――― 未知の人種の子供達 ―――
森を抜け、邑から街道に入り、速やかに『砦』に帰る。衰弱し切った子供達の手当てをせねば成らない。仮令外見は違っても、間違いなく子供達なのだから。
『砦』の通信士達に、子供の世話を願う。
寡婦であり、母親でも有る者達は、最初は子供達の外見に戸惑ったが、それでも虐待を受けた子供は見過ごせなかったようだ。 『偉大なる』は母性だ。 母なる人達は、その慈しみを哀れな子供達へ向ける。 私はその様子に安堵しつつも、兄上に一つ願いを告げる。
森の中で帝国兵が連れた、民間人の子供を保護した事を伝え、その誰もが奴隷紋を刻まれていると報告した。 ついては上級女伯様の所に派遣した、衛生兵班長の女性を『砦』に派遣して欲しいと伝えたのだ。 随分と前に、あの者は街に戻っている筈だった。
今回の出兵の前に、上級女伯も、領軍も、十分彼女の知恵と知識を吸収し、この地域にも対応できると上級女伯様が感謝と共に任務完了を告げられたのだ。 故に、衛生兵班長は、あちらに居る必要が無くなった。 彼女は原隊復帰を命じられ騎士爵家『護衛部隊』に帰還している。
かく云う私も、一度御世話に成っている。 爺と『誓約』を交わしたあの時だ。 快く兄上は引き受けてくれたばかりでは無く、長兄様 御自身で『砦』まで連れて来てくれたのだ。
まぁ、誘拐され奴隷にされた子供達を確認しに来たと云っても良いと思う。 戦時国際法違反の生きた証でもあるのだ。 確認せずには居られないであろうな。 だから、長兄様 が子供達の容姿を見て眉を顰めるのは、無理からぬ事だった。
――― 薄緑の肌、長い耳、漆黒の髪。 髪の間に覗く小さな角。 薄く開く目は黄金色。
何もかも『人』とは違う容姿の子供達。 絶句する兄上。 衛生兵班長が、子供達に施された奴隷紋の解除を試みる。 大して複雑な術式では無かった事は、神に感謝するべき事柄。 帝国の魔法術式は未だ基本的な事しか出来ぬのが功を奏した。
その他にも鞭や棒で叩かれた跡も散見されたと云う。
悲痛な面落ちで、あの方は『神に助力』を嘆願し、『癒しの魔法』を施して行くのが見えた。 兄上は私を執務室へと引っ張っていき、長い話し合いが始まった。
「アレは…… なんだ? 魔物…… いや魔人なのか?」
「私には人の子に見えます。 超大型魔物に鎖で括りつけられておりました。 アレが多分…… 魔物を隷属させていた『絡繰りの元』だと思えるのです。 事実かどうかは判りません。 が、確率は高いでしょう。 云う事を聴かぬ幼き者を『奴隷紋』で縛り『拷問』を用いて従属させたと…… その事実から、彼等が何かしらの重要な技能を持つ者だと推察できます。 帝国は ” 面倒ならば殺してしまえと云うお国柄 ” です。 しかし、あまりにも『重要な技能を持つ』が故に殺せなかった。 活かさず殺さず、利用するだけ利用する。 ……あちらは云うでしょうね。 ” 人では無いのだ ” と。 外見の違いから、人では無い者だから戦時国際法には抵触していないと。 そう見て間違いないでしょう。 長兄様 …… 如何なさいます? 子供達の存在を公表なさいますか?」
「…………つまりは、あれが帝国の『切り札』と云う事か?」
「ええ、『フォレストストライダー』にも括りつけられておりましたから」
「四十人……か」
「はい。 『サイクロプス』十五体。 『フォレストストライダー』二十五体に。 全員救い出せたのは、遊撃部隊歩兵の快挙だと私は確信しております」
「そうか…… そう云う事だったか。 成程な…… 自分達で見つけ出したのでは無く、別人種に備わった能力を利用しただけか…… 『魔の森』を越える能力とは、一体なんだ? まだ、確実な事は何もわからんと云う事か。 ならば…… 父上には…… 報告する事は出来ないな。 お前と俺の…… 『心内』に留めて置く事にする」
「………………判りました。 ですが、兄上」
「なんだ」
「『偏見』は良くないですよ? 『予断』は真実を見詰める眼を曇らせます」
「私にはまだよく理解できない。 お前が何を視ているか予測も付かない。 が、お前のみが見えるモノも有るのだろう。 確信は無いが、お前を信ずることは出来るからな。 命じる、『砦』に於いて良く調べろ。 出来るだけ彼等を『人目』に晒さぬ方が良い。 なにか情報が取れれば私を呼べ」
「承知」
私と兄上の間で、四十人の子供については、コレを『秘匿事項』とする事が決定した。 いや、作戦そのものが『秘匿事項』となったか。 まさか、二個旅団もの帝国兵が『魔の森』を抜けようとしていたなど、王国の軍務に携わる者ならば、誰も信じようとはしないだろう。
そして、その処分を森に任せたなどと云えよう筈も無い。
戦時下に於ける『戦闘放棄』と取られかねないと継嗣らしく兄上はそう言ってくれた。 まぁ、超大型の危険極まりない『魔物の討伐』を実施したとして、報告書には綴る。 そうしないと、支配領域から『魔の森』中層への侵入は 暫くの間 『禁止措置』を取った理由が無くなる。
事実を混ぜた『虚偽申告』。
本来ならば懲罰モノではあるが、それを指示したのが、報告を受ける側の騎士爵家の御継嗣様。 事が事だけに『隠匿』は必ず成されよう。 今回の作戦に於いて、遊撃部隊は森の奥深くで遭遇した超大型の魔物を狩っただけ。
――― そう、通常の任務と何ら変わりは無いのだ。
――――――
『癒しの秘術』は、彼等にも有効だったらしい。 つまり、子供達は神の目から見ても『人の子』で有ると云う事だ。 魔物や魔獣には『癒しの秘術』を行使しても効果は発揮しない。 生態観察の為、実験として本宅に於いて瀕死の小型魔獣に対し使った事も有るが、秘術が発動する事は無かった。
つまり、” 神官 ” の『技巧』を持つ者が行使する『秘術』は、『人』にしか効かないと云う事。 ならば、子供達は『人の子』と云えるのだ。 この事実は、おお兄様に直ぐに伝えた。 私の真意を知って、戦時国際法違反が成立したと、おお兄様は喜んで下さった。
子供達には、温かい食べ物を通信士の御婦人方が与え、暖かく清潔な寝床と風呂、そして美麗では無いがしっかりした服を与える。 我等に『敵意』は無いと、そう信じるまでは根気強く相手するつもりだった。
ある日、通信士の御夫人の一人が、子供達の一人を連れて執務室に来た。
「坊ちゃま。 ようやっと、会話するつもりになったみたいですよ。 先ずは、会わせてくれと」
「そうか。 執務室に連れて来てくれ。 話がしたい。 悪いが飲み物も準備して欲しい」
「はいはい。判っておりますよ」
御夫人に連れてこられ、静かにソファに座る異形の子供。 私を窺うように見詰めている。 別に取って食おうなんて思ってないのだがな。 さて、どうやって話を紡ごうか。 なにやら壮絶な過去がありそうな…… ゆったりとソファに座り、通信士の女性の入れた茶を前に喋り出すのを待つ。
別に、時間が惜しい訳でも無い。
アレの討伐が済んでから、『魔の森』からの報告は激減している。 森が落ち着きを取り戻していると感じているのだ。 多分…… 深層の森以南だけの話だろうがな。 またその内、忙しくはなろうが、今は静かなモノだった。 そう、時間は有るのだ。 だから、じっくりと時間を掛ける積りでもいる。
茶を含み、その子の様子を窺う。 何かを話したそうに…… でも口にするには、色々な葛藤があるのか、中々言葉に出来ぬ様だった。 思いつめた顔をして、やがて言葉を紡ぎ出す。
「@「ぽ@l。;。:@p! い、ちゃ、違う。 言葉は…… そうだ 『どうして助けてくれたの?』だ」
帝国語なまりの、異国の言葉とも取れそうな、そんな発音での言葉。 つまりは、母国語では無いのだと理解した。 帝国人では無いのだと。
「奴隷紋を刻まれた子供が、我等が国に侵攻した兵隊に帯同されていたのだ。 誘拐し奴隷と成したと考える方が普通なのでは? 戦争犯罪被害者を救う事は、戦時国際法の総則にも記載されている。 当然の行動だ」
「奴等はそんな事! ;@お@、@ppl、!! 言わなかった!!」
「『魔の森』に沈んだこの世界は、人が生きていける場所は限られている。 皆が精一杯頑張っても、生活は楽に成らぬ世界だからな。 楽をして豪奢な生活を送りたいならば、他国を奪取すればよいと考える国なのだよ『帝国』と云う国は。 あの国は、戦時国際法を頭から無視している。 と云うより、君達を『人』と認識していない。 他国への侵攻などを考える国だ。 『人』で無いなら家畜も同然の扱いをする。 しかし…… 神は、そんな彼等をお許しに成る事は無い」
「そんな風に『考える人』が居たなんて…… 、;。@mlmp。@ ……知らんかった」
「君達の容姿は私たちとは違うね。 君達は何処に棲んでいるんだ?」
「…………森の奥地。 。p@:;、@…… 陸巨亀の甲羅の上の村。 自分達は『レイブン・ビレ《流浪する街》』と呼んでいる場所。 長い間…… 本当に長い間、深い森の中をグルグル回っているんだ」
「森の奥地か…… 『深層の森』で暮していたと。 世代を重ね、重ねて子孫を繋いだと云う事だな。 濃い魔力による突然変異。 魔力による形質変化は幾つか実例も有るのは『文献』で読んだ事はあるが…… 現実に起きていたのか…… 済まない、もう一つ、教えて欲しい事が有るのだが?」
「。;;@ぽ;p…… ごめん、お兄さんになら答えるよ。 良い人…… みたいだし」
「ありがとう。 世代を重ねていると云っていたが、長い間とはどのくらいの期間なのか?」
「………a.[p@.][@p: ゴメン…… まだ、こっちに言語に慣れて無い。 えっと…… 長老が言うには、既に3000年は超えているらしいんだ。 『エスタル』国民の末裔とか言っていた」
「『エスタル』…… 私にしたら突拍子も無い『名』が出てきたな。 それは我らの歴史では古代に『魔の森』をこの世界に解き放ち、自身もまた『魔の森』の災厄で滅んだ国の名だ」
「あたしたちは、” 罪深い我等 ” と云う意味で、” エスタリアン ” なんだ。 この話は、長老からも受け継がれて、生まれたらすぐに教えられるから。 でも、神様が『懺悔に生きるエスタリアン』を哀れんで、馴養飼師を授けて下さったんだ」
「馴養飼師? それが魔物を使役する技巧なのか…… 野生の魔物と何らかの契約を結び、共に生きる約束をする…… で、良いのか?」
「そうだよ。 うんそう。 でも、今ではそのギフトを貰えるエスタリアンも減って来ててね。 。@お@pll。…… あたしを含めてあんまりいない。 馴養飼師の祝福を持たないと、森で狩りは出来ないからね。 kgじょdfsl;…… その中で、森で狩りをしている時に奴等に取っ捕まったのさ。 取っ捕まって、保護?…… して貰った40人が、捕らえられた全員だよ」
「狩り? そんな幼いのに狩りをするのか?」
「幼い? そう見えるんだね。 これでも、あたし…… 八十歳を超えたばかりの 『乙女』なんだけど!?」
「えっ?」
「なによ…… そりゃ、まだまだ ” 子供 ” だけどねッ!!」
ツンと、横を向き膨れるその子供。 いや、心なしか胸が膨らんでいる所を見ると女性だったのか。 ……いや、しまった。 どんな国に於いても、女性に年齢の話を持ち出すのは『禁忌』である事を、すっかり失念していた。
済まなかったと、頭を下げる。
プッと噴き出す彼女。
―――― 大きく隔たりの有る私達の中に、なにかしら、繋がるモノを感じた一瞬であった。