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【書籍化】騎士爵家 三男の本懐 【二巻発売決定!】  作者: 龍槍 椀
第一幕 『魔の森』との共存への模索
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――― 朋の事情 ―――

 

 朋の語る内容に絶句し、言葉を紡ぐ事さえも出来なかった。 相変わらずというか、無茶苦茶と言うか…… 彼の考えを理解するには少々時間がかかった。


 禁忌のポーションの重複使用により、魂が本来の性別を誤認するようになったとか、聞いた事も無い。 王都の大聖堂に於いて、解呪…… と云うか、何と云うか、そんなモノを受けたらしいのだが、より一層『女性』として魂が認識してしまったとか。


 もう、何と言ってよいかもわからない。 その上、あまりにも重複して使用した結果、耐性が付き今では、当該のポーションを飲んでも、極短時間しか女性から男性への性別の変化が起こらないという。 処置無しである。



「こっちで、善き術者はいないだろうか? 王都大神殿の神官達も頭を抱えていた。 誰か知らないだろうか?」


「知らん。 と言うよりも、王都の教会でダメならば、何処へ行ってもダメなのでは無いか?」


「た、例えば、貴様が…… なにか、思案は無いか?」


「私の専門では無い。 錬金術とはいえ、私は『技能』に従った迄。 その技能も『工人』なのだ。 薬は専門外だ。 知識としては知ってはいるが、良くて回復系のポーション迄。 お前のように禁忌には手を出していない」


「そ…… そうか。 貴様でも無理ならば…… 無理なのだな」


「諦めて、王都に帰れ。 ここでは研究も十分には出来んだろう? 預かった馬車は直ぐにでも出立できるようにするから」


「いや、王都には帰らん」


「何故だ?」


「怖いんだよ、親父の目が……」


「魔導卿の目? どういう意味だ?」



 なにやら、深そうな事情が有る様だ。 『砦』にて、自身の研究を推し進めたいと、国王陛下の前で言葉にした事は、なにも言い逃れでは無い様なのだ。 一体、何が彼をして その様な無茶を言う原因となったのだろうか? 沈黙を貫く朋を冷ややかに見詰めながら、言葉を待つ。 語ってくれねば『砦』での研究に関して「許可」など出来ない。 此処は、対魔物、魔獣戦闘の最前線となる場所だ。 そんな場所に王都の高位貴族の御令息?を、常駐させる訳にはいかぬからな。


 ぼつぼつと話し始める朋。


 その内容は極個人的かつ『家族の肖像』に関する秘匿すべき事柄でも有った。 何故ゆえに王都の公邸に彼が居られないと感じたのか。 底流に有るのは彼の生まれに関しての事情だった。 彼が生まれる時に、彼の母上は命を掛けられた。 膨大な内包魔力の母が、胎児の内包魔力の少なさ故『魔力欠乏症』に似た症状を呈する事は良く知られている。 その際には、貴族家ならば『胎児を流し』次子に期待する。 内包魔力が豊富な婦女子はそれだけ貴重な存在でも有るのだ。 


 しかし、朋の母はそうはしなかった。 命を掛けてでも朋を出産すると決意されていたのだという。 なぜならば…… 体内に有るうちから何かしらの『特別』を感じられていたからだという。 なんとしてもこの世に生み出さねば成らないと御決意されて居たらしい。 そして、残念な事に御母堂は遠き時の輪の接する処に旅立たれた。 悲嘆が魔導卿家を覆ったらしい。 朗らかで、周囲を明るくする様な御夫人だったと朋は言う。 まるで陽だまりの様な方だったと。 さぞや悔やまれた事だろう。



「親父殿は…… まぁ、わたしには冷たかったよ。 幼少の頃は何故か判らなかった。 が、年を経る毎に事情も分かるようになった。 母を殺したのは私だと、そう思われても仕方ない」


「そんな事は無いだろう? 命を掛けられたのは御母堂なのだし」


「理屈と感情は別物なのだよ朋よ。 今回の戦役に当たり、我が魔導卿家にも宣下が下る。 その宣下の内容は知っての通り、戦争に有利に働く魔道具の開発だった。 嫌だった…… だから逃げ出した。 それも、大きな理由だが、母が命を掛けて生んでくれた私には、人の命を奪う様なモノを作り出す事が出来ないのだよ。 魔導卿家と言う上級伯家の『出自』と『名誉』は判る。 だが、それよりも前に私がこの世に生まれ出た意義を考えてしまうのだよ。 戦役が終っても貧民窟に隠れ住んでいたのは、それが理由でも有る。 あの場所に生きる民は皆困っている。 生きる事が辛い場所なのだ。 死にたくなるような日々に、たとえ一灯でも生きる気力を与えたかった。 だから、あのまま市井に没するつもりでもいたんだ」


「……判る様な気もする。 貴様の心根は何時も優しさに満ちているからな。 困難を前にした者達に手を差し伸べる事を躊躇なくする貴様だ。 しかし、王都の公邸に在していたとしてもそれは出来るのではないか?」


「それがな……」



 朋の話は彼の主観の話だと、そう思う事にした。 なにせ状況が異常過ぎるのだ。 近衛参謀の彼が朋の元側付達を見つけ出したのは必然。 私からの手紙を手にする前に彼等との接触を果たしていた。 しかし、朋の逃避潜伏が予想を上回る程の巧妙さにより、彼を見つけ出す事が出来なかった。


 そんな時に私が出した手紙が届いたという訳だ。 そう『索敵魔道具』付きだったのだ。 状況は好転し、なんでも王都から流れ出す下水道の一本でようやく捕縛に成功したらしい。 近衛参謀からは詳細は教えられてはいないが、朋の側近達を使った事だけは何となくだが理解した。


 朋の事を良く知る人物でも、まさか当該人物が性別を変容させているとは思っていなかったらしい。 しかし、其処からが眉唾モノの話なのだ。 朋が言うには、彼の実家である魔導卿家の本邸に於いて、古くからの使用人達が涙を流し彼の帰還を慶んだというのだ。


 別におかしくは無い。


 が、その喜びようが尋常では無かったと朋は言う。 執事は普段の冷静さを失い滂沱の涙を流しているわ、家政婦長はそそくさと彼の手を取り彼の自室では無く、亡くなった彼の御母堂の御部屋に連れ込んだと云うのだ。 そして、徹底的に風呂で磨き上げられた後、家政婦長自らの選択により女性モノの衣装を着せられたと云うのだ。


 その姿を見て古手の使用人達が同じように滂沱の涙を流す異様な光景を前にして困惑しか無かったと…… そう朋は言う。


 何時にも増して感情豊かに対処したのは厨房長だったと。 あぁ、あの少し大げさな厨房長の事だなと思い出した。 そして、彼は続けるのだ。 まるで身体を投げ出さんばかりに彼の前に傅き、頭を挙げる事無く呟き続けていると…… 何と言ったかと聞くと、物凄く嫌そうな顔をしながら教えてくれた。


「“ 奥様、奥様、奥様、お帰りなさいませ。 奥様のお好きなモノを幾らでも作りますので、ダイニングでお寛ぎ下さい。 好まれておられた茶葉は切らした事は御座いません。 奥様、奥様、奥様…… ”ってな。 私も周囲も困惑しきりだったが、したり顔で頷いていたのが執事長だったのが、なんとも不気味だったよ。 それで、無理矢理ダイニングへと向かわされ、親父殿との対面となったんだ…… あの時の親父と兄上の顔、貴様にも見せてやりたいよ。 一瞬呆けた顔をしてから、ガッチリと肩を掴まれ、そして抱きしめられたんだぜ、あの私の事に関しては無頓着な親父殿にな。 兄上も兄上だ。 そんな素っ頓狂な事をしでかしている親父殿を温かく見詰めているのだ。 止めようともせず、何故か目に涙を浮かべながらな。 あとから…… 兄上に “ 一度だけでいい、抱きしめてくれないか ” と云われた日にゃ…… どうすれば良かったんだ?」


「知らんッ」


「だろうな。 そんなこんなで、あの家に居る限り、私は母上の衣装を着ることに成るし、家族や家臣たちの対応も次男から『奥様』への対応に成っちまうんだ。 特に古くからの使用人達がな…… はぁ、何だあの対応は。 私に、どうしろと言うのだ」


「知らんッ」



 朋の言葉を私は切って捨てる。 判らんものは、わからんのだ。 彼の家族に関してのアレコレなど、私に判ろう筈も無い。 ただ、理解出来たのは、彼が彼の生家で暮す事がかなりの困難を伴うと云う事だけだった。 魔導卿家では朋を『次男』では無く『御妻女の身代わり』として遇されていた…… のか? 


 それとも、亡き御母堂様が戻ってこられたと思われたか? 訳がわからん。


 執務室の中に居る彼の側付の者達が申し訳なさそうな顔をしている所を見ると、朋の話はあながち虚偽では無い事は理解できた。 全てを理解する事などは出来ないだろうがな。 つまり、朋は王都に戻るつもりなど、さらさら無いと云う事だけは理解出来た。 



   ――― 仕方がない。



 朋が『砦』にて研究をする事を了承する事にした。




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― 新着の感想 ―
これは…かなり、キツいのでは……????? 辛く当たられてたのにも何とか折り合いつけてた親父がオギャってくるようなもんでしょう?? うーん()
生き写しも良いことばかりではない可能性ががが そして性転換して母親似だったのなら男性時もそれなりに似てて お父さんはそれが辛かったのかなーとか考えてみたり
なかなか酷い理由で草 そりゃこっちきたくなるわね ずっと居たらええ
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