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閑話 05 古強者達。

 

 晴れ渡った空。 王都のそこかしこで笑い声が響く。


 なんの憂いも無くなり、一気に王都の雰囲気は明るくなっている。 それもその筈、『戦役の勝利』と王家の慶事、第一王子の『立太子の儀』の日が同時に発布されたのだ。 王国の隆盛はますます盛んとなる事を国民は皆 信じている。


 ――― さらに、その朝。


 第一王子殿下の『婚姻の儀』が朝議にて決定した。 来る年の『善き日』に挙行される。  北の帝国からの侵略を受け迎撃に向かった国軍を纏め上げ、これに対応し撃退した事が、第一王子殿下が次代の王への階梯を上がったと、貴族達の共通認識となったのだ。 第一王子殿下は『文武両道の王国の強者』。 周辺諸国からも、そう認知されて行った。


 王国国内、特に王都では沸きに沸いた。


 長引くかと思われた戦役が、わずか半年ほどの間で終結し、動員した軍勢も本格的な衝突もせず、死傷者も少ない。 強制的な徴兵を伴う大規模な総力戦に移行する前に、そして、懲罰的に領地替えを行った有力な領軍を持つ有力貴族達への動員だけで戦役が終結した事に、朝議参加の高位貴族達はホッと息をついていた。



 ――――


 国王陛下の執務室。 朝議の後、陛下と宰相が人払いを成し、執務室にて対峙していた。 両者の表情は峻厳で、深く憂慮の色が浮かんでいた。 国王陛下は細く長い明り取りの窓辺に立ち、窓から覗く歓喜に満ち溢れている王都市街に視線を落とし、宰相は応接の豪奢なソファにドカリと腰を下ろし、手を顎の下に組んで思考の海を漂っていた。


 物音ひとつしない静寂が二人を包み込んでいる。 人払いを完了している為、常に側に居る者達も今は居ない。 戦時では無い今、それは許されて居た。 影護衛すら排され、【重結界】に閉ざされたこの国の玉座に座る者の執務室は、国王陛下が素の自分を晒せる空間として完成されていた。 それは宰相にも云える。


 朝議に於いて、謁見の間に於いて、普段の国王執務室に於いて、二人は主従の関係を重んじ貴族の在り方を体現した宰相は、国王陛下に対し礼節を尽くし対応しているが、この空間の中では且つての朋と云う立場を取り戻す。 互いに本性を知り尽くした間柄。 性格的難点も、思考の過程も、『思う所』も手に取る様に判り合える間柄でもあった。 故に、交わされる言葉に容赦は無い。



「宰相。 貴様、何を隠している」


「……どう云ったらいいか判らんのだよ」


「貴様がそのような態度を取ると、私が不安に成るのは知っておろう」


「さて、何のことやら」


「第一王子の立太子を決めた事が不満か? アレの周囲が『膳立て』し過ぎか?」


「未曽有の国難に対峙したんだ、使えるモノを全部使って何が悪い。 それを御せる人物だと証せられたんだ、『天晴(アッパレ)』と云ってもいいんだぜ? それに、俺は反対もしなかった」


「それは、そうなのだが…… なにが、貴様をして ” その様な顔 ” をさせているのだ? 第一王子の婚姻か? またぞろ、貴族家の均衡がどうとか言い出すのではと、危惧もしている」


「殿下の御婚約者である、筆頭大公家の公女に関しては衆目が一致する様に、あれ程未来の国母としての素質を持つ者は居ねえ。 殿下の立太子も妥当だ。 王国の未来に光あれ…… だぜ、全く」


「ならば、何だと云うのだ」



 眼下の市街地から視線を外し窓辺から重厚な執務机へとその身を移す国王陛下。 この国を担う者の座す場所として、玉座にもあたる椅子に腰を下ろし、背を丸め思考に耽る宰相を見詰める。 何を考えているのか、全く読めない。 慶事が続く王国に、なにか途轍もない暗雲が広がっているのか、そう国王陛下は考える。 久しく見ぬ、宰相の憂い顔。 まさに国王の宸襟に不安を掻き立てるものであった。



「まずな、壊滅した王国軍第二軍団の首脳部の事だ」


「アレは…… 酷いな」


「軍事的思考の側面から国軍参謀達から云わせると、行動には間違いは無かった。 相手の出鼻を挫く事を意図しての布陣だった事も、判明している。 だが、今回は相手が悪かった。 しかし、そうも言って居られない事情が有る。 事象は拡大しとるんだよ、軍部だけでは無いのかもしれん」


「なんだ。 言ってみろ」


「軍部だけでは無いが、まぁそっちを先にする。 第二軍団の司令官は、武に優れ、組織を維持する事に長けたモノだった。 その上、情に厚いと評判の漢。 兵は精強で将は勇敢。 頭である参謀達も綺羅星の如く才長けた者達。 『表向き(・・・)』はな」


「世評と云うモノはそう云うモノだ。 今戦役に於いて最大の被害を出した事で『化けの皮』は剥がれている。 今戦役に於いての、教科書通りの基本的な布陣を そのまま踏襲した事。 敵軍の情勢を掴み切れていなかった事。 武力を以て、尖兵を叩き潰す事に特化した軍編成。 鈍重な動きしか出来ぬ輜重隊を何故か軍集団中央部に配し、軍集団全体の機動力を損なっていた事に気が付かなかった。 ……挙げればキリがないな」


「一つ一つは、軍理軍略に沿ってはいるのだがな。 構想と云うモノが欠如している。 事実、その後の始末を始めた第一軍団と諸領の領兵軍が上手く状況を切り抜け、第二軍団司令部の無能を証明している。 前線を立て直し、寄せ集めとなってしまった王国軍を再編し、柔軟な部隊運用での機動戦を成した『第一王子殿下麾下の司令部』が、最適解を示したと云っても過言ではない。 ……まぁ、『老人』には戦場の様相が変化するとは『想定出来ていなかった』と言う事か。 まぁ、いい。 だがな、老人ばかりでは無いのが、憂いの一つだ」


「…………軍務卿の子息が、第二軍団参謀に参画していた事か」


「功を焦っていたと云うのも有るな。 自身の立場が栄誉ある『継嗣』から、侯爵家の一人の男児となったのだ、判らんでもない。 あの件から、『継嗣』から外され、一兵士として国軍に入る事を条件に王都に在する事を軍務卿から許された。 軍も有能な人材が必要なのは判るが…… 甘いな」


「……確かに、甘い。 第二王子派の者達は軍関係者にも多々居た。 そして、その最たるものが第二軍団の司令官だったと云う事か」 


「軍内部に於いても、一枚岩に成り切れていないと云うのは、お前の治世に於いて問題が有るとしか言いようが無い。 『失権』してしまった者達が返り咲こうと、藻掻くのは判る。 善き方向にその力を誘導さえできれば、何ら問題は無い。 良い例が北部辺境域に転封した軍務卿連枝である上級伯家だ。 現上級女伯には、なんの瑕疵も無いと云うのに、前当主とその継嗣が成した愚かな行動を尻拭いする為だけの転封。 にもかかわらず、やってのけた。 まぁ、あの公女が『影』として教育された才女でも有るがな……」


「己が立場を理解し得ない愚か者は、軍、官を問わず、まだまだ居ると…… そう云う事か」


「あぁ、その通りだ。 そして、その割合は未だ高い。 恩情を以て転封にて対応したが、それすらも理解していない大馬鹿者が大勢いる。 そして、そんな奴等が宮廷工作を成していると云うのが度し難い」


「第一王子の立太子は良いとして、婚姻に難色を示した者達か?」


「光を曇らせ、自身が利を引き寄せようと画策しおったのよ。 これからも多くなるぜ」


「…………自身が娘を側妃に娶れと、推して来るか」


「有り得ん話では無かろう?」


「まぁ……な。 覚えが有る」


「だろうな。 まぁ、その辺りは殿下と公女に早めの御子を願うしか無いが、あの二人の事だ杞憂に終わるかも知れんがな。 問題は、その傍を守る者達だ」


「今の側近達では不都合が有るのか?」


「ある」



 深く腕を組み、白亜の天井を見上げる宰相。 ゆっくりと息を吐きながら宰相は応えた。 苦悩の色は濃い。 その様子に諧謔味を感じた国王は面白げに宰相の言葉の続きを待つ。



「立場弱き時からの側近共は、ありゃダメだ。 能力はある。 稀有な行政官とも言える。 が、王太子殿下の言葉に頷くだけさ。 示された指針を現実化出来る能力は有るのだが、其処にどのような思惑が有るかを読んじゃいねぇ。 だから、思惑の反対方向に向かって全力で疾走しやがる。 そこに私情すら挟み込みやがる。 俺からいわせりゃ失格だ。 自身の頭を以て考え、そして、是非を決する事は側近の側近たる資質だ。 ……よかったな、お前には俺が居て」


「何を言うかと思えば…… まぁ、確かにその通りだな。 アレに『物申す』モノは居らぬか。 『権威付け』まで終わっては、今後も出て来るかどうか…… 悔やまれるのは、魔法学院時代に次代と目されていた次男に耳目が集中した事か……」


「まぁ、公女も居られる。 それに、もう一人…… アレがモノに成れば……」


「アレ? アレとは誰だ」


「軍務卿継嗣。 今は近衛の参謀となり王太子殿下の後ろに立っている。 というよりも、今回の戦役に於いて、奴ほど暗躍した奴は居ない。 それだけ、見える眼を持っていると云う事だぜ。 まぁ、能力あるモノには、相応の責務を負って貰わねば成らんがな。 さて、陛下。 ここらで、俺が真剣に気掛かりとなっている事に付いて、話をしようか」


「なんだ、改まって…… お前がその表情をする時は、大抵 王国に危機迫る時だ。 ……まぁ、いい、話せ」


「王国の危機か…… アイツの言葉を借りるならば、” 世界の趨勢に関わる ” と云ってもいい。 心しろよ、たった一人の人間に、『世界の命運』が掛かっているのだと云う事を理解してもらうからな」


「なに?!」


「フフフ、面白くなってきやがったぜ。 この歳から、こんな面白いことに成るなんてよ、思ってもみなかったぜ。 さぁ、お前も巻き込むぞ。 なにせ、相手は『世界(・・)』だからな」



 黒く笑う宰相。 顔色を無くす国王陛下。


 その日、王国 国王陛下の執務室の灯りは、翌朝迄消えることは無かった。



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― 新着の感想 ―
そういえば1部完結からこっち、文体が一般寄せになってんのね。 2部始まったら戻るのかな。 あの文体好きや
『天象、気象森羅万象』にすら干渉できるほど。の御人がなあ
どこまで把握してるか知らんけど万単位の兵を無力化(実質潰滅)した少数部隊とその装備技術運用、次兄に伝えた策略、エスタリアン達との接触とその秘匿、どこを取っても宰相脱帽レベルの偉業だもんね
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