――― 試行錯誤 ―――
◆ 誓いを護る為の光明を得る
魔法学院には、十分な設備も備わっている。 騎士科に於いて、『軍学』の座学に熱心に学ぶ傍ら、わたしは錬金術塔を頻繁に訪れていた。 私の魔法は、いわば錬金術に近いと判断され、その能力を伸ばすには、其処で実際に手を動かす事が何よりだと、教諭陣からの助言が有ったからだった。
成程、それは確かに『真理』であろう、わたしも思う。 何が出来、何が出来ないかを探究する事で、魔力操作の能力も上がり、学究的にも進歩の歩みを刻めるのだから。 故に、多くの時間を錬金塔で費やした。 最初は簡単なモノから。
剣に魔法術式を符呪して、疑似的魔法を再現しようとした。 有用な方策と思われたが、これには重大な欠点があった。 その術式を単純起動するのにさえ、少なくとも子爵級の魔力の保持が必要だったのだ。
これでは、辺境の兵では使用できない。
『魔力』…… それが全ての元である、不思議な力。 前世での常識に当て嵌めるならば、エネルギーと言い換える事が出来るだろう。 固体内に凝縮される、目に見えないエネルギー。 人が持つ能力では、固体内に充填する事は出来ない。 ならば、何故、魔道具などと云う便利道具が存在するのか。 魔力を持たない、あるいは、僅少にしか保持していない、一般の民草が何故その魔道具を使用する事が出来るのか。
――― 答えは、其処に在った。
『魔石』と云う物質がある。 魔物、魔獣を倒し、その死骸が病気の温床と成る前に、速やかに解体し燃やし埋葬する。 しかし辺境では事情は異なる。 『魔物』の死骸すら有用に利用せねばならない。 家畜は重要な交易品となる。 一般の民草の食卓に上がり口に入る肉は、主に小型の魔物や魔獣の肉となる。 倒した魔物や魔獣を解体する理由は其処に在った。
そんな状況下、魔物や魔獣の体内に、固化した奴等の器官が『石』として見つかる。 中央よりも、遥かに魔物や魔獣の生態やその解剖的知見が経験則によって蓄積されている辺境に於いて、その石に魔力が溜められている事が知られていた。 そして、それを利用する事により、内包魔力が少ないもの、あるいは、全く無い者も魔道具を利用する事が出来た。
つまり、外付けの魔力貯蔵庫としての役割を果たす事が出来るのだ。
そうは言っても、魔石の大きさは仕留めた魔物や魔獣の大きさや種類により異なる。 内包される魔力もまちまちで、一概に使いやすい、放出されやすい『魔力』を内包する魔石は濁った色をしている。 魔力が強固に凝固した、澄んだ色の大きな魔石は極めて稀であり、それが採取できる魔獣や魔物は、辺境の魔導兵が総出で挑むような、そんな奴等。 珍しい事も有り、高値で王都の宝石商に売れるが、売却益が辺境の騎士爵家に落ちる事は無い。
手元に残るのは、濁った屑魔石と呼ばれる代物。 しかし、これこそが、魔道具発展の礎となった事を思い出した。 魔力が放出されやすいと云う事は、それだけ、その魔力を簡単に魔法術式に取り込めるからだ。 逆転の発想といっても、過言ではない。
王都にも、魔道具屋は存在する。 魔道具の駆動源として、屑魔石も販売されている。 遠く、辺境の地より運ばれてくるそれらは、交易品としての《価値》は無く、ほぼほぼ輸送費が販売価格と成っていた。
大規模に使うにはあまりに非力で利用方法も極限られているために、大々的に使用されない。 魔力を取り出せる期間の短さも原因の一つでもある。 また、内包魔力が人の価値を決めるこの世に於いて、魔石から取り出される魔力の価値は、極めて低く見られている事も、常識であり、一般的には『不要物』としての認識が強く広がっている。
そして、辺境から魔石がコスト度外視で輸送される原因も有る。
魔石が堆積すると、自然放出の魔力により、その周囲に魔物が集まってしまうと云う特性が有る為でもある。 適度に分散して保管されてはいるし、魔道具の動力源としての利用されてはいるが、辺境に於ける魔物や魔獣の襲来による討伐数に対して、利用されている魔石の数は少ない。 僅少と云っても良い。
それが故、魔道具を購入した者達へ、動力源としてある程度の輸送費を負担してもらう事で引き取ってもらうと云う事になっている。 内包魔力を持たざる、『持たざる者』への、救済処置と云う側面も有るのかもしれない。
―――― いや、なんとか使って貰わねば、
辺境は魔物魔獣の脅威に沈む為、
苦肉の策とも言えるか。
蓄積した魔力を全て使い果たすと、透明な魔石と成る。 『魔晶』と呼ばれている、モノだ。 それなりに綺麗な石と成るので、安価なアクセサリーの原料として、使う事も有るがおおむね、廃棄される。 元が魔物や魔獣の体内で生成されてたと云う事実が忌避感を持たれるのだ。
魔晶の廃棄場所は郊外に指定されている。 一見、水晶の山の様に見える。 それなりに美しい為、廃棄物の再利用を兼ねて、建材として利用される場合も有る。 極一部の極めて稀な例ではあるが、有る事にはあるのだ。
魔晶は、その良く魔力を通す性質から、街路の路盤の一部に突き固められ、魔法灯火の光を一定時間保持できる、埋め込み式の街灯にしている街が辺境にはある。 王都に程近い観光地にも、美麗な光飾として、近隣の国々にも知られている場所もある。 が、それも特殊な一例。
大々的に建材として利用されればよいのだが、それも、あまり展望は無い。
魔物、魔獣の体内で生成される事から、教会がその使用を極めて厳格に制限している。 忌避していると云っても良い。 そして、それがこの国、いやこの世界に於いての『一般常識』と成っているのだ。 魔石も、魔晶も、大々的には利用される事は無い。
何処にあっても、どんな状況でも『厄介な代物』で在る事に変わりは無かった。
ならば、それを利用するのはどうか。 火薬が存在しないこの世。 その火薬の代わりになるのではと、錬金塔で試行錯誤を繰り返した。 要は魔力が溜まった物質である。 これに、魔法術式を刻み、小さな魔法を発動させれば、火薬の代わりになるのでは無いかと、考えたからだった。
最初は屑魔石に発火の符呪式を刻み、発動してみた。 発動術式には小さな衝撃で起動できる特殊な術式を編んでみる。 実験は、一応成功した。 が、それは、あくまで『発火』であり、小さな屑魔石が持つ魔力を使い切るまで、小さな火を発し続けるばかり。
成程と、その現象を記録して、次に『爆裂術式』を刻む。 屑魔石に内包される魔力によって、爆裂の大きさは変わるが、大して役に立ちそうも無い。 大きな音がする位なモノか…… それも、遠くに轟く程のモノでも無く、ちょっとしたお遊びに使えるかどうかの代物。
ふむ…… 取り組み方を変えてみようか。
水は…… ダメだな。 噴出する水の量はたかが知れているし、勢いもチョロチョロ。 雷は単にピリッと指先に衝撃が走るだけ。 護身用のナニかには使用できようが、兵が使うには非力すぎるし、魔物や魔獣に効果が有るかは甚だ疑問だ。 それに雷の魔法を発動させるには、大きな魔力が必要なのだから、これも当然の結果。
―――― ならば、風は?
一筋の光明を見る。 固体の中に閉じ込められた魔力を、魔法術式によって一気に『風』と成すと、そこそこの勢いで突風が吹いた。 うむ…… 短時間に全ての内包魔力を使い切れば、これくらいの風量の風が起こるのか。
――― 私は此処に、誓いを護る為の光明を得た。