――― 朋来たりなば ―――
「そんなに評価してくれていたのか。 なんとも恥ずかしくも誇らしい。 ……業務中か?」
「哨戒行動の報告を受けていた。 こちらが上級伯爵家の方だ。 御実家は魔導卿家。 失礼の無いように。 ……我らが遊撃部隊の射手班 第一班、班長の射手だ。 凄腕の上に、索敵範囲が遊撃部隊の中では抜きん出ている。 とても有能な兵だ」
わたしは初対面である二人に、互いの事を紹介した。 朋はツカツカと執務室に入り、射手に手を差し伸べ握手を求めた。 真剣な視線に射手も応えるように手を差し伸べる。 ガッチリと握手を交わし、互いを見詰めていた。 何かしらの感情の交歓が有ったのか、射手の肩から力が抜けた。 そして、視線を泳がせるように彷徨わせ、その視線が私の方に向く射手。 なんだろうか?
「大層、兵に慕われているな朋よ。 まぁ、いい。 良いか君、こんな形をしていても、君の大切な指揮官殿に『友誼』以外を感じることは無い。 私は、王宮魔道院 魔導研究部 民需局の第五席の局員としてこの地にやって来たのだ。 いわば、国の機関の者だからな。 ん? 背にしているのは『銃』か」
「は、はい…… 『銃』であります!」
「良かったら、見せてくれないか? 興味がある。 『朋』が心血を注ぎ開発した、対魔物魔獣用の決戦兵器。 魔道具開発者としては気に成らない方がおかしい。 開発当時、私も色々と手を出したが、完成品を見た事が無いのだ。 見せて欲しい」
射手は私に困惑の視線を向ける。 『銃』には、朋の ” 思案 ” も詰まっている。 見て貰う事は吝かでは無い。 もっと言えば、じっくりと見て貰い、何か不都合な点が有れば教えて欲しい所だ。 ゆっくりと射手に対し頷く。 意を決したように射手は肩から『銃』を下ろし、捧げ持つように『銃』を朋に手渡す。
朋もまた、『銃』が遊撃部隊に於いてどのような意味を持つ物なのかを理解したように、捧げられた『銃』を一度両手に持ち、額に押し当てるように「感謝の意」を示す。 早速と言ってよいのか、真剣な顔で『銃』を検める朋。 幾度か空打ちをしてから射手に問う。
「何か不都合な点は無いか? 最初に受け取った時と比べて、動作が重くなったとか、狙いが狂ってきているとか?」
「有りません! ……であります」
「ほんとうか? 引き金の重さは? 狙いのブレは? 特に上下方向に関しての狂い、そして弾道に関しては修正値が大きくなっていないか?」
「……そ、その、この頃、少々引き金が重く成った様な気もしますであります」
「だろうな。 ちょっと待て。 おい、机を借りるぞ」
朋は猛然と銃を手に執務机の横に立ち、銃を弄り始めた。 と、言うよりも分解を始めたのだ。 それはあっという間の出来事。 幾つかの留金を外し、正規の手順以上の速さで銃床から銃身を抜き、引き金部をばらし、撃鉄部を解す。 手に詳細鑑定の魔法術式を紡ぎ出し浮かべ、細かく調べ上げていた。
バラバラに成った『銃』は綺麗に執務机の上に規則正しく並べられた。実際に作り上げた私よりもその作業は正確で抜かりない。 幾つかの魔法術式を埋め込んである部品に関しては、鑑定結果を踏まえて術式に魔力を流しながら詳細に鑑定している。 さらに、銃身を精査した時には私に向かってそれを差し出してキツイ口調で言葉を綴った。
「中心線が狂っている。 修正しろ。 ” 工人 ” お前の事だ、鍛冶場でなくとも『ここ』でも出来るだろうからな。 銃口と機関部を見て見ろ、これでは弾道が狂う。 直せ」
「お、おう」
更に朋は機関部に関しても真剣な面持ちで詳細に不具合を探っている。 色々と思う所が有るらしい。 銃身の修正をしながら見ていると、ブツブツと呟く朋の声が聞こえる。 変わらんな、錬金塔時代と。 思考が口に出る癖は、今も直っていない。 貴族子弟として直せと、言われていた筈なのだがな。
“ 基本的には錬金塔での『銃』と変わりない。 武人の過酷な使用を考慮し、極力簡素な術式を組み合わせているのだからな。 しかし、コレはいけない。 余りにも簡素な組み合わせである事により、つなぎ目の魔法術式に無理が掛かり過ぎている。 発動術式に滞留と破損が見られる訳だ。 冗長性に欠ける。 私なら…… もう一枚術式を噛ませる。 そうする事により術式の発動に時間差が生まれ、術式本体への負担が減り長期間の無保守による使用にも耐え得る結合術式に成る。 ……銃は、この兵にとっての『命綱』。 必要な時に必要な状況で不発などと言う事は、看過できぬであろうからな。 よし、この際だ改変して置くか ”
私の許可を得る事も無く、その手で紡ぐ魔法術式をもって銃の発射機構の魔法術式に加筆して行く朋。 おい、それは騎士爵家の正規の備品だぞ? 遊撃部隊のみに配備されているとはいえ、正規の軍装備なんだからな! 何かを言う前に、朋の手から術式は消え去る。
あっという間に作業は終わった。
改変した術式を固定化して、わたしが修正した銃身をひったくり、改めて『銃』を組上げていく。 その手際は私以上なのだ。 本物の天才は、複雑な魔道具さえ玩具のように扱う。 朋もまたしかり。 あっという間に元の状態まで組上げ、射手に手渡した。
「これで、初期状態に戻った。 いや、少々命中精度は上がる。 反動も小さくなる。 使う魔力も少なく成る。 銃床に仕込んである『魔蓄池』の容量なら今までの五割り増しまで交換の必要は無くなる。 他の諸元は同じだから、その点は気にしなくてもいい。 ただ、引き金が初期に戻ったという事で少々軽くなっている。 試射を推奨する」
「えっ、は、はい! し、試射をしたくあります」
「朋よ、許可を」
「判った。 『砦』内の試射場の使用を許可。 弾種、実包。 標的はピシカスの残骸。 よいか」
「はい! 了解しました!」
その射手の顔を見て、私は自責の念を覚える。 射手各人には『銃』の手入れを命じてはいたが、私自身が『銃』の分解整備をしていなかった事に気が付かされた。 走り出る射手の後姿を微笑ましい物を見る様な目で見ていた朋に、感謝を伝える。
「私自身が良く聞かねば成らなかった事だ。 ありがとう朋よ」
「いやまぁ…… 敬愛する指揮官から手渡された『宝物』なのだから、兵の方から なんだかんだと『文句を付ける』ことはしないだろうしな…… いや、出来ないからな。 私が居て良かったな」
「全くだ。 で、何を組み込んだ?」
「ちょっとしたモノだよ。 ちょっとした術式。 兄上にも贈った『魔法術式』でもある。 色々と細部に至るまで調べ上げられて、実効性を保証されたモノだ」
「王宮魔導院の公告にあった…… アレか?」
「そうだな。 まぁ、そうだ。 魔力の効率化と魔法術式の冗長性を両立できる『術式』だ。 途中に噛ませるだけの簡単仕様だから、お手軽だぜ」
「……相変わらずの天才ぶりだな」
「いやぁ…… まぁ、そんな事も有るかな? アハッ!」
屈託なく笑う朋。 着衣は、魔導院のローブを前開きで着用しているが、下に着ているのは街の男達が着ている様な普段着。 白のネルシャツに、灰黒のズボン。 サスペンダーで釣っているのは、大きいからか? しかし、その装束でも尚、噎せる様な妖艶さを見せつける体躯は隠しようも無い。
応接のソファを指し示し、そろそろ『朋の問題』を語って貰う事にした。




