――― 錬成の果て ―――
『砦』に戻り執務室に入る。
幾つかの書類仕事を熟していると、『親方』がやって来た。 何も言わずドカリと応接椅子に腰を下ろし、太い腕を組みながら此方を睨みつけてくる。 色々と云いたい事があるのを、今までずっと耐え続けてきたんだと、そう云う雰囲気を醸していた。 溜息を一つ落としてから、親方に問いかける。
「なんだろうか?」
「判っている癖に、大変だったんぞ」
「……『親方』なら出来ると確信していたのだが?」
「だから、秘密を守れる奴を厳選して、大慌てで手配したんだ。 なんだよ、アレ」
「『人工魔鉱』は、混ぜるモノによって色味が変わると云う事が判明した。 黒鉄に似た色味を出そうとすると、ある小型魔物の角を混ぜ込むとそうなる。 それに気が付いた。 だから至急冒険者ギルドに討伐依頼を出し、素材を集めて貰った」
「だからって、アレは無いだろ」
「『韜晦』すべき事柄が多いのだよ。 親方だって秘密を守れる者を用意する程の代物だとは理解しているだろう? 『人工魔鉱』というモノは、王国経済に混乱を引き起こすモノだと」
「若が…… 主力部隊指揮官とその兵達を心配するのは判り切っていた。 だから、若の極秘指令も受けた。 当事者には判らぬ様に、防具を『人工魔鉱』製のモノに変更したいと云う無茶な事をな。 従来の武器、防具の整備という名目で魔鉱装甲板への換装。 色味は『黒鉄製』のものと同じだから、韜晦できると云うのもわかる。 対魔物魔獣戦では無いから、魔道具化は無しだ。 それも判る。 兎に角、時間が無かった。 『機密保持』が課されていなきゃ、もっと大々的に準備出来たんだぜ?」
「判っているが…… それも難しかったのだ。 我が国 他領の経済を混乱させる訳にはいかんだろう? 母上がアレを表に出さぬのは、そう云った意味合いが大きいのだ」
「だがなぁ…… 疲れたぜ」
「すまん。 苦労を掛けた」
「兄貴にまで秘匿するって…… なぁ…… まぁ、お前さんの心の中はどうなっているのかは判らんが、ちゃんと兄弟同士では腹割って話しとけよ」
「…………そうだな。 それは、確かにそうだ。 次兄様には、御帰還に成ってから、お話しする。 まぁ、アレを装備して一回でも剣を抜けば、私の愚考など直ぐに見通し、豪快に笑って下さるだろうがな」
「隠されるってのは『内心』来るもんが有るんだぜ?」
「…………了解した」
「んじゃ、また来る。 御代は弾んでくれよ」
親方は来た時と同じように唐突に去っていく。 きっと、心に引っ掛かっていたのだろう。 愚痴を口にする事で、心の折り合いをつけたかのように見受けられる。 ……済まなかった。 どうしても、嫌だったんだ。 人を傷つけるモノを作るのは。 『自分自身の信念』に嘘を吐く為に…… 兄上達には言えなかったんだ。 親方とその郎党には、計り知れない苦労を掛けたことは理解している。
ただただ、感謝を捧げるよ…… 親方、ありがとう。
――――
親方が去った後、戦役の事を考えた。 執務机を離れ壁に掲げてある大地図の前に向かう。 壁に在る北方『魔の森』を含む大地図を見詰める。 多くのピンが刺されているその地図。 言わずもがな、魔物魔獣の目撃、発見、討伐が有った場所。 違和感が私を包み込んでいるのだ。 それは、ピンの偏り……
―――明らかに方向性があるのだ。
爺の壮絶な最期の後、私も又努力を重ねてきた。 『魔導通信線』の延伸はその最たるモノ。 今では『中層の森』近くの『番小屋』にまで到達している。 狩を生業とする狩人達の避難設備として、遊撃部隊の工兵が作り上げた半地下のそれを、十分な強度を持たせた避難場所として活用してもらうように村々の狩人に提示した。
危険な森の中に安全地帯とも云える場所が出来た事を、狩人や採取人達は慶び使用してくれた。 その代わり、森の中で見た獣たちの状況については細大漏らさず報告の義務を負わせた。
情報が集中する『砦』の通信室はとても忙しい場所となったが、通信士の女性達はかつての苦い経験をこれ以上拡散する事を良しとはせず、仕事に誠実に向き合ってくれた。 よって、この大地図に刺されているピンは、皆の努力の結晶とも云える集大成なのだ。
曹長以下、練度の高い小隊指揮官でも有る曹達に、大地図に情報を入れる役目を割り振っているのも、遊撃部隊全体で『魔の森』の中で何が進行しているかを共有する目的も有るのだ。 兵達は私の目的も知っており、時折大地図を前に意見の交換をしている姿を見かけるようになった。
戦訓は常に更新されるべきで有り、偏った情報では間違った戦訓を是正する事は出来ない。 現場で汗を流す兵達には無残な事なのだが現場対応しか出来ぬ兵にはそこが限界点となるのだ。 故にその兵を指揮する曹には、戦術的であり半ば以上戦略的な視点を持って貰いたかった。
実技は余り特筆すべきモノは無かったが、座学で深く学んだ軍史。 精強なる軍勢は、なにも強兵たちが集う集団ではない。 それを指揮する者が、戦場全体を俯瞰的に見る事が出来、さらに、想定戦場を自身が決定する程の戦略眼を持つ集団が本物の精鋭と云えるのだ。
私もそれに倣おうと思ったのだ。
大地図を前に思案に暮れる。 明らかな事は、森の深部から浅層の森にかけての一本の筋の様な空白地帯。 周辺からは様々な報告が届いているのだが、中央には一本の線を引けるくらい、報告の数が少ないのだ。 明らかに魔物魔獣共が何かを恐れて左右に分かれ逃げまどっている…… そうとしか思えぬのだ。
細かく報告を取り、記録し続けていったが故に理解し得る現象。
それも、此処数週間 とても顕著と成っているのが気に掛かっていた。 隣に曹長が立つ。
「意見具申。 と云いますか、私の妄想でしかありませんが……」
「傾聴する」
「はい。 お気づきでしょうが、何かが『深層の森』から此方に真っ直ぐに降りてきております。 魔物魔獣の動向は、恐慌から来る物が多く、何かに追われていると判断できる現象が多いのです。 森全体の魔物や魔獣の生態系に異変が起きていると狩人達も異口同音に申しておりました。 その何かが…… 私には超大型の魔物に思えてなりません」
「空白地帯の幅からの推測か?」
「何者かが意思を以て、超大型魔物を誘導している。 そんな妄想が頭を離れません」
「何処で迎撃する?」
「私の妄想を信じられるのですか?!」
「妄想で片付けられるような話では無い。 事実、この地図に浮かぶ魔物や魔獣の動向を目にすれば、同様の事を思い浮かべる者も多いだろう。 そう云う風な見方が出来るように、君達を導いたつもりだ。 私が魔法学院騎士科で得た知見は、私が独占するようなモノでは無いのだ。 衆知を集めなくては、辺境の安寧など保つ事は出来ぬよ。 さて、どうだろうか。 君ならどこを想定戦場とする?」
驚いた様に目を丸くした曹長。 しかし、私の言葉が心の琴線に触れたのか、それ以上は何も言わず戦術的思考に耽り始めた。 我らが持つ攻撃手段と、超大型魔物と云う、自然災害級の『魔の森』の脅威。 考えねば成らぬ事は、それに対峙する為の『時間』と『距離』と『出来る事』。
曹長が持つ情報は、私も持つ。 私ならばと云う注釈付きで、腹案も練っている。 ならば、曹長はどうだろうか? 既に考えていたのだろうか? この危機的状況に於いても尚、興味をそそられる。 口の中で曹長が言葉を反芻している。 彼の癖でも有るのだ。 深く考えを巡らす際、彼はそれが口に出る。 だから、こうして近くに佇んでいると、彼の考えは自然と判ってしまう。
貴族社会には絶対に出られない性格なのだ。 薄く笑みが頬に浮かぶ。 この実直さと健気さが辺境の漢の在り方なのだ。 背に苔生した『爺』の様な古強者に成るまでは、まだまだ時を重ねなくては成らない。 いまだ、成長中なのだと実感する。
彼の小さな言葉は、私が想定していた場所と合致していた。
喜ばしい事だ。 強装弾を使用して攻撃できる実効射程の問題。 視界視線が通るかどうかの問題。 十分な広さは必要だが、相手の軍勢が展開できるような場所では無い事も条件に入る。 こちらが如何に有利に成るか地形を読み、そこに誘導できるかが問題なのだ。
『中層の森』の『浅層の森』のほど近くの滝。 それが、意見の合致をみた想定戦場であった。
どんな魔物だろうが魔獣だろうが生きていく為には水場は必要なのだ。 巨体を支えるには、相応の水を飲まねば成らない。 なぜその場所に注目したのか。 理由は空白地帯の動線に在った。 深層の森の情報は判らない。 が、反対に云えば『中層の森』は狩人達が出入りし、地形を把握している。
空白地帯を延長すると、川筋がありそれが滝に通じていたのだ。 ある程度の広さが稼げるほど、滝の周辺には樹々が少ない。 超大型ともなればある程度の空間が無ければ立ち止まる事も難しいだろう。 そして、一斉に水を飲める場所が有るのならば利用しない手は無い。 さらに帯同する軍勢の水問題もここで解消できる可能性がある。
行軍する超大型と思わしき魔物から降り、水を汲みもう一度搭乗すると云う手間を考えるのならば、魔物の行軍が止まる時に一緒に補給すると思われる。 通常の行軍に際しても同様の手順を踏むので、この想像は大きくは外れていないであろう。
つまり、超大型の魔物が多数動員されていると仮定するならば、部隊が完全に停止する予想地点と成る。 さらに、樹々が少なく見通しも良い上、滝と云う場所であるから、高所から見下ろせる。 狙撃場所としては理想的でも有るのだ。
「狙撃を攻撃主体と考えるのか?」
「銃の性能と、あの『アウストラ』戦からの教訓を形にした『新型弾』の性能を考えた結果です。 水場に罠を張れば、足止めにも有効かと」
「魔物魔獣では無く、相手の兵の動きにも気を配った想定の結果か。 私も同意見だ。 最悪の事態に対処する為、滝周辺に罠を張る」
「御意に」
『爺』亡きあと、曹長が私の副官と成った。 そして、彼の性格上その任務を精励し勤め上げようとすることは明らかだ。 更に言えば、彼は曹、班長達にも絶大な信頼を寄せられている。 よって、彼にならば色々と打ち明けられる事柄も多いであろう。
『爺』の代わりと云うのは烏滸がましいが、彼は彼なりに自身の立ち位置を明確に把握し、そして、『副官』たるを全うしようと努力している。
曲りなりにも、遊撃部隊は全ての駒が揃った。 『爺』が鍛え上げてくれたお陰でも有る。 今更ながらに、『爺』の存在を大きく感じてしまう。 寂しくも有り…… 誇らしくもあった。 爺、貴方の子供達は力強く生きております。 どうか、安心してください。 そして、見守っていてください。
子供の頃そうだったように頭を撫でられ、直ぐ近くで見守っていてくれるような気がした。
空白地帯の延長線上。 滝の有る場所。 もし、そんなモノが居るのならばと云う、架空の敵に対しての備え。 準備だけは済ませておかねば、後々後悔する事に成りかねない。 すぐさま偵察を兼ねての出撃を曹長に命じた。




