序 失われし世界の絆
『魔力酔い』の症状は、特任部隊の皆に出ている。
眩暈、嘔吐感、呼吸不全、魔力循環不全…… 様々な症状は体力を削る。 今、この場所に立っている事さえ、無理を重ねた結果でしかない。
しかし、余裕は常に残して行動している。 まだ、暫くは行動に困難を感じる程では無い。 それが故に、私は決断を求められている。 今回の『探索行』の意義を問われていると云っても良いのだ。
私には伯爵級の内包魔力が備わっている。 そして、周囲の濃密な空間魔力はまだ、私に『魔力酔い』の症状を齎せてはいない。 私が強行すれば、この先の道も突き進む事が出来るのだ。 が、兵達が付き従った場合、彼等の安全は保障の限りではない。
私は英雄ではない。 勇者でもない。 高名な聖騎士でも、高位の神官でも、まして才能と内包魔力が豊かな魔術師でも無いのだ。 独り善がりをする訳には行かないのだ。 突出した行動を許される様な、『特別な者』では無いのだ。 私には護らねば成らない者達が居るのだ。
前世に於いて娯楽本に綴られた数多の英雄たちの様に、行動の自由は与えられていない。 責務と責任と貴族の矜持に雁字搦めに縛られていると云っても過言ではない。 奇しくも、前世で生涯を全うした後、神とやらに云われた通りの状況だ。
『 全てに於いて行動の自由を封殺する、全く違う世界に、産まれて貰う 』
前世で読んだ幾多の『ノベル』の主人公と錯覚し、『覚醒』したと誤解していたならば、この『全てに於いて行動の自由を封殺する』現状に絶望を感じ、心を闇に飲まれていたと思う。
狂気にさえ包まれていたであろう。 手足を縛る枷に束縛を感じ、自身の能力を誇りつつ周囲を下に見た行動を繰り返すだろう。 自分は『特別なのだ』と言う、妄信に近い信念と共に行動し、何時しかこの世界から拒絶されていただろう。
私は自身が『特別』であると思ったことは無い。 良く居る辺境の漢なのだと、そう理解している。
辺境域では、極稀に出現する内包魔力が多いだけの、可もなく不可もない、そんな存在なのだと思っている。 平凡で在り、幾千幾万と居る凡夫の一人なのだと、そう確信しているのだ。 私より優れた者は、自身の周囲を見回しただけで幾人も居るのだ。 故に、『特別』な者であろうはずはない。 ただ……
ただ一つだけ確かな事は、故郷を守護する北部辺境『騎士爵家が三男』である事。
平凡な能力しか持たぬ私に、英雄的行為を求める者は居ない。 北部辺境の騎士爵家に生まれた私は、辺境騎士爵家 遊撃部隊の指揮官の職務として、配下の者達を出来る限り守りつつ、最大の戦果を挙げる事が求められているだけなのだ。
――― 兵を無駄に損耗する事は、辺境騎士爵家の誇りに悖る。
依って、此処に至って下す決断は唯一つ。
「今回の探索行は此処までとする。 装備が足りない。 新型の面体についての報告を考えておいて欲しい」
眼下に広がる『中層の森』を見遣りながら、自身が何者で、何を成さねば成らないのかを自問する。 その答えはまだ見つかっていない。 考える事が多すぎるのだ。
ただ…… 今、眼にしている『この光景』の中に、その答えが有ると云う事だけは、理解出来た。
陽光が天中に掛かる頃、私達は目的としていた場所からの転進帰還に意識を移した。 少し開けた高台とも云える場所。 磐座が迫り出した、崖の上。 澄んだ空気。 濃密な空間魔力。 眼下に何処までも広がる『魔物の森』。
未だ『魔力酔い』の症状が出ていない私が、指揮官の責務として『部隊の殿』となり、特任部隊の最後尾に就く。 そして、私は、最後の一瞥を『中層の森』最奥に視線を向ける。
私の視界には……
『中層の森』最奥に聳える、『巨大な多層構造物』が、
……捉えられていた。
第二部 開幕です。
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