――― 爵位の隔たり ―――
何とも迂遠なやり方であり、時間の浪費が酷いと感じてしまった事は、私が辺境出身の低位貴種の家柄だからかもしれない。 騎士爵家とはあまりに違う事柄なので、指導教官殿に尋ねた程。 その意思疎通の方法は、王宮に於いての意見具申方法と何ら変わる事が無いと、私の疑問に答えてくれた指導教官の言葉が有った。
“ 迂遠ともとれる意見交換だが、それは問題の周知を徹底している事にも繋がる。 家人だけでは無く、使用人達にも問題を共有させ『家』の行動指針に家門がどう判断するかを理解させるやり方だ。 それは王宮での政と同じ方法を以って成されている。 独断と周囲を顧みない行動は軋轢を生み、成さなくては成らない事を阻害してしまう要因ともなる。 全ては規範に則り周知徹底し情報を共有する事で、阻害要因を極力排除する為の方策なのだ。 よく気が付いた。 中央と辺境での意思決定に必要とされる道筋はそれ程の『差』が有ると云う事なのだ。 勿論、様々な弊害が有る事も知られている。 よって宰相閣下は国王陛下にとても近く、即断即決を旨とされておられるご様子なのだが…… 宰相閣下は、剛腕の持ち主。 その行動に『無謬性』が陛下により “ 認められておられる ” からこその振舞いなのだと理解する事だ ”
納得も出来るご説明だった。 王都の貴種達は多かれ少なかれ王国の政に参加しておられるのだ。 王宮での慣習を小さい頃から身に着けて置かねば、淘汰されるべき人物として排除される。 そうなれば、家門の衰退は免れぬものと成る為、幼少期からの教育で徹底的に身に付けさせられるのだと云う事に気が付いた。
そして、朋のこの立ち居振る舞いも又、高位貴族家の者としては少々異端では有るが、慣習に則ったモノであると云え様。
執事長の案内で父上の執務室に到着した。 中から入室の許可の文言が聞こえた。 執事長が重厚な扉を開け、父上の執務室へ足を踏み入れた。 私が伴う人物を見て執務机に着く父上の表情が困惑に変わる。
「魔導卿家の御二男とお聞きしていたのだが、どちらに居られるのか?」
「少々事情が御座いまして、魔法薬により御姿を変容されておられます。 こちらが魔導卿家の御二男に御座います、父上」
朋の姿に、少々驚きを見せつつも頷かれる。 そして、朋の口より確かな口上が父上に伝えられ、彼の『希望』を述べるに至る。 騎士爵家としての判断は父上のお気持ち一つ。 上位の貴族家の御子息よりの『希望』は、王国の貴族に連なる者として受けざるを得ないのだが、その存在の奇異性に困惑の表情を浮かべられるのだ。
「騎士爵家御当主に申す。 陛下より研究場所の自由を戴いた王宮魔道院 魔導研究部 民需局の第五席魔導士としてこの地に研究室を設けたく存ずる。 既にこの地には私の研究の全てを送って在り、また御子息が『砦』に於いて保全されている。 よって、『砦』に我が研究室を置き、以て王国の藩屏たる者の義務として成果を出し王宮魔導院への報告を遂行したく存ずる。 宜しいか」
「御意向は…… 承りました。 が、愚息が『砦』は『魔の森』にも近く、周囲には大きな街すらも御座いませんが、宜しいのでしょうか?」
「何の問題も無い。 華美な装飾や豪華絢爛なる建物など、一つも必要が無い。 私の戴きし役割は『民に則した魔道具の開発』。 倖薄き、神の加護さえ薄き大地に住まう者達が、本当に必要とするモノを模索すべき立場である。 よって、『砦』の周囲の状況は、その模索に必要なモノが揃っているとも言える。 何が必要で、何処までが最低限度なのかを考える上で、恵まれた土地などでは得られぬ知見を得る事、間違いは無いと、そう考える。 重ねて願う、この地にての研鑽にご同意、ご賛同を得たい」
「……その言葉、『真の貴種』を体現されておられる。……貴女は」
「女性では無い。 魔導卿家が次男だ。 そこは間違え無いで頂きたい。 『砦』に於いてもすべて辺境の事情に合わせるとの言葉を吐いた。 約定でも有ると捉えている。 そこに、私については魔法学院錬金塔での『私』と同じように扱う様にと朋とも約している。 卿、朋と私の間には友誼は有るが、それだけなのだ。 そこの所は、しっかりと理解して欲しい」
「御意に。 ……おい、お前は、本当に上級伯令息との『真の友誼』を持ったのだな」
しっかりとした朋の言葉にタジタジとなっている父上が、私にそう問い掛ける。 まずもって、錬金塔での日々は私にとって輝かしい青春の日々なのだ。 だから、彼との約定は護って然るべき事柄なのだ。 しっかりと父上に頷き返す。 私の真剣な眼差しに、フゥと溜息を吐く父上。 そうなのだ。 父上の代までは中央の貴族との関りなど、とても望めないのが普通だった。
それが、次兄様が上級女伯様の配となる事が決まったり、私の所に上級伯令息が王宮魔導院の第五席魔導士としてやって来たり…… 今までの『常識』が全く役に立たない状況に父上も頭を抱えておられるのだ。 そこへ、母上がやってこられた。 きっと、私が朋を連れ本邸に遣って来た事を聴いたのであろう。
「あなた、どうなって居るのですか?」
「いや、上級伯家の御二男様が『砦』にて民生品魔道具の研究開発の為の研究室を持たれたいとの思召しなのだ」
「そうなのですか? 失礼ですが、此方の御令嬢は?」
「母上、事情が有り性別が転換しておりますが、彼は私の『朋』であり上級伯家の御二男様に御座います」
「えっ? こ、これは失礼いたしました。 陳謝、致します。 騎士爵家奥向きを司っております、御目に掛かれて光栄に御座います」
「奥方、良いのです。 このような形となったのは、私の不注意からの仕儀。 今の非礼については陳謝を受け入れ許します。 今後『砦』に於いて研究に従事しますので、お見知り置きを。 多分……ですが、私の形は暫くはこのままであろう事は予測されますが、決して朋とは『そういった意味』での交流は有りませんのでご安心ください。 私も男児で有りますので、其処の所は宜しくお願い申し上げたい」
しっかりと釘を刺すなぁ……我が朋は。 まぁ、彼の姿を見たとたん、母上の瞳にはある種の輝きが灯ったのを見たが、それが残念なモノを見る様な目で私を見詰める光に変わっている。 何かしらの期待でも有ったのだろうか? 朋だぞ? 魔法と魔道具以外に眼中に無い様な輩なのだぞ、母上。
もし、本当に朋が女性であっても、私は “ そう云った意味 ” で一切の興味は持たなかったと思う。 まして、上級伯爵家である御実家。 もし、本当に女性であったなら、魔導卿が簡単に手放す訳も無く…… 箱入りの御嬢様となっていた可能性は高いのだ。 あからさまに残念そうな視線を向ける母上に、小さく溜息を吐く。
そう云えばもう直ぐ次兄様の婿入りが有る筈なのだが、どうなって居るのだろうか? 『魔の森』の調査が忙しく、騎士爵家の事に関しては余り気にしては居なかったが……
「母上、ちい兄様の婿入りは順調なのでしょうか?」
「えっ、ええ。 そちらの方は上級女伯家の方で善きようにされておられます。 必要な事柄は、あちらの御家臣の方々が “ あの子 ” に教授して下さいますので、私達が何かをする必要は有りません」
「そうですか。 ならば、安心ですね」
「ほう、あの上級女伯様の元で研鑽を納められるか。 それは、それは……」
朋はとても善き笑顔を浮かべている。 こんな笑顔を浮かべる朋は決まって悪い事を考えている時だ。 と言う事は次兄様は、相当に御辛い立場に追い込まれているのか?
何が有るのだろう。 少々心配になって来た。




