――― 嵐の到来 ―――
その後も『森の端』の村々からの報告は続く。 通信魔道具を設置した村からは頻繁に。 そうで無い場所からも、通信使が手紙を携えて。 新規に報告が有った場所には、『魔導通信線』を新たに敷設して行く。
度重なる通報は、通信網を拡充させ『魔の森』近傍のおおよその村々に配備出来る程と成った。 網とは言えないか。 全ての魔導通信線は一対一の単線構成で、『砦』の通信室に直結しているのだ。 通信士の女性達が座る通信卓の数は増え、その対応に通信士の追加募集もした。
先達として、最初に雇った彼女達が後から来る者達の良き手本と成ってくれた事は、喜んで良い事なのだろう。 年若く寡婦となってしまった者が、若年兵からの求婚を受ける事もあった。 それは、過酷な場所を仕事場とする者にとって、ある意味『善き事』であると云えるのかもしれない。
そう云った方面での情緒は全く育たない私だが、彼等の微笑み見詰めあう姿は護らねば成らぬと、そう思う。
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ある日、本宅に呼び出された。 父上の執務室に於いて、なにやら重要な事柄が通達されると云うのだ。 王都からの知らせは、朋が出奔してからは届かない。 だから、王都で何が進行しているのかは知らない。 よって、今回の呼び出しについて背景情報を知る術はない。
父上の執務室に於いて、三兄弟が揃う。 この場には母上や義姉上はいらっしゃらない。 と云う事は、騎士爵家の内政と云う話では無いと云う事だ。 軍事方面か? 父上は難しい顔をしながら、私達に言葉を紡ぐ。
「上級伯家より、戦力の拠出を求められた。 戦争が始まるらしい。 相手は北方王国…… 宣戦布告書には、あちらでは『北の王国』が周辺国を併呑し、帝国を名乗っているのだそうだ。 王国北東部の『魔の森』が薄い場所。 近年まで北方交易路が打通していた場所に、相当な数の戦力が集中しているのだそうだ。 それに対抗すべく、国内の戦力を拠出するように勅命が下りた。 その一環として上級伯家にも従軍の勅が下され、さらに配下の騎士爵家にも出陣を求められた。 受けぬ訳にはいかぬが……」
「『魔の森』への対応は如何なさいますか? あちらは『戦力』をお求めに成っております。 それに対応できるのは主力部隊で御座いますれば……」
「……であるな。 遊撃部隊にはかなりの負担を掛ける事に成るのだが、それしか方策は無かろう。 戦力拠出には、主力部隊を。 『魔の森』への対応には遊撃部隊をそれぞれに充てる。 護衛部隊は遊撃部隊の兵站と衛生を担え。 何か事あらば、主力が抜ける事と成る為、避難を第一義とする。 良いか」
「「「御意に」」」
遂に、始まった。 事態の推移は判らないが、朋の手紙によって二、三年の内には戦争が勃発する可能性が有る事は判っていた。 さらに言えば、その為の準備が其処彼処に見受けられ、挙国一致を成す為に、無茶な領地交換すら行われていたのだ。
季節の移り変わりは、現実のモノとなったのだ。
――――― § ―――――
長兄様の執務室に移り、今後の騎士爵家の戦力を整理した。 父上は実質当主の座を長兄様に移しており、騎士爵家の経営の大半の権限を委譲されておられた。 実際には後見人としての立場を取られている父上。 継爵に向けた『役割分担』を明確にして置きたいとの思召しだろう。
次兄様は今回の出兵には乗り気ではない。 頻発する ” 魔物との遭遇 ” を知らせる『魔の森』の状況の事が気がかりなのだ。 多分、私ではまだまだ力不足だと感じられておられるのであろう。 それは仕方ない。 『爺』が去った遊撃部隊は、歩兵の士気が下がっているのは否めないのだからな。
しかし、現状はこちらの状況を斟酌などしてくれはしない。
『森の端』の村々からの出動要請は、日増しに増えつつある。 『魔の森』の状況はかなり危ういと見ても良い。 父上からの言葉は、そんな過酷さを増す遊撃部隊への恩情とも言えた。 輜重兵と衛生兵を護衛部隊から出してもらえるのならば、作戦行動は相当に『楽に成る』とも言える。
後背をしっかりと支えて頂ける事は、遊撃部隊の戦力を底上げできると云う事に他ならない。
感謝しつつも、状況の厳しさ私の肩に掛かる責務の重さに心が引き締まる。 次兄様が今回の出撃について、王国の思惑に関しての私見を求められる。 表に出されている状況は僅少だが、出奔する前に朋が送って来てくれた『王都の状況』や『商人からの噂話』を総合すれば、ある程度は予見出来る。
なんら、隠すべき事柄も無い為、習い覚えた軍略に関しての知識を踏まえ、状況を読む。 その為だろう長兄様の執務室に来たのは。 壁面に掲げられる地図は、辺境部 騎士爵家の支配領域のモノから、王国北部領域の広大な地域を網羅するモノに掛け替えられていた。
戦力拠出を要請された王国の各領軍の将兵が行く先は、王国北方領域東の端にある交易都市。 つい数年前までは、北方に位置する国々との交易拠点として機能していた街だ。 今はその交易路が閉ざされて北部領域の物資の集積交易の拠点として利用されている街と成っていた。
「兄上、裏側の情報によりますと帝国軍と呼称される軍勢は『魔の森』の北側の国々の集合体と思われます。 事実、北方王国がどの様な手段か判りませんが、隣接する幾つかの国を攻略し王家を根切りしたとの話も有りました」
「電撃的な侵攻により、国軍がなすすべもないまま王城が落とされたと云うあれか? 信じるに足る情報か? にわかには信じられんが」
「朋が利用していた交易商人が命からがらその国を脱出した事で情報の裏が取れたとの事。 細かな部分は判っておりませんが平穏な王都王城が次の日に焼け落ち城門に王族の骸が並べられたとか。 出国は厳しく禁じられていましたが、道なき道を使い目を盗んで隣国へ、そして我が国に流れ着いたとか。 朋が上級伯家がその交易商人を保護した模様でしたので、この情報は真かと」
「なるほどな。 それで?」
「国の首狩りを実施し、その体躯たる国民を丸ごと乗っ取り、さらに手足である国軍を自分の手駒と成す。 離れ業のようでいて、何らかの方策を用いて『策』を完成させた様な形跡が見受けられます。 しかし、ここで王都内の噂の一つに、北方の王国の王家関係者が身分を隠し我らが王国に留学していると云う事実がございましょう?」
「あぁ、アレだな。 そちらも、少々眉唾物だと思っているのだが?」
「いえ、事実です。 王都、魔法学院に於いて、幾人かの特別待遇の方々が居られました。 爵位をあいまいにされた明らかに我が国の貴顕では無い方々がおられました。 交友関係が有るとは言えませんが、外務関連の中高位の方々が、その方々の周囲に居られた事は間違いありません。 故に、噂もまた真であると勘案致します」
「ふむ…… その情報が正しければ、色々と考えねば成るまいな」
「ちい兄様は、ここ北部領域の中央部からの御出撃となります。 私が懸念するのはその道程に於いての襲撃です。 宣戦布告は成されました。 何時、小さな戦闘が発生してもおかしくはありません。 先程の帝国を名乗る輩が隣国に侵攻し併呑したのは間違いないとして、帝国とその国の間にも『魔の森』は存在するようです。 しかし、その森を越えての侵攻なのです。 なにか…… 森の脅威を抑える方策を見出した可能性も捨てきれません」
「……呑気に集合地点まで行軍している場合では無い。 ……か。 理解した。 警戒は厳と成す。 その際気を付けることは何だろうか」
腕を組み、ジッと大地図を見詰める長兄様。 その様子を伺いつつも、集合場所に至る街道に目を遣り、何かを考えている次兄様。 お二人の脳裏に、起こり得る事態が鮮明に浮かびつつあることを、私は……
確信している。




