――― 『通信情報』と云う名の生命線 ―――
各地から引かれた『魔導通信線』は、通信室に集約する。
壁面に並ぶのは小さな穴が沢山開いた木製の板。 穴の上には各地の邑や村の名が綴られている。 また、穴の下には『魔晶』を利用した『発光釦』を配している。
『通信卓』と名付けた。
名付け親は幼馴染のアイツだ。 鼻の下を擦りながら私に告げるその姿は、どことなく誇らし気でも有ったな。 私の無茶な要望によく応えてくれた。 そして何より彼は彼自身の仕事に関して、それがいかに重要なモノであるかを理解していた。 伊達に魔道具師の親方では無いのだ。 彼もまた、辺境に棲む漢なのだ。 『通信卓』の前に座るのは、私個人が雇った幾人かの『砦』周辺に暮らす者達。
『通信士』と命名した。
騎士爵家の軍属では無く 私の『個人雇用』とした人達であった。 軍務と関係性は深いが、通信内容はそれだけでは無い。 急患にも対応できるようにしたかった。 よって、騎士爵軍とは別組織として運用する為に私の『個人雇用』としたのだ。
実際には『軍務』により夫を亡くした『寡婦』でもある。
生活が立ち行かなくなりそうな者達であり、何とか生活を立て直して欲しくも有り…… そんな思いから、この『仕事』は 御婦人方を優先的に雇う事にしたのだ。 勿論、兵の夫人と云うことでもあり、秘匿度の高い情報の漏洩を考えての事も有る。 軍務経験者の細君であれば、『守秘義務』と云うモノも自然と理解していたからだ。
通信卓の前に座り、『頭部装着通信機』…… 片耳を覆う『受話器』と其処から伸びる魔晶糸の先に付けた『送話器』を、カチューシャに付けた『簡易な魔道具』を付けさせていた。 『仕事』は、至って単純に そして明解に手順を作成したつもりでいる。
まず、着信すると『発光釦』が光る。 光った『発光釦』の上に記されている『邑』や『村』の名前を記録用紙に書き記し、『発光釦』の上に穿たれた穴に、『頭部装着通信機』から伸びる、『魔導通信線』の接続部を押し込む。 後は会話を試み、話した内容を記録用紙に綴るだけだ。
報告を受け、記録用紙に内容を書き、『砦』の執務室に提出する。
いわばそれだけの仕事なのだ。 なのだが、時間の問題がある。 いつ何時、通信が入るか判らない上に、一日中『通信卓』の前に誰かが座って居なくては成らない。 複数人数を用意したのは、その為でもある。 また、一人では不安も有ろうことから、常に 二人以上の人員が詰められる様に考慮した。
既に勤務は三刻の一日四交代。 休息時間や休暇も考えて必要人員は全部で最低十二人。 『通信士』として雇った寡婦達には、給与として兵と同額を支給する事にした。 重要な役目で在り、疎かにして欲しくは無い『仕事』なのだ。 兵と同待遇としたのにも、相応の理由として成立する。
彼女達の年齢は幅も有り、年長者が若手を導いてくれることも又…… 期待していたのだ。
生活に困り果て…… 生きていく為に『苦界』に身を墜とす事が無いように。 笑って生きて行けるようにと願いを込めたのだ。 豪快に笑う年長の寡婦の一人が、快く請け負ってくれた。 有難く思う。
――― § ―――
魔道具と人員を確保する事が出来た。 試験運用から実用運用に至る道は平坦では無かったが、『試行錯誤』と『不断の努力』によって、稼働状態に持って行く事が出来たのだ。 稼働を始めてから、私の執務室に入室してくる彼女達を、爺などは柔らかい視線で見ている。
『砦』には今まで存在しなかった、ある種の ” 柔らかさ ” を醸してくれる存在であるのもまた事実。
彼女達の前では、峻厳な五年兵達も居住まいを正す様になったのは、別の意味で良い傾向だと思う。 さらに言えば、家賃を払えず、家を維持できなくなった何名かが『砦』に寝泊まりするように成り、時間が有るからと私の身の周りの事も始めてくれたのだ。
なにやら、母上が動かれていた様な気もするが……
危険の在る研究室の入室は厳重に禁止してあるが、執務室や厨房、洗濯室、家事室など、大叔父上がこの『砦』に住んでいた時の設備を用い、快適に生活する為に必要なアレコレをしてくれるのだ。 有難く気持ちを受け取る事にした。
情報の一元化と、それに伴う情報の整理を始めたのち、幾つか気が付いた事も有った。 手にした記録用紙を元に、騎士爵家支配領域と接する『魔の森』を描いた地図の上にピン止めして行く。
偏りが見られた。
勿論、誤認や誤解による誤情報も有る。 が、それは特異点であり、出動前からある程度予測できるようにもなる。 情報の精度が上がり、『魔の森』に於ける脅威の分布図が描けるようになった。
兄上達が本邸で待つことなく、『砦』に度々顔を出す様になった理由でも有るのだ。 大地図を前に、今日も長兄様と次兄様が意見交換をされて居る。 その側に私も侍っていた。 この所、良く目にする光景と成っている。 背後には『爺』や曹長も居る。 ここで話し合われる事柄は、それ即ち騎士爵家の軍事的な『指針』と成る事が多く成って来たからだった。
「中央部…… 中層に何やらいるようだな」
「兄上、此方は『深層域』に問題が有る様な気配を感じます」
「主力が出撃する場合は、遊撃部隊単独では排除、または 討伐が難しい場合。 多くの場合、中型以上の魔物が出た場合と、多数の魔獣が大移動している時。 この地図に、最近主力が出動した実績を乗せてみてはどうか」
「記憶にある限りではありますが、即刻」
色玉つきのピンを私は次兄に手渡す。 一つ頷かれてから、地図の各所にピンを差し込んで行った。 その分布は、偏って報告のある場所の近く。 遊撃部隊が赴かない、本邸に持ち込まれる重大案件の為に出動した際の事も、やはりその辺りに集中している。
その時の状況を口にしつつ次兄様は、ピンを刺す。 時に思い出しながら、時に憤りを感情に乗せながら…… 幾多の損耗が次兄様の脳裏に浮かんでは消えているのだと、その時私は理解した。 私だって指揮官なのだ。 可愛い部下が 重傷を負ったり 身罷ったりすれば 心が揺れる。
特に強大な相手を相手せねば成らない主力部隊の損耗は、以前から問題に成っているのだ。 少しでもと、開発した装備装具を次兄様にも振り分けているのは、その為でもあるのだ。 近隣の騎士爵家からすれば、損耗率は我が騎士爵家の方が遥かに少ない。 が、厳然とした事実として『命』は失われているのだ。
『命』は数字では無いのだ。
脳裏を過る、失ってしまった者達の顔。 苦い思いが迫り上がる。 それは、きっと次兄様も、長兄様も、同じなのだろうと想像する。
――――
執務室にノックの音がした。 入室の許可を与えると、通信士の一人が入って来て、私に記録用紙を手渡した。 すぐさま執務室を後にする通信士。 騎士爵家の御継嗣様が居られると、流石に軽口を叩く事はしないか。 手元に来た記録用紙に目を走らせる。
” 発 『森の端』の邑 宛て『砦通信室』。 報告: 村の狩人が『浅層の森』の奥『中層の森』近くで、小型魔物を目撃したとの事。 八歳児ほどの大きさ。 体毛は黒。 目立った色柄は無く毛色は漆黒。 二足歩行。 手に棍棒状の武器らしきものを持つ。 直ぐに中層方面に立ち去りはした。 近くを探索してみると、『赤毛の体毛』らしきものを認める。 調査を請う ”
魔物…… 小型で、八歳児ほどの大きさ。 体毛は漆黒で色柄無し。 頭の中に魔物名鑑が流れる。 一つ合致するモノが居た。 獣型魔物『ピシカス』 サルの様な魔物だ。 とても器用な上、使用する魔法も多彩。 その上、猿知恵を弄する。 つまり、頭が良いのだ。 さらに群れを作る。 この情報が本物ならば、かなり危険度は高い。
――― 砦、執務室に緊張が走る……




