き、盛大に銃底が爆発した。 いやはや、驚いた。 銃底部分がバラバラになった試作品一号。 ボルトは、なんとか銃口から出たが、的迄の距離の半分ほどしか飛ばなかった。 これは、銃底が爆発した事により、十分な圧力がボルトに伝わらなかった為と、ボルトと木管に大きな隙間があった事、それに、ボルトの重さがあの魔石粉の量に対して重すぎたためと思われた。
ふむ…… 成程。 改良の余地だらけだ。 思った以上に魔石粉が発生する風…… いや空気の量が多く、一気に圧力が高まったせいで、銃身の銃底部分が耐えられ無かったと見受けられた。 そうなるか。 そうなるよな。 では、銃身の材質を変えよう。 銃身の形も工夫をこらそう。
銃底は、もっと分厚く、銃口に至る程細くなるようにしよう。
思い描くモノとは、似ても似つかないモノではあったけれども、最初の第一歩としては、十分な成果だと云えた。
試行錯誤は続く。 銃身は鋼鉄製に変更。 銃底部分は銃口部分の二倍の外径を持つ。 銃底部分の機構は同じ。 銃身を銃床に固定する為の細工も施した。 弾丸に関しては、ボルトを半分に切り、銃身の内径とほぼ同じとした。 隙間は目立たないが、引っ掛かりなく動く様にと。 試作二号機の製作には手間取り、かなりの日時が掛かった。 考えられる、ありとあらゆる事を盛り込んだのもその理由の一つ。
非常に簡素な造りではあるモノの、その簡素さ故に壊れないモノを作り上げたかったからだ。 なにせ使う者達は、繊細なモノを扱うには、少々不安がある『兵』なのだから。
日々の学習は勿論、怠ける事は無い。 軍学の座学には必ず出席したし、過去の戦闘詳細を細かく学べる機会など、魔法学園を卒業した後は望めない事だから。 貪欲に、ひたすら貪欲に、知識を詰め込んで行く。 実技も手を抜くわけにはいかない。 体術や剣術など、才能やギフトを与えられては居なかったが、国軍の兵と肩を並べられるくらいには、兵としての地力は付けたかった。
辺境に帰り、実家の力と成るには、それが一番の事柄であると、そう自認していたからだ。 強く、精強な兵となり、父や兄達の負担を減らす。
――――― 愛してくれた家族に対しての、責務であると『認識』している。