――― 騎士爵家への道程 ―――
項垂れる朋に言葉を投げる。 私の一存で ” 彼が『砦』で研究を続ける事 ” は、許可する事は出来ない。 『砦』の主としては、そうしてやりたいと思うが、許可を出すべき者は別にいる。 そう、騎士爵家の当主である父上なのだ。
「だがな、貴様も知っての通り、私は騎士爵家の三男だ。 決定権など持ってはいない。 御当主様である父上と御継嗣様である兄上に御許可を戴かなくてはならんのだ」
「そこは、理解している。 何時でもお伺いする。 そして、願うよ。 此処で研究を続けさせて欲しいとな。 何だったら宰相閣下からの『許認可状』でも見せようか? そっちの方が、話が早いならそうする」
「ゴリ押しは…… まぁ、いいか。 上級伯家の御令息?が、そう思し召した上に宰相閣下を通じ国王陛下の認可も有るのであれば、父上も嫌だとは言えぬからな。 それに、貴様が居れば何かと、魔道具の開発が捗る事も有るだろうからな」
「あぁ、良いな。 それは良い。 居候として住まわせて貰えるんだったら、家賃として貴様の研究に協力する事は吝かでは無い。 それに、またぞろ面白き事を画策しているのだろう? 私にも一枚噛ませろ」
「そういう奴だよ、貴様と言う男は。 良いだろう、『砦』の閉鎖している貴賓室を貴様の居室とする。 側付の者達も、あそこならば十分に貴様の世話が出来るだろう。 飯はどうする?」
「こっちでお世話になるのだから、こちらの流儀に合わせるよ。 貴様はどうしているのだ?」
「あぁ、この所は此方にて食事もしている。 本邸に帰る時間が惜しいし、住み込みの通信士達が交代で『砦』の事をしてくれても居るからな」
「あぁ、さっきの…… あの方々は、どのような方なのだ? 預かっている良家の御夫人か? 騎士爵殿が選りすぐった、家政の専門家か?」
「いいや、違う。 貴族ですら無い。 我が領の未来の礎となった方々の、……伴侶だ」
「うぐッ…… そ、そうか。 な、成程な。 それで、貴様にも敬意を払っていると。 厳しいとは聞いていたが、相当なモノだな辺境と言う場所は。 ……判った。 こちらの流儀に従う。 お前達も良いか、此処は魔導卿家では無い事は肝に銘じて置け」
「「御意に」」
恭しく頭を垂れる朋の従者たち。 いや、上級伯家という高位貴族なのだから、別段王都での生活を持ち込んでも構わんのだが? それは…… 無理か。 ここ辺境の地では、王都程、華やかな所はまずない。 慣れてくれば、別段気にもしなくなるような事ばかりだが、女性ならばきついだろうな…… いや、朋が女性と言う訳では無いのだが、見た目がな……
こうして、一定の約定を結び、朋が『砦』で共に生活できるように通信士の纏め役には話を付けた。 貴賓室を使用可能なように調えて欲しいと告げる。 後は、御当主様である父上に御許可を戴くだけにしてから、本邸に向かう事にした。 御許可なくば、否が応でも王都に戻って貰うことに成るのだからな。
半分諦めてはいるが、その可能性も捨てきれない。 父上の判断には成るのだ。 畏れ多い事として、お断りに成られる可能性だって捨てきれない。 なにせ、騎士爵家と上級伯家との間には、隔絶した身分差があるのだからな。
――― § ―――
朋に急き立てられるように本邸に向かう。 馬車は使わず騎乗にて向かうことに成るのだが、身分差が有る為に馬の轡は私が取ることに成る。 朋の従者にしても、爵位持ちなのだ。 この場で私より身分の低い貴族はいない。 と言う事で準備を進めていると、第一班の者達が護衛を願い出て来た。
射手を先頭に総勢十五名。 全員完全武装の哨戒作戦仕様の集団だった。
「御手先、務めます。 指揮官殿も騎乗をお願いいたします。 馬の轡は我らが取ります」
「……いや、それは」
私達の言葉の遣り取りを聴いていた朋は、居ても立っても居られないと云う風に言葉を紡ぐ。
「その様な事は、どうでも良い。 私は軍馬の騎乗も出来る。 まぁこの姿だから、今は…… 襲歩などは無理だが、速歩くらいならいける。 要は騎士爵家本邸に早く着ければよいだけだ。 朋よ、騎乗せよ。 お前の護衛の言う通りだ。 この『砦』だったか? ここでは貴様が最上位者でも有る。 貴族の身分制度に拘るな。 辺境では辺境の理が、有るのだからな」
「そうだろうか?」
「そうだぞ。 この地の民、兵から敬愛を受ける貴様を『轡取り』などにしてしまえば、私の見識が疑われる。 貴様はこの地を統治する者でも有るのだからな。 騎乗せよ、私の隣に並べ。 行くぞ、時間が惜しい」
班長たる射手はキラキラとした目を朋に向ける。 副官である曹も同じく敬する視線を朋に送る。 そういう所だぞ、朋よ。 習慣や貴族の矜持を無視して合理的な考えと状況をよく読む貴様は…… 変わらないのだな。 判った。
騎乗にて本邸に向かう。 準備を成し、集団で行動を始める。 朋が班長の彼女に声を掛けた。
「ときに君、試射の感想は?」
「はい! とても使いやすくなりました! 弾道も素直に真っ直ぐで落ち難くなりました。 見越し角度も左右のブレも無くなり、引き金を引いた時の感覚は、当初頂いた時と遜色有りませんでした。 ……であります! それに、幾分か…… 有効射程も伸びた様な気がします」
「そうか。 それは良かった。 何か問題を抱えたらいうのだぞ。 私は天才だから、何とでもなるからな」
「はいッ!」
おいおい、どういう事だ? さっきまであれだけ警戒していたのに? しかし、まぁ、良い事なのか。 装備の更新も、保守点検も朋を巻き込もう。 なにせ『天才』なのだからな。 どんどん手伝って貰う事にしよう。 ニヤリと笑みが頬に浮かぶ。 なかなか得難い機会なのかもしれない。 準備は整い、本邸に向かう。 騎乗するのは朋とその側周り、そして私。 護衛は第一班全員。 一団は粛々と本邸へと向かったのだ。
――――
本邸に於いて、執事長に出迎えられる。 来意を伝え父上との面会を求めた。 執事長は恭しく頭を下げ、配下に伝令を頼むと私達の先導を務めてくれた。 流石は上級伯家の御令息への対応なのだなと思う。 私だけなら、自身で向かう為に誰も先導になど付かない。 当然それは、貴人対応となるのだ。 護衛は玄関口まで。 第一班の者達は、鍛練場へと向かい、私達は父上の執務室へと向かった。
静かな邸内に私達の足音だけが響く。 勿論、朋も何も言わない。 緊張しているのではなく、それが至って普通の事だからだ。 王都において、魔法学院での学びの中で貴種の者達との交流は何度も有ったと云える。 そんな中で、この国の中位とも言える伯爵家の令息達との交流も無くも無い。
そんな中で強く意識したのが、彼等の邸内での立ち居振る舞い。 騎士爵家では何か事が有る度に家族で集まり、『騎士爵家』としての指針を確認していた。 が、彼等はそうではない。 王都の…… 中央の貴種の家では『当主』の意思がまず優先される。 よって、家人とは雖も誰も当主の意向に対し物申す者は居ない。
加えて、当主が判断を間違えていると感じた場合も、直接的な意見の表明は行わない。 自身に付けられた侍従に対し『懸念』を口にするだけ。 それが、侍従達の間で共有され侍従長に報告される。 その間侍従達の間での意見交換や意見具申等が行われ、第二席の侍従…… つまりは奥方様の侍従なり筆頭侍女へと事柄が告げられる。 奥様の判断を持ち、やっと執事長への伝達が行われ、そこで『問題』の開示が行われると云った流れで『会話』が成立する。
何ともややこしく、迂遠なやり方だと思う。 当然、朋もその洗礼を受けている。 よって、要らぬ口を邸内で叩く愚は犯さないのだ。 これが、王国の真っ当な貴族の在り方でも有ったと、思い出して苦い笑いが頬に浮かんだのは……
朋には秘密だ。




