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【書籍化】騎士爵家 三男の本懐 【重々版決定!感謝!】  作者: 龍槍 椀
第一幕 『魔の森』との共存への模索
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――― 矜持の行方 ―――



『…………状況の重さを鑑み、貴殿に対し王国は密命を与える。 『魔の森』深層域最奥への道を見出し、エスタリアンと邂逅を果たせ。 時間が掛かるのは理解している。 貴殿一人の寿命で事足りる様な話では無い事も又理解している。 よって、密命は貴殿、及びその係累が果たすべき『勅命』として発令される。 国王陛下より、『魔の森』探索が『勅許(・・)』として下された。 御名御璽入りの正式なモノだ。 密使がそちらにて手渡す。 コレを以って、貴殿と貴殿が属する騎士爵家は王国にとって特別な『家門』となった。 直截的に云えば、表向きは騎士爵家として上級女伯家の『寄り子』では有るが、王国直属の騎士爵家となる。 上級女伯家も承知の事柄であり、その為に騎士爵家の二男を上級女伯の『配』と成した。 『魔の森』の探索進捗は定時報告として宰相府に提出する事を求める。 以上』



 宰相府からの御命令は、事の重大さを否が応でも私に理解させた。 宰相閣下からの直筆の長い命令書と国王陛下よりの『魔の森』探索の勅許状が国王陛下直属の近衛騎士である『特別密使』の手により『砦』に齎されたのは、宰相閣下の『御忍びでの辺境視察』を終えられ王都に帰還された後、一か月もしない内の事だった。


 周囲の状況は固められ、私には拒否権も与えられない。 王国の安寧を願うならば『魔の森』の探索は必要不可欠との国王陛下直々の御言葉も有ったそうだ。『役割』は振られた。 そして、それを十全に果たす事が即ち我らが故郷の安寧にも繋がるのだ。 私は黙してコレを受け入れたのだ。



 ――――



 執務室に於いて、日常の業務を果たしている。 静かな時間でもある。 本邸から持ち込まれている、数々の書類が堆く積み上げられていた。 遊撃部隊の指揮官として、『魔の森』の中をウロツクばかりが私の責務では無いのだ。 軽き身分とはいえ、貴族階層に属しているのだ。 村々を、街を、故郷の政務も又、騎士爵家に与えられた『責務』でも有るのだ。


 三男である私も又、その騎士爵家の一員である。 ならば、その『責務』の一端を担うのは当然とも云えた。 ただ、途轍もなく時間を喰われるのが、気に入らないだけだ。 カリカリと書類の上を筆記具が滑る音が、静かな執務室に広がっている。


 目と手は忙しく動いては居ても、頭の片隅で様々な思いが渦巻き、考えが躍る。 『並行思考』と云う奴は、魔法学院で嫌と言う程、叩き込まれたのだ。 責務を遂行しながらも、『思考』の広がりを感じていたのだ。



 ……あの日から始まった一連の重大事。 遠く王都におわす宰相閣下との違えられぬ『約束』でも有る。 とはいえ、私自身では対応そのものが出来かねるし、上位者である御継嗣様(おお兄様)ですら無理なのだ。 いや、辺境の騎士爵家にとって事は大きすぎる。


 本来ならば、我が国の公的機関が直接関与すべき事柄でもあるのだ。 しかし、事は『秘匿』する様に命じられた。 関わる者が多く成れば多く成る程、事態の制御は出来なくなると、宰相閣下はそう御判断されたのだ。 畢竟、担当者を私一人に絞る事態になった。


 そう、『魔の森』探索の『担当者』となる事で、わたしが故郷から離れられぬ『理由』としたのだ。


 そう、あの戦役中に助け出した帝国軍が捕縛し使役していた『奴隷』に関しての全ての情報は、深く隠蔽される事となった。 そして、その後の対応に関しての宰相閣下よりのご依頼は、『魔の森』の探索結果を、報告書形式で綴る事。 エスタリアンと言う種族との交流は、未だ我等『人』にとっては未知のモノ。


 意思疎通が出来ず敵対する事も考えられる。 そして、相手は未知の力をその内懐に抱いていると見て間違いない。 『魔の森』深層域最奥で生活しているのだ、その位は予測出来てしまう。


 最悪、現状彼等との出会いは無かった事にしたいと、宰相閣下が御考えになっても不思議では無い。 エスタリアンの外見は王都の学者達が想像する『魔族』に等しく、無制限に事態を公表すれば、貴族達の反応、周辺各国王国貴族達の反応がどう転ぶか判ったモノでは無い。 


 大挙して他国の王族やら為政者たる貴顕をお連れできる様な場所でも無い。 無理を押されても、万全の安全を保障できるモノは何も無い。 そんな高貴な方々が万が一傷付けば、エスタリアンへの見方は悪い方に一気に傾く。 よって、現状彼等の存在を『秘匿情報』と成さねば成らないのだ。


 その上、エスタリアンに関しては謎が多すぎる。 エスタリアンの古老達が言う『古エスタル』の “ 知恵と技術 ” は、我々には早いとの判断。 我等が独力で深層域最奥までの探索を踏破できるようになるまでは秘匿せねば成らないという、『知恵と技術』。


 エスタリアンの古老が言う『我等が、この世界に『魔の森』を紡ぎ出した』と言う言葉は、『人』の歴史書や神話に散見される。 各国の民草の間に伝えられる『御伽噺』にも多々ある。 それが事実かどうか等は関係無い。 たんなる『寓話』ではない『真実』が含まれていると、多くの考古学者達がその真理を今も模索探求している。


 それが故に、エスタリアンの事を『魔人』視する事は容易に想像できる。 人は異質なものを排除する傾向にある。 自分と違った外見や力を持つ者に隔意を持つ。 内包魔力の多寡により貴族的地位が保証されるのも、その事に通じる。 別の例を挙げるならば、北方の国々に多い薄い肌の色と、銀髪、紺碧の瞳等は、人の間の中でも地域的特徴と判断され、今戦役を含め北方人たちとの幾多の戦争を通じ我が国の中では蛮族(バーバリアン)の特徴とされて居る。


 しかし、それでも、彼等は『人』なのだ。 北方人、中央人、南方人、東方人、西方人…… 外見での区別は有れど皆『人』なのだ。 よって、対話と交歓により、文化的な交流も模索できる。 が、エスタリアンは別だ。 『人』とは外見が違い過ぎる。 そして、生きる時間さえも隔絶しているのだ。


 長く、本当に長く濃密な魔力の中での生活で、『人』から根源的に分化し進化した結果なのだと思う。 この考えに至ったのは、私に前世の記憶が有るからだろう。 極端なガラパゴス化とも云うべきか。 単純に進化論と呼ばれるモノの知識が、少なくとも常識(・・)として、私の『魂』に刻まれて居たからだ。


 元を同じとする、別種の進化。 似て非なるモノ。 根源は同じでも、決して同質では無いモノ。 環境に影響され進化の道筋を違えた二つのモノ。 数万年の時間を費やすその進化の過程を加速させたものは『魔力』では無いかと想像しているのもまた事実。 魔獣と野獣の差を考えれば、自ずとその答えに突き当たる。 いや、家畜と魔獣のほうがより分かりやすいか。


 家畜は何代も交配させても、決して魔獣には成らない。 ただし例外が有った。 家禽を飼育する『森の端』の邑に於いて、その事例があった。 夜盗や山賊の目を気にした邑長が、『魔の森』浅層域に家禽小屋を造りその中で飼育した。 が、家禽の交配をする事、数代もしない内に卵から生まれる雛に鳥型の魔獣が生まれる事が判明する。 雛の成長は速く、あっという間に成獣に成長。 家禽小屋の鶏達を瞬く間に喰い尽くし、人を襲う様になった。 ここで邑長は事の重大さに慄き、御領主様に報告したらしい。


 今では、『魔の森』の中に家畜小屋を建てる事は禁忌(・・)となっている。


 よって、エスタリアンが『人族』から分化したという事は、まず間違いは無いだろう。 深い深い深層域の森は、想像を絶するほどの空間魔力濃度だと思われる。 遊撃部隊が、中層の森の入口に到達して、その事は判明しているのだ。 拠点として、エスタリアンの彼女との会合場所として整備した滝上の番所(ヒュッテ)は、稀有の立地と言わざるを得ない。


 流水が『空間魔力』を流してくれているから、あの場所に滞在できるのだ。 さもなくば、あの地の空間魔力濃度は『人』にとって『毒』となる。 『魔力酔い』に似た症状を伴う、各種の体調不良の原因となり得る。 王国内でも時折見かける難病の『魔力過多症』と同じ。 そんな場所に長く滞在する事は、出来はしない。



 よって、中層の森以降の探索は、躊躇せざるを得ないのだ。



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― 新着の感想 ―
となると冒険者の一部が中層に入ってるってのは相当な上澄みの事なのかね?主人公みたいに突然変異的に家柄よりも魔力多い人とか貴族籍に残れなかった人の子孫とかがそういうポジション?( ・ω・)
魔力濃度が行軍に影響するなら帝国軍はどうやって森突っ切ってきたんだろ。川沿いばっかり通れる訳でもないし。 吐きそうになりながら籠に揺られてた?
こちらの作者様はほんとに小説家ですね。 良くある現代の単語というか外来語やはやり言葉を現地人は言わないし、WEB小説なら、言葉を簡易にして文字数が多くなってもあまり影響しませんが、あまり使われない慣用…
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