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幕間 04 魔導卿 次男の叫び。

 

 ハァハァハァ…… クソッ、何処までも追ってきやがる。 何でだよ、何で判るんだよ。 『趣意書』を残して家を出奔して…… 王都の薄暗い裏通りの奥底で、顔と名前と性別まで変えて場末の『魔道具屋』に為っていたのに、なんで、なんで、追えるんだよ~


 いや、今は泣き言を言っている場合じゃない。 逃げなきゃ。 逃げ切らにゃ親父殿や兄貴に迷惑が掛かるんだ。 どうやって俺の居場所を突き止めたのかは判らん。 クソッ、王都から出たら流れの魔道具師なんて目立って仕方ないと云うのにッ!


 別の国に? 有り得ん。有り得んよ。 この国ほど魔道具を大々的に使っている国は無いんだ。 それにアイツと一緒になって開発した『蓄魔池(バッテリー)』の製法書は俺とアイツしか持ってないんだ。 これさえ有れば、喰うには困らんのだ。 一体誰だ、俺の居場所を漏らした奴は!!


 暗い夜の裏町。 身を隠しながら、必死に逃げているんだ。 それなのに何故追ってこられるんだ? 外見なんざ、絶対に判らんように錬金魔法で作り上げた『性別変容』ポーション飲んでんだぞ? 連続使用しすぎて、本来の自分に完全には戻れなくなっているって云う所まで追い込まれているんだぞ? それなのに何故?!



 ――――



 王都の貧民街。 様々な事情を抱えた者達が住まう場所。 借金を抱えたまま、遁走した商人。 身を売る事も出来なくなった老娼婦。 戦闘で身体の一部を欠損した民草の兵だった者。 肩を寄せ合い、息を殺しながら生きている場所。 そんな場所に、一軒の魔道具屋があった。 仄暗い店の奥に座る、若い女性の店主。 立ち居振る舞いは、清楚にして峻厳。 


 こんな場所に、その様な者が居た。 身を寄せ合い、息を殺しながら生きる者達も、彼女には頭が上がらなかった。 火を起こす小さな魔道具。 清浄な水を潤沢に出す魔道具。 夜の闇を柔らかに照らし出す灯の魔道具。 そのどれもを驚くほど安価に提供している彼女に、感謝こそすれ邪な思いを抱く者は居なかった。


 彼女がこの場末の街に姿を表したのは、先頃終戦を迎えた今次戦役の初めの頃。 何処からともなく流れ着き、古びた今にも倒壊しそうな襤褸家に棲み付き『魔道具屋』を始めた。 地廻りの男達もやって来たのだが、難なく追い返す。 何をどうしたのか判らないが、二度と彼女の店にちょっかいを出す事は無かった。


 この貧民街の者達にとって、国の命運を賭けた戦役など、別世界の事でも有る。 常に生きる事が命がけのこの貧民街の住人にとって、国が勝とうが負けようが、どのみち同じ事なのだ。 しかし、戦役が終結し、世間が穏やかさを取り戻す頃、『魔道具屋』の女性店主が消えた。 店には今さっきまで、其処に居たかのように、何も変わりは無い。 しかし、忽然と彼女だけが消えたのだ。


 貧民街の住人達は、訝しみ…… 哀しみ…… そして、忘れた。 きっと、一時の安らぎを『天が我等貧民に与えたもうたのだろう』と、噂にしただけだった……


 ―――


 王都を取り囲む城壁。 魔物暴走が王都近郊で発生した場合の頑丈な城壁と成っている。 王都から流れ出る下水隧道。 外から外敵が入り込まぬ様に鉄の棒が何本も組み込まれ、城壁外側に汚水が流れ落ちていた。 酷い匂いと薄暗がりの中、掃除人が使う細い通路を伝って城壁外に脱出しようとしている人影が一つ。


 広大とも云える王都。 長い最外郭の城壁の中でたった一つだけ、外部に出られる壊れた排水口を目指していた。 斜め掛けにした鞄。 裾が汚れたフード付きのコート。 足取りも不確かなその人影は、一心不乱に歩みを進める。


 背後から仄かな魔法灯の光と、幾人かの『声』。 誰かを探し求めている様な、切迫した声が下水隧道の壁面に木霊していた。 人影は歩む速度を上げようとするが、疲労からかその歩みは遅々として進まず、やがて『声』の一団がすぐ後ろの角まで届く。



「若様!! 迎えに参りました! もう、何も心配する事はありません! 私です! 若様の従僕たるわたくしが、参りました! 御顔を! 御顔を御見せ下さい!!」



 大音声ともいえる『声』が下水隧道に広がる。 その声を耳にした人影は、膝から崩れ落ちた。 安堵なのか、諦観なのかは判らない。 ただ、もう逃げ切る事が出来なくなった事だけは…… 確かだった。 下水隧道の人影が有った場所に、魔法灯の光が幾つも投げ掛けられた。 下水が流れる溝の横、掃除人が進む僅かな通路に旅装の人影が座り込んでいた。 



「若様?」



 やっと追い求めていた人物を見つけ出した一団。 しかし、その眼は困惑に染まる。 フードがハラリと落ちる。 フードの下から現れたのは、決して『若様』と呼ばれるような容姿では無かったのだ。 疲労に染まる美しいと云える顔の表情は明らかに女性のモノ。 


 ゆるゆると顔を上げ、一団に向かい声を紡ぐ。 その声もまた、明らかに女性のモノ。



「はぁ…… ダメかぁ…… 捕まっちまった……」


「若様? 若様ですか?」


「どうやって追って来た? 方法が判らん。 『性別変容』ポーションまで使ってたんだぞ? どうやったんだ」


「やはり…… 若様でしたか。 良かった。 若様の居所が掴めないと、軍務卿の御継嗣様が辺境のあの方へ、対策を求められまして……」


「朋に?」


「はい。 あの方は ” 朋ならば王都に居ると思う。 木の葉を隠すならば森の中というでは無いか " と。 更に、” 魔道具の製造販売を生業とするだろうから、コレを持って行き王都中を虱潰しに探せば、反応する筈だ。 逃亡中の身の上だ、私財は肌身離さず持つはずだ " と、これらを…… 」



 昏い瞳で幾人もの人が、装備している軽鎧の(メティア)を見詰める。 鈍色の追加装甲も張り付けてあるそれは、顔覆いが降りていた。 うっすらと、目の部分が紅く光っている。 


「魔道具か…… 何に反応している」


「あの方が仰るに、魔石に…… と言うより、魔力に反応しているとの事。 ” 魔力遮断塗料を塗りこめた容器に封入しない限り反応すると。 きっと、『蓄魔池(バッテリー)』を作るだろうから、身体に『魔石粉』は付着する。 逃亡中であり…… 多分、貧民街に潜んでいると思われるから、入浴も洗濯も十分できない。 見た目は綺麗でも『魔石粉』は、着衣の繊維に潜り込むから『反応』する筈だ ” と」



 唸る様な声を挙げる女性。 そして、顔を上げ周囲の者達に小さく言葉を吐く。



「死罪か? 上級伯家の名誉は保たれるか? 私の…… 私だけの罪だ…… 私だけが裁かれたらいい」


「いいえ若様。 若様は赦されました。 軍務卿御継嗣様の御尽力と、宰相閣下の恩赦令により、若様の罪は赦されたのです」


「……そ、そうなのか?」


「大手を振って上級伯家へ帰還できます。 宰相閣下が御当主様へ仰ったそうです」


「なんと、仰ったのだ?」


「” 頑固者を身内に持つと、頭痛の種に成ろう。 が、それが故に『民と貧しき者達』の光ともなる。 捉えて離すな。 人材に余裕はない。 民生品の開発を命じる ” と」


「そ、そうか……」


「それと、あの方から御伝言が」


「そっちを早く言え!」


「はっ! ” 己の信念を優先した(馬鹿者)への伝言を頼む。 我が朋の『馬車三台分』の私物(・・)は何時でも引き取り可能だと。 それと詫びを一つ。 貴様に『貴族の柵と首輪』を つけたのは私だ ” ……だ、そうです」


「な、何をしやがった!!!」



 絶叫とも云える叫び声が、下水隧道の中に響き渡り…… 大きな笑い声がその絶叫を掻き消して行った。


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― 新着の感想 ―
ts草 戻れるといいねw ギャグ回の拵えかたも堂に入ってて見事だわw たのし〜
その声、我が朋ではないか!?事案(アレは虎 可哀想で笑ってしまう 元に戻れなくなってたらどえらい事だがはてさて、どうなることやらw
おお朋よ、お前がヒロインだったのか。
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