――― 遊撃部隊の対魔物戦 ―――
” 敵、特殊『索敵魔道具』による索敵範囲内に侵入 "
あの娘の声が兜の中に響く。 つまりは5000ヤルド以内に入ったと云う事だ。 夜の帳は朝日に駆逐され、魔鳥の鳴き声が森の中に響く。 新しい一日が始まる。
『殺戮の朝』が、訪れたのだ。
帝国の侵攻部隊は、思った以上に大所帯で、先頭を歩く15匹の『サイクロプス』の足音は森を揺るがしていた。 どうりで『魔の森』の魔物や魔獣が周辺に逃散する筈だ。 私は、静かにその時を待つ。 まさか『待ち伏せ』しているとは思っていないのであろう、周囲に対しての警戒もソコソコに、敵は大休止に入る準備を始めた。
”『魔の森』を踏破して進行してくるなど、敵は思いもよらぬ ” と、そう考えているのが手に取る様に判る。 自分達の考えが、少なくとも私には予測されているとは、全く思っていないのだ。 古今東西の『戦史』を読み込めば『迂回側背攻撃』は、枚挙にいとまがない。
何らかの方策で、森を抜ける事が出来たならばと『想定』する事は、森に近い支配地域を持つ騎士爵家では、どの家もが思う事だ。 それを合わせるだけで、簡単に意図が見抜けるのだよ。 勉強が足りない。
――― 教育の『施し甲斐』が有るな。
輜重兵共が器用に巨獣フォレストストライダーに装備されている巨大兵員輸送籠から降り、水汲みを始めていた。 訓練行軍時の様な、朝の何気ない野営地の景色。 至る所で簡易竈が作られ、白煙が上がる。 朝餉の支度であろう事は、誰もが理解した。
まるで物見遊山の様な光景だった。 よし、教えを与えてやろう。 ”『戦争を欲する者』は、死ぬ覚悟を決せねば成らぬ。” まして、既に敵国に侵入していると云うのに、緩んだ軍律では死と隣り合わせなのだと、『訓戒』してやる。
――― 突然、密やかな報告の声が通信機から漏れでる。 困惑の声色が強い。
” 異常な光景を視認。 サイクロプス、及び フォレストストライダーの背に鎖で繋がれた一般人の姿を認む。 ……なんだ、あれは? 遠視が出来るモノは、確認をせよ ”
” 此方三班観測兵。 視認した。 衰弱した子供だ。 襤褸を着ている。 ……肌の色は薄緑。 耳が長いぞ? なんだ…… アレは…… いや、何処かで見た様な…… ”
” ありゃ……『エラド=アラクネ』の疑似餌だ! あれによく似ている。 あちらは成人女性を模っていたが、此方は…… 子供? ちょっと待て、第六班より指揮官へ。 奴隷紋を確認。 やつら、奴隷として使役してやがる! 年端も行かぬ子供の奴隷が、侵攻作戦に帯同しているだと? どういう事だ!!”
多方面から報告が入る。 巨大な魔物の背中や肩口に、『奴隷の子供』が縫い付けられる様に括りつけられているのだ。 私の目にもそれが見て取れた。 下腹に力が入る。 戦場であっても…… 決して許されない光景なのだ。 子供は人の宝なのだ。 無限の可能性を秘めた、人の宝なのだ。
残酷な事実だが、王国にも奴隷は存在する。 がしかし、十二歳以前の子供の奴隷は、コレを許していない。
我らが王国では奴隷とは『犯罪奴隷』か『借金奴隷』しか存在しない。 それも様々な制約があるのだ。 子供を奴隷化するだと? 度し難い。 まこと、度し難い野蛮な輩達だ! 輜重兵も その奴隷の子供に一瞥もくれる事も無い。 つまりは、人として認識すらしていないと云う事だ。 ならば……
ならば、戦時国際法を拡大解釈してやる。 後から泣き言を並べるなよ、お前らの悪行が王宮を通じ、世界中に拡散されるのだ。 もう、お前らに手を貸す様な国は無くなる。 いかな戦争にも厳然とした規範、慣例が存在するのだ。 それを無視した者に、慈悲など与えれる筈もない。
戦役が無駄に終わった後、帝国の国際的な信用は地に落ち、誰にも見向きされぬ国と成ろうな。 さて、始めようか『教育』と云うモノを。
” 全員に通達。 これより、対巨大魔物討伐戦闘を開始する。 付則として、巨大魔物、魔獣に取りついている帝国兵共は、『一般市井の民』を奴隷として拉致帯同。 国際法に於いて認められていない子供を奴隷と成している。 戦時国際法の総則に則り私はあの子供達を敵が拉致捕縛した『捕虜』と断定し、捕虜虐待の事実を認む。 よって、彼等を救い出し救済する事を、戦時国際法に則り宣言する。 良いかッ!”
” ” ” ” 応ッ ” ” ” ”
冷静と情熱の狭間に私は居た。 確固たる目標を目の前にして、猛る心を深く静かに沈ませながら、遊撃部隊 狙撃兵達に命令を下す。
” 射手各自に命じる。 『特装弾』の使用を許可する。 サイクロプス頭部、致命部と思しき目玉を狙え。 敵は現在水を飲む為に眼下滝壺の池の周りに集結中。 撃ち下ろし射撃。 射撃準備。 …………発射”
ターン ターン ターン
ターン ターン ターン
一斉に銃が息を吐く。 朝の静寂に、特装弾の発射音が重なる。 重量のある弾は、飛翔音を引きながらサイクロプスに向けて空中を突進し始める。 赤毛の『ピシカス』の頭蓋を打ち砕くまでに硬度を増した弾丸は、『サイクロプス』の単眼を覆う透明の『膜』を撃ち抜いた。
―――ある意味、賭けに勝った。
『爺』がその身を以て討伐し残した『置き土産』。 赤毛のサルの遺骸。 『ピシカス』の特異点として、瞠目するに値するモノであった。 『銃弾』で、致命を与えられるように、日々研究した結果だ。 爺が残してくれた、未来への糧。 ひたすらに喰わしてもらった。
目の前の戦果は、爺からの『贈物』とも云えたのだ。 心から感謝を捧げる。
特装弾はその弾体の重さから後落しつつも、訓練を重ねた者達の手によって、次々とサイクロプスの単眼に吸い込まれて行った。 目を粉砕し、眼底の骨を砕き、脳幹をミンチにしながら進み、そこで符呪式が発動。
二発の特殊弾が齎す爆発的な聖水の生成による破壊は、いかな強靭さを誇る『サイクロプス』でも対処は不可能。 頭蓋骨内で爆発的に生成される『聖水』の圧力は相当なモノで、一気に生成された『聖水』の圧力は、脳と頭蓋骨を粉々に破砕する。
―――『サイクロプス』の頭部の爆砕に成功する。
驚異的な再生能力を持つと云われる『深層の森』の魔物とはいえ、致命部位を粉々にされては再生も不可能。 『サイクロプス』共は、速やかに 『この世成らぬ場所へ』 と、突撃して行った。 十五体のサイクロプスは水飲みの最中。 前につんのめる形で滝壺から流れ出る川に突っ伏した。
” 弾種、通常弾。 目標『フォレストストライダー』頭部致命部。 撃ち下ろし射撃準備。 発射”
観測手の精密測距誘導で、射手は次々と『フォレストストライダー』頭部に弾をぶち込んで行く。 混乱が奴等の野営地を包み込む。 巨獣『フォレストストライダー』の積載能力は高い。 特別製であろう巨大兵員輸送籠を装備している『フォレストストライダー』 『兵員輸送籠』の巨大さから目算で、600~700の重装歩兵を運んでいたようだった。
頭部を撃ち抜かれ、倒れ込む『フォレストストライダー』達。 輜重兵以外は未だ兵輸送籠の中に居た。 私は聖人君子では無い。 我が国を蹂躙する為に来た者達の命など、どうでもよい。 兵員輸送籠の中で押しつぶされる『輸送中の兵』の断末魔の叫びが聞こえるが、そんなものは気にも留めない。
ただ、超大型の魔獣や巨獣に繋ぎ止められた子供に意識は向く。
” 巨大魔物、及び、魔獣の討伐を確認。 以降、遊撃他部隊は、子供の救出に当たれ。 救出後は、速やかに撤退。 作戦目標以外の相手が立て直すまでにこの場を離れる。 工兵隊の撒いた罠に注意。 敷設場所の範囲指定場所に留意。 班長、曹の誘導に従い、速やかに敷設範囲より離脱せよ ”
精兵たる我らが歩兵達は、漆黒の装甲と魔剣を振るい、右往左往している帝国軍輜重兵の間を抜け、鎖に縫い留められている子供たちの救出に全力を傾ける。 硬い魔物の表皮は、遊撃部隊標準剣により切裂かれ、時間を掛けずに鎖が埋め込まれた肉塊を切り飛ばし、子供達を救出する。 子供達を抱きかかえ、一目散に森へと撤退。 敵野営地を駆け抜け、罠の設置範囲を擦り抜け……
黒い一陣の風のように、四十人余りの奴隷の子供達の救出に成功した。
後の事? それは、「魔の森」に任せる事にした。 自然災害級の『脅威』である超大型の魔物が消え、大型の魔獣が倒れたら、其処に脅威は無い。 周辺に散った魔物魔獣がこの場に戻るまでの時間が、彼等にとっての《黄金の時間》と成るのだ。
その事に気が付いた輜重兵は、傷付き倒れている帝国兵を見捨て、自分達が侵攻してきた森の中の道を、深層方向に向けて走り出したのだ。 ……アレは無いな。 生身で『深層の森』を抜ける積りか? 私ならば、捕虜覚悟で王国側に逃げるがな……
自分達が行って来た非道が、捕虜と成れば自分達にも降りかかると云う恐怖から、ああいった行動に出るのだ。 いわば、自業自得。 そこに哀れも、慈悲も無い。 『魔の森』の洗礼が待ち受けているのだ。 己が非道の報いを、受けるがいいのだ。
皆に『作戦終了』を告げる。
もうここには用は無い。 暫く、『中層の森』には入らぬ様に、『森の端』の者達に言い聞かせねば成らない。 ここ、中層の森の魔物魔獣は『人の味』を覚えるのだ。 落ち着くまでは…… 森に入らぬ事だな。 予見された暴虐に対して、避難準備をしている筈の長兄様に願おう。 暫く『森の端』の住人達への物資供与も願おう。
『森の端』の民が『森』に生活を依存しているのは判るが、今の森はとても危険な状態になったのだから。 最大脅威とも云える超大型の魔物が去り、生態系に大きな狂いが生じている筈なのだ。 浅層の森にも、その影響は大きいだろう。 暫くは慎重なる観察が必要だ。
それに……
此れから暫く、深層領域以遠の森は、とても騒がしくなるだろうしな。