――― 騎士爵家の慶事 ―――
中層の森から、『砦』に帰り着いた日。
――― 嬉しい知らせが入った。
戦争が終結したのだ。 次兄様も ご無事らしい。 しかし、国の上層部は混乱していると云う事だった。 なにせ突然に帝国側の連合軍が瓦解したそうなのだ。 親征として第一王子殿下が王国北東辺境域の交易都市に入られたのは、実質 終戦間際だったらしい。
軍務卿家のアイツが ” なにやら ” 色々と『暗躍』したらしいが、その辺りも良く判っていない。
しかし、大きな戦闘も無く小競り合い程度で戦争が終結したのは、善き事なのだ。 どちらが負けたのかは言うまでもない。 大軍を擁し国境の向こう側から『王国』に戦争を吹っかけ、我らが国土に侵攻しようと展開した帝国連合軍は、なにも得る物もなく ” 連合 ” が崩壊したのだそうだ。
――― そうなる様にアイツが画策した様だがな。
『終戦の告示』から暫くして、寄り親たる上級伯家領軍と共に、次兄様が御帰還になった。 安堵の空気が、本邸に広がる。 なんにしても無事の御帰りに、家族達と共に深く神に感謝の祈りを捧げることに成った。
集結場所へ移動する征途では、一番危険な『森の端』の街道を強要されていた次兄様は、凱旋の時は ” 格別のご高配を賜り ” 上級女伯様の ” 馬周り ” を仰せつかっておられたらしい。 上級女伯様の信任厚いとの噂話も、我等が故郷の街まで聞こえてくる程に……
強面だが実直で矜持高い次兄様を、上級女伯様は気に入られたのかもしれない。
次兄様は 見た目に反して軍執政として有能なのだ。 その事実に目を付けられたのかも……
上級伯爵家の『領軍』としては、戦役の間の数々の『次兄様の軍功』を、嫌でも見せ付けられたのだ。 上級女伯の『命』で一時期、次兄様の指揮下に『領軍の精鋭』も組み込まれたと聞く。 あちら側の正面 なけなしの帝国軍正規兵達を散々に叩きのめした話は、騎士爵家にも届く程の出来事だった。
まぁ、次兄様なら遣りかねない。
そう云う人なのだ。 さぞかし誇らしげに帰ってこられると思っていたら、なにやらとても悄然と成されているのだ。 次兄様の手には一通の『親書』。 封緘は王家のモノ。 王家の封緘? いやまて…… 何が起こった? 次兄様、何をしたのです? 次兄様は、対応に疲れ果てたと云う様に、深い溜息と共に父上に語り始めた。
「縁談だそうです。 私は戦う事にしか能が無いと、そう言っていたのですが…… 『勅命』を第一王子殿下より、仰せつかりました」
「お、お相手はっ! お相手は、どちらの御令嬢だ!」
父が驚きに声が震えている。 長兄様は言葉が出ない様だ。 私は家族と共に御話を伺った。 何故だかアイツが介入した事だと確信を持つに至る。 軍務卿を担っている侯爵家の継嗣であり、我らが騎士爵家に何故か『御執心』なアイツ。 お相手は多分…… 上級女伯様。 肝煎は…… 公女殿下あたりか…… 第一王子殿下を引っ張り込んだか…… 不思議な ” ご縁 ” だな。
勅命と云うならば、国王陛下すらも絡んでいる事に成る。
なんとしても、我等が騎士爵家を『取り込め』と、そう指示が出たと見た。 次兄様ならば、精強なる領軍を更に精強たらしめると、そう思われたか。 縁談としては…… 爵位関係が問題と成ろうが、きっとどこかに養子として迎え入れられ、其処から上級伯家にお入りになるんだろうな。
まぁ、軍務卿の息子であるアイツが草案を捻り出したと思うから、アイツの実家が『仮親』と成るかもな。 それは、それで『前代未聞』だろうがな。 なにせ、騎士爵家の次男と、上級伯家の御当主様との縁…… このような『大きな戦役』でも無ければ、一考の余地すら無いだろうしな。 いや、現実的に考えて、無茶にも程があるぞ? 大丈夫なのか?
しかし、既に勅は下された。 我らが国王陛下の勅命なのだ。 『是』も『非』も無い。
貴族家に生まれた者の定めだよ、次兄様。 諦めて受け入れる事が肝要だよ。 お二人には幸せに成って欲しいし、寄り親の家が盤石と成るなら…… 民の安寧が保証されるのだから。
さて…… また色々と動きが有るのだろう。
―――――
正式な縁談と成れば、相応の格式をもって『受諾』のお知らせをしなければ成らない。 父上が恐縮の極みと云った風情で、母上と次兄様を伴い上級伯家の領都へと向かった。 もう、父上がこれ以上なく緊張しておられ、母上は妙にどっしりと構えられておられた事が、我が騎士爵家の内情を物語っている。 次兄様は、勿論 父上似なのだから、借りてきた猫の様に小さく成っておられた。
長兄様と御義姉様は、去り行く馬車を微笑みながら見送られた。 本邸の門の前で、長兄様は私に小声で言葉を紡がれる。
「弟が上級女伯様の配となるか。 ……面白いな。 あの愚直なまでに真っ直ぐな漢がな。 遣って行けるだろうか?」
「ちい兄様ならば、出来ますでしょう。 任務だと云えば、魔物の巣に吶喊するような方です。 これも、騎士爵家の任務と云えば、否応も御座いませんよ」
「策士か、お前は。 まったく、王都で何を学んできたのやら…… まぁ、それも、その通りだがな。 アレには幸せに成って欲しい。 暖かい家庭を持ち、護るべきモノが増える喜びを味わって欲しいと思うよ」
「……兄上? 授かりましたか?」
「お前、いつも妙に聡いな。 ……いいか、まだ、父上には云うなよ。 母上と妻が時期を 窺っている」
「はい。 浮かれて何を始めるか判りませんものね」
「慶事が重なるのは『善き事』なのだよ。 うん、『善き事』なのだ」
晴れやかな笑顔の兄上を見る。 私も心より『お慶び』を申し上げる。 騎士爵家は盤石と成り、代を継ぎ辺境の安寧をより一層願う事になるだろう。 『善き事』は、『善き事』を連れてくるのだ。 だから、この光が陰らぬ様に日々努力を怠らぬ様にしなくてはならないと、心の中で一人頷く。
―――――
御当主様が不在の時に、予想外の方々が騎士爵家へと遣ってこられた。
『お忍び』だそうだ。 本邸からの急使が『砦』に到着して、貴顕たる方々の来訪の知らせを受けた。 しかし、貴顕たる御身をお運びに成るには、護衛の数が余りにも僅少と云う知らせが、首を傾げる所。 来訪の目的も異常だった。
なんと、目的が私だと云うのだ。
兄上が『砦』にご案内されて、見えられると云うのだ。 急使から間を置かず、一見すると何でもない、しかしよく見ると相当良い馬車が『砦』に到着する。 兄上は先導の為に騎乗にて見えられた。
貴顕はお二人。
一人は軍務卿家のアイツ。 着用している正装が、妙に気に掛かった。 見たことが無い色合いの正礼装。 いや、なんで そんなモノを着用しているんだ? それ…… どこかの正規参謀職の正装じゃないのか?
もう御一方は、壮年の御方。 一部の隙も無く官服を着込み、ぴっちりと頭髪を撫でつけ、冷徹な表情を浮かべた、いかにも切れ者だと云う印象を受ける御方。
官服の飾り紐は『紫紺』
なんで、こんな辺境に居られるのか? 理解に苦しむ。 飾り紐の色から、我が国の政の最高位の方だと云う事が判る。 雰囲気からして只者では無い事は理解していたが……
宰相閣下。 何故故に、この場所へ?
外で『ご対応』するわけにもいかず、『砦』の執務室へと移動を願った。
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