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――― 取捨選択 ―――



◆ 失うモノ と 得るモノ



 教諭陣との相談事を済ませて、教務棟から教科棟へ続く渡り廊下を歩む。 考える事は、幾つも有る。 今後の授業の事。 自身の将来の事。 成せる事と成せぬ事。 様々な事情と現実のすり合わせ。 自然と心に重圧を感じてしまう。 重く…… 憂鬱な気分からの逃避を試み、ふと視線を渡り廊下から見える景色に移す。


 三階部分に渡されている橋の様な渡り廊下の窓から、視線を校舎の影になる中庭に向けると、男女の一団が視界に映り込んだ。 魔法学院の職員である庭師の手により、美しく整えられた中庭に、目を引く美丈夫の男性達と、花咲く様なドレスを着用した女性達。


 闊達な男性の美声と、コロコロと声を挙げて笑う女性の声。 高位貴族と(おぼ)しき男性達と下位貴族と見受けられる女性達の距離感は、貴族社会の『常識』からすれば、異常(・・)とも云える程近い


 見覚えが有る、その方々。 いや、目下、わたしの『悩みごとリスト』の一番最初に上げられている事柄なのだ。 自然と眉が寄り、眉間に深い皺が刻み込まれる。 わたしの視線が魔法(・・)を発動するのならば、あの方々は、『氷漬け(・・・)』になっていただろうな。


 一団の中心に居るのは、この国の第二王子殿下。 その周辺には有力な高位貴族の御継嗣の方々。 現在の魔法学院では至高の者達と云える集団でも有る。 その集団の中に毛色の異なる女性が五人…… 混ざっている。


 その中の一人。 第二王子殿下と距離を近しく、会話しているのは、私の婚約者である子爵令嬢。 その周辺に侍る高位貴族家の御継嗣様方への距離が近いのが、『伯爵級の内包魔力量を持つ』身分の低い男爵家や子爵家の御令嬢達。 魔法学院に在籍する、数少ない下位貴族家出身の、女性達だった。


 いずれの女性達も、魔法学院では私と同じく、『特異点(・・・)』として認識されている女性達であった。 洗練された高貴貴族の御令嬢とは異なり、やはり低位貴族の令嬢は見るからに野暮ったく見える。


 それを補うかの様に、露出の多い装いをしているのも気がかりだった。 彼女等の纏うドレスは、夜会で大人達が着用するモノで、魔法学院の構内で真昼間から着用するようなモノでは無い。


 呆れと共に小さく嘆息する。 幾度も、幾度も、注意はした。 それでも、子爵令嬢(婚約者殿)達は聞く耳を持たない。 高位の方々への干渉は、それだけでも色々と不都合が有ると云うのに、このままでは、要らぬ騒動を引き起こす事は間違いないだろう。


 なにせ、この魔法学院に在籍する全ての男女には婚約者と云う生涯を共にするべく契約を結んだ者が居るのだからな。 あの煌びやかな男性陣にも相応に、その身分に相応しい婚約者の方々が居られる。 だと云うのに、そんな方々を無視したかのように、煌びやかな男性方と接触している。 あまつさえ、アノの距離感。 その行動…… 理解出来ない。


 貴族社会の身分制度を度外視したかのような振る舞いは、他の御令嬢や良識ある御子息方に受け入れられる筈もないのに。 問題しかない行動の、対価を払うのは自分自身であると云う、当然の(ことわり)すら無視していると云うのか。 判らない…… 本当に、判らない。



 ――― 視線を流し、困惑と共に足を止めていると、

               小さく『先触れ』の声が掛かる。



 当然の事ながら、この声の主の事は知っている。 周囲に巡らす情報網は、貴族世界で生き抜くためには必須の事柄。 声の主は、第二王子殿下の御婚約者である筆頭大公家の御令嬢の側近格の上級伯爵家の御令嬢のもの。


 突然の声掛けは、何かしらの直接的接触と云う訳か。 この場に於いて、この方々に対し、わたしは『路傍の石』と同じ。 この状況(婚約者の言動)を叱責する為なのか。 先触れの言葉は、第二王子殿下の御婚約者である筆頭大公家の御令嬢が、この場を通る事を意味している。


 ――― つまりは、『礼を失するな』との警告だった。


 この国に於いて、最も家格の高い方から、最も家格の低い者への御言葉などあってはならないモノなのだ。 わたしに対して、言葉を紡ぐと云う事はあり得ないと云えよう。 もし、筆頭大公家の御令嬢が何かを仰られても、それは私に対する言葉ではなく、御自身の意見を周囲のモノに漏らされたと云う事。




 誰に聴かせるでもない ” 独り言 ”




 状況を想定して、わたしも準備を始める。 もし、御令嬢が独り言を口にされれば、わたしも『 独り言 』 を、口にせねば成らない。 相手を認識しての言葉と成らぬ様に…… 先触れの言葉に対し、深く頭を下げ、渡り廊下の端に跪き胸に手を当て、貴顕たる御令嬢様方の通行を妨げぬ様に控える。


 わたしの直ぐそばまで歩を進められ、つッと歩みが止まる。 想定した状況が、現実のものとなった。 独り言として、大公家の御令嬢は、わたしに苦言を呈せられるのだろうか?


 大公家の御令嬢は、本当に独り言の様に呟かれた。




「アレは…… 騎士爵の御子息の御婚約者でしたわね。 御自身の言動の意味が…… 本当にわかってらっしゃるのかしら?」




 その御言葉を受け、互いに認識を持っていないかのように、私も独り言を呟く。 大公家の御令嬢の耳に届くか届かない程の声を出す。 わたしの内々の、意見表明と云う事だ。 面と向かって、お話合いをする訳では無い。 ただ、” 仄聞するに ” と云う状況を作り上げねば成らない『 立場(・・) 』だったからだ。 貴族の階位の差は、それ程の配慮を強く要求するのだ。




「…………アレには困ったものだ。 幾度も申し聞かせたのにも関わらず、あの体たらく…… わたくしの声など、聴こえてはおらぬ。 あのような醜態をさらして、大公家の方々にどのように詫びれば良いのやら。 既に騎士爵家の手には余る。 筆頭寄り親である侯爵閣下に直訴も辞さぬと。 騎士爵閣下(父上)は覚悟を固められた。 たとえ侯爵閣下の御不興を被っても婚約の解消を願う…… との事。 時間の問題だと云うのに、アレは判っていない」




 音だけで判る、ハラリと扇を広げられた大公令嬢様は、殊更に小さな声でわたしに言葉を紡がれる。 この仕草は、内密に『言葉』を交わしたいとの合図でも有る。 同様に大公令嬢に侍る、高位の御令嬢の方々は静かに扇を開き、口元を塞ぐ音がした。


 つまりは、誰もこの先で『聞く事』は、口外せぬとの誓い。 成程、流石は高位の御令嬢の方々。 小さく、本当に小さく言葉を紡がれ、わたしに届くのは鈴を転がす様な大公令嬢の御声のみ。




「……貴方は、理解しているのね」


「この魔法学院に登院するとなれば、相応に教育も受けますので。 この現状、誠に申し訳なく思います。 今後も、アレには言い聞かせますので、何卒 御寛恕の程……」


「…………いいのよ。 アレに関しては既に報告は上げてあるもの。 そして、王家の方々も『観察』し『静観』するとの事。 既に『 朝議(・・) 』で、議題として持ち上がり、その方向で陛下の『御意思』が決定されたわ。 我が大公家も 其の対応 に『諾』としか応えられないの。 気分の問題は別として、アレを『試金石』として利用する…… と、云う事ね。 貴方の対応は、周囲の方々より報告が入っております。 この状況…… 『試される対象の方々の為人を観察する事』に於いては、貴方の言動はソレ(・・)を邪魔するものとなります。 今後は手出し無用よ。 アレと貴方との関係性に鑑みると、貴方は、貴方の未来について考えるべきでしょう。 そうそう、御心配ならずとも、『朝議』に於いて、我が大公家より貴方の筆頭寄り親である侯爵へ『事実』を、伝えております。 じきに、筆頭寄り親である侯爵家から御実家の方にも『御話』が有るでしょうね」


「それは、また…………。 しかし、このような状況は、公女様に置かれましても憤懣やるかたない状況では御座いませんか。 朝議で可決された事に異を唱えるは難しき事とは認識しております。 おりますが故に、公女様に於かれては、御心中、お察し申し上げます」


「まぁ! この仕儀に於いて、貴方が初めてよ、わたくしの『心』に言及したのは。 心内の葛藤は、同じ立場の方にしか判らぬものね。 ……そうね、その心の機微、大切になさいませ。 今後の貴方の行く末に善き力(・・・)となりましょうから」


「有難く。 御心を乱す様な事を成す、我が婚約者に成り代わり陳謝申し上げます。 誠に申し訳ございません」


「許します。 ” 互いに ” では有りますが、貴族の在様とは…… 少々、『 理不尽 』 を、感じてしまいますわね………… それでは、御機嫌よう」


「御前、失礼致します」




 ついぞ視線を上げる事無く、会話は終わる。 秘匿された情報は、表に出る事も無く、ひたすらに、ひたすらに、大河の底流を流れる水流の様に事態を載せ流してゆく。 見極められる者達については、もう私の手を離れたと、そう思っても良い。 これからは…… そう、これからは、自身の未来だけを考えれば良いのだ。


 ―――― 今この時点を以て、わたしの『婚約』は、破れたのだ。






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実に貴族らしい対応と会話 機微を心得た阿吽のやりとり そうだね、こういう面倒かつ身分差は大切な世界だよねっていう
なろうらしく、婚約者出てきてキャッキャウフフと思いきやとんでもないビッチ……。
ひょぇえ首の皮1枚繋がった 上がバカじゃなくて良かった
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