――― 三男の責務 ―――
先の戦役に於いて、『特任遊撃索敵班が成した長距離索敵』が、私の中で少々気掛かりな事になっている。 中層域奥深く迄『魔の森』へと踏み込んだ彼等は様々な新発見も見出していたからだった。 見た事も無い景色を『驚きを以て報告』する彼等。 事態は急を要する為、本来の目的以外は全て無視して、後回しにしていた事柄が、戦役の終結を迎えた今、私の心を捉えている。
その時に報告を纏めた『報告書』を手元に置き、戦役終結後更に情報を詳細に集めた。 そして、一つの事実が浮かび上がる。 『中層の森』の中、何かしらの人工物…… というよりも『遺跡』が有るらしいのだ。 長く時を経て、森に覆われて、高く梢を伸ばす樹々の間からも覗く高い建物らしきモノ。
――― その報告が、私の心を捉えて離さないのだ。
戦役中、滝上の集合場所で特務部隊との邂逅を果たし、報告を聴いた際に射手の彼女が私に告げた周辺の報告。 『 超長距離の【遠視】で確認 』 出来たと、そう射手は報告した。
『………それは、建物のように見えましたであります! 切り立った面は滑らかでとても岩塊とは思えませんであります! それに…… その辺りの空間魔力濃度は高濃度で、配備して頂きました長距離『索敵魔道具』は真っ赤に染まっておりましたであります!!』
その報告を耳にした際、私の前世の記憶がチラついたのだ。 その言葉に、今の魔法文明が勃興する前に『有った』と思しきは、科学技術文明なのかもしれないと感じた。 そして、行き過ぎた科学技術が何かの切っ掛けでバランスを崩し、対処不能の『魔力』と言う未知の『力』を、無限増殖させる結果に至ったとも考えられる。 そして、その崩壊したバランスを戻す為に『魔の森』が生まれたとしたら……
前世に於いて、有名なアニメがふと脳裏に浮かぶ。
あの状況に酷似しているのか? アレはたしか…… 腐り果てた世界で、『酸の海』と『微生物』で、有機物と金属は分解されセラミックスと非金属の機械が『残滓』として残され、そして掘り出され利用されていたな…… 空を飛ぶ機械に必要なエンジンとかは過去の遺物で、もう生産手段が無いという設定だったか…… そんなモノは、この世界には無い。 と言う事は、この世界は、同じような条件で、更に過酷な状況という事か。
そうか、それでか。 エスタリアンが『自然回帰』に向かうのも無理からぬことだ。
そして、森が所々で薄くなっているのも、そのせいかもしれない。 古エスタルが時代に勃興していた場所、幾つもの国家が存続し互いに競争していたかもしれない。 いやそう有って然るべきだ。 そんな国々の栄えた場所が『魔の森』深層域となっているのかもしれない。 高度文明から遅れた地域が、魔力の濃度が低い場所。 そう考えれば、世界が『魔の森』で覆われている事実の理解を容易くしてくれる。
がしかし、これも仮定に過ぎない。 妄想と云っても良い。 誰も信じられないであろう事は、誰よりも私が知っている。 宰相閣下への報告書に記載するには論拠が乏しすぎるのだ。 つらつらと考えるも、容易に答えには到達しない。 確証が何も無いからな。 だが、エスタリアンの彼女は言う。
『森の最深部に到達し、我等と言葉と感情を交わす事が出来たなら、古老たちが『この世界に有った事』を伝えてくれるよ。 既に長い時を待っているのだもの、その芽が芽吹いたと思っていいのかも…… しれないしね』
彼女は意味合い的に、その様な事を言ってくれた。 しかし、未だ我々『人』には『魔の森』は人跡未踏の場所なのだ。 『浅層の森』はまだしも、『中層の森』に入る事は難しい。 ベテランの冒険者パーティーでさえも、その地域に足を踏み入れる事は稀である。 必要な魔物の素材を求める為に、ギルドから要請が入っても、中々それに応える様な冒険者も居ない。
所詮 人が行き着ける先など、未だ中層域の入り口に過ぎないのだ。 エスタリアンの彼女が期待する様に深層域に至る道を歩むには乗り越えるべき事が多すぎるのだ。 だが、諦める訳にはいかない…… 世界の成り立ちを解き明かすという、トンデモナイ役割を、宰相閣下に負わされてしまった。
” エスタリアン達との交流を継続し、出来るならば彼等の長老から話を直接訊け ” と、そう命じられてしまったのだ。 それが、私が故郷から出ない事を認める唯一の理由なのだと、そう言葉にされた。
回避不可能の『立場』に追い込まれてしまったようだ。 しかし、別に嫌では無い。 わたしも、この世界の成り立ちについては強く興味を覚える。 そして、その得た知見から『民達』の心豊かな生活に結びつけられる何かが見出されるのならば、それも私の『本懐』だと云えるのだ。
余りに貧弱な文明なのだ。 私達が生活を営む世界は。
あの日、宰相様とエスタリアンの彼女を引き合せた日。 私は故郷である騎士爵家の支配領域から離れられないと、そう言い切った。 宰相閣下もそれに同意してくれた。 宰相閣下は、眼下に広がる『浅層の森』を見ながら、私に告げられたのだ。
“ 世界中を見渡して、エスタリアンと繋ぎを付けたのは貴様だけという特段の事情。 王都に引き込む訳には行かねぇな。理解した。 何故、『側廻り』さえも遠慮させたのかも理解できる。 まぁ、お前が『橋渡し役』になるってんなら、それも一理ある。 事情を聴けば、貴様が『命の恩人だから』と云うじゃねぇか。 利用したくっても、こっちの準備が全くできてねぇ。 表沙汰になんざできる筈もねぇ。 まぁ、国王陛下と王太子殿下には伝えなきゃならんがな。 にしても…… 世界か…… 厄介でも有り、面白く有るな。 ……貴様に命じる。 王国宰相からの『命令」だ。
一つ、『魔の森』での事、委細なく細大漏らさず報告せよ。
一つ、 エスタリアンの古老との接触も可能な限り模索せよ。
一つ、 この世界を理解できるだけの情報を収集せよ。
貴様が故郷に留まる、大きな理由でも有り『勅任』の役割だ。 期待する ”
『勅任』の重き言葉。 そう云われれば嫌も応も無い。 『王国宰相閣下』宛てに報告書を綴る『騎士爵家 遊撃隊指揮官』と云うのもなんだか空恐ろしいモノが有るのだが、取り次いでくれるのが近衛参謀のアイツだから、まぁいいか。 魔法学院の同期であり、何度か書簡の遣り取りも有る。 『取次』としてはこの上も無く良い人選だと思う。
執務室に沈黙が落ちている。 公務を果たしている私が籠る執務室に来る者は稀だ。 余程の緊急事態や任務終了の報告が発生しなければ、公務を邪魔するだけだと『砦』の皆は知っているのだ。 故に一人にしてくれているのだ。
――― 山積した公文書を次々と処理して行く。
遊撃部隊の指揮官としての時間以外は、装備装具の研究と騎士爵家の政務の手伝いをしなくてはならないのだ。 私的な時間を持つ事が今では非常に難しくなっている。 手を休めずに、思いに耽る。 一通の手紙の存在を思い出した。
そう云えば……
近衛参謀のアイツから、『朋』の居所に付いて、探し出す方法を教えてくれとそう手紙で綴って来たな。 朋は…… まだ隠れていたんだ。
アイツは…… 『近衛参謀』としての役割を担わされているという。 周囲に対して認められているという事だ。 そんな奴が探索に手を拱いているとは思えない。 既に王都、及び王都近傍には奴の配下やら手の者が目を光らせている筈。 それでも『朋の居所』が掴めていないと云うのは、私にとって少々不可解とも言えた。
『砦』の私の執務を執りながら、そんな事を、つらつらと考え、思考を巡らす。
かなり集中して執務を熟し、ようやく終わりが見えて来た。 責務とは言え、疲労が溜まる。 成さねば成らぬ事では有るが、やはり私も騎士爵家の漢だ。 体を動かし部隊の指揮を執る方が性に合っているようだ。
大きく伸びをして、一息入れる。
ぐるりと頭を巡らせると、壁に張ってある『魔の森』浅層域の地図が視界に入った。 壁の大地図を見遣り、その地図に細かく書き込まれた情報に目を細める。 幾つもの小道の整備は目下鋭意邁進中である。 魔導通信機を置いた『番所』の数も揃って来た。
狩人が獲物を狩る狩場の近く、穴を掘り屋根と掛け壁を造った半地下の避難所。 一目ではそうとは判らぬ様に苔を屋根に置き、壁は盛土で覆う。 入り口だけが人工物と判る様な仕様となっている場所。 小さな炉も切ってあるから、少人数の狩人達の番小屋としては十分な広さと設備を備えている。 それを標準化して、浅層域に敷設した小道の各所に設置しているのだ。
点から線へ、そして面に。 少しずつ『魔の森』の様子が理解出来るようになって来た。 それを集約したのが目の前に有る『魔の森』の大地図。 特に情報を書き込んである浅層域の地図でも有るのだ。 『森の端』の邑々からの要請に従い、今日も遊撃部隊 射手隊 第一班が出撃している。
魔獣の出現が、報告されたからだ。
空振りでもよい。対応を御座なりにしては、森の中で何が起こっているか、判らなくなる。 それに、各所の整備も『ついで』に行う事にもなっている。 今回の要請にて、我等が騎士爵家の支配領域内『魔の森』浅層域の東側 主要道の整備は完了する。
これにより、東側浅層域に於いては、情報の精度は格段に上がる。
―――― 善き事なのだ。