――― 遠隔地との通信 ―――
朋が開発した『魔導通信線』は既知の技術の組み合わせで構成されていた。 製法書を読めば、それが良く判る。 幼少期に街で見た手妻師が繰り広げる大道芸と同じだ。 ネタが判れば、道理も理解できる。
『魔晶』は良く魔力を流す。 コレは既知の事実だ。 また『魔晶』はどのような形になっても、その性質は変わらない事も判っている。 さらに『魔晶』は硝子に似た形質を持っている。 魔晶の塊を魔法の炎以外の熱源で熱すると一定の温度を越えると赤熱し、硬度が著しく落ち粘り気を持ち出す。 高い粘度の液体状の形態を持つのだ。
坩堝の中で加熱し、粘度の高い液体状になった時に棒状に焼結した魔晶をその中に入れ、ゆっくりと引き抜くと糸状の魔晶が出来ると、そう製法書に綴られていた。 急冷せぬ様に十分に保温しながら糸巻きに巻き取ると、” かなり ” の長さの『魔晶糸』が生成出来ると、そう綴られている。
” かなり ” ?
絶妙に曖昧な書き方だな。 成果物の一部が入っている馬車の目録を調べてみると、幾つかの『魔晶糸』の糸巻きと、『魔力通信線』の糸巻きが有るのが判った。 魔力通信線は、魔力の強弱が減衰せぬ様『魔晶糸』に『魔力遮断塗料』を塗った物。 ただ、それだけの製法だった。 朋の『特許権』のみで構成されている事が判る。
朋の研究書から、その効果は保証されており、単線ならば通信は可能だと云う事だった。 それを交差し網状に輻輳させる事が難事だったのだ。 翻って、騎士爵家の支配領域にこの技術を落とし込んでみる。
報告を躊躇させない事を主眼に置けば、そして、魔導通信端末を私が造り蓄魔池を騎士爵家が負担すれば…… 『使用要件』を限定すれば、通話が交錯する事も無い。 一邑、一線で良いのだ。 敷設にしても、『森の端』の邑へ赴くのは遊撃部隊。 つまり私だ。 私が土魔法で溝を掘り、その中に『魔導通信線』を引き、埋設して行けば、何も難しい事は無いのだ。 邑と邑を繋げば魔力増幅器の設置も容易になる。 さすれば、一本の線で幾つもの邑からの情報が騎士爵家の邸に届けられることに成ると思う。
ふむ…… 使えるかもしれない。
物は試しと、製法書に有ったやり方で『魔晶線』を生成し、桶に満たした『魔力遮断塗料』の中を通し『魔力通信線』を作成してみた。 事細かに注意事項を記載している製法書があれば、『工人』の技巧持ちの私には容易い。
糸を巻き取る速度で糸の太さが変わる為、一定の巻き取り速度を維持できる仕組みは必要だったが、そこは私の開発した、”『魔石粉』や『魔晶粉』を生産し続けている巨大石臼を回す『回転子』” を使用すれば、何ら問題は無い。 魔晶から魔力通信線に至る一連の行程を、途切れる事の無い作業として構築してみた。
なるほど、使う魔晶によって長さが違うのだな。 何が原因なのかは、いまだ不明なのだが研究が進めば読めてくると思う。 およそ一巻で3000ヤルドの糸が取れる。 一巻で一回、魔力増幅術式を通せば、何巻でも接続できると、そう製法書にあった。 コレは試してみるしかない。
出動命令が下った時に、一緒に検証するのも良いだろう。 それまでに、『魔導通信線』の糸巻きと『魔力増幅器』を量産しておく事にした。
――――
『魔の森』の異変は続く。 各所からの緊急報、魔物の目撃情報、浅層での魔獣の異常行動が騎士爵家に伝えられる。 初動は我らが遊撃部隊が担う事と成る。 様々な場所へ任務に向かう。 その任務の多くが『報告』の真偽判定なのだ。 威力偵察の側面もある。
” 不確かな情報に振り回される事もまた、我等の責務。 気を抜くな”
と、父上に『激励』を受ける日々なのだ。 実際、それらの場所へ赴く事に不満は無い。 ただ漫然と支配領域を巡察するよりも、現地の話を聴ける上に『魔導通信線』の敷設も捗るのだ。 『森の端』の邑において、そこの顔役宅に『通信魔道具』を設置する日々。
最初は怪訝な目で『通信魔道具』を見る彼等だが、『砦』に残る『休養日の五年兵』と即時の会話を見せると一様に目を輝かせるのが判る。
自分達の安寧を脅かすモノが近くに居ると云う事を、実感を持って身に染みている彼等にとって危険を知らせる事が出来る『魔道具』は自分たちの安全に直結するからだ。
一定の目途が立ち、これからを考えると私の独断では運用する事は出来ない。 あくまで、素案と云うべきモノだ。 騎士爵家として運用できないと判断されれば、廃案と成る事は判っている。 よって、お伺いを立てるべく、本邸に戻る。
――― § ―――
騎士爵家 長兄様の執務室に於いて『通信魔道具』の運用について相談した。 一括して情報を受け取り、『重要度』『緊急度』の判定を行うとともに、『魔の森』の危険区域の判別、『魔物暴走』の予測までも可能と云う事を伝えたのだ。 しかし、長兄様の表情は渋い。
「……言っている意味は分かる。 が、私は『魔道具』には明るい方では無い。 実際に実用化し その……『魔導通信線』とやらすら既に各地に敷設しているのはお前だろ? 報告の受け取りを一括し、情報の集約に役立てる事には賛成だが、私には手に余る。 整理した情報を父上と私に渡す事を前提に、お前が運用する方が効率的ではないか?」
「しかし、情報の『取捨選択』を私がするのは、騎士爵家に於いて『越権行為』では御座いますまいか?」
「お前も…… 騎士爵家の漢だ。 今では遊撃部隊の指揮官としてお前が力を発揮している事は、騎士爵家内だけにとどまらず、主力部隊、護衛部隊の全将兵も理解している。 遊撃部隊の損耗率は、お前が指揮官に着任してから低下の一途を辿っている事もまた事実。 近隣の騎士爵家の者達から問い合わせすら来ているのだ。 そんなお前が判断する。 いいじゃないか。 更なる高みを目指せ。 初動に於ける遊撃部隊の価値は、我等が担う場所では宝石よりも貴重と成りつつあるのだから」
「御言葉…… 嬉しくは有りますが…… その任務の重さに故に『慄き』を感じざるを得ません」
「” 担え。 安寧に貢献せよ。 ” ……父上ならば、そう云うな。 期待されているのだよ、お前に。 大叔父上の一件から、父上はお前に辺境の『漢』を見ている。 いや、先祖から受け継いだ『魂』を感じられたのかもしれない。 騎士爵家として、毅然たる態度と高き矜持は我らが失っては成らないモノなのだと、再認識された様なのだ。 ……口には出さない、不器用な方ではあるがな。 お前の努力は、決して期待を裏切らぬと私は信じているよ」
「長兄様…… 判りました。 『森の端』からの情報は私が取り纏めましょう。 情報の選択を一任されました事、心引き締めお受けいたします」
「頼んだ。 と云っても、騎士爵家の懐事情からの判断でも有るのだよ。 遠く『森の端』からの通信使は高くつく。 主力通信兵の巡回にも限界はある。 代替手段があり、それが有用ならば是非も無いのだ。 私の可愛い弟は、王都で大きくなり、辺境で逞しく成ったものだな。 期待する」
「有難き御言葉。 兄上…… 私はお役に立っているのでしょうか?」
「今やお前の指揮無くして『遊撃部隊』は成り立たないだろう? 頼りにしている」
「御意に」
姿を隠してしまった朋の力を借りているのだから、私の力では無いのだが…… しかし、こうやって任命されてしまったのならば、全力を尽くすまで。 『砦』に戻り爺とも相談する。 曹長も同席し検討を重ね、『砦』に専用の部屋を設ける事にした。
遠く離れた各邑や村に敷設した『魔力通信線』は、一旦『砦』に集約し、街の本邸に繋ぐように考えていたのだが、その設備をこの『砦』に作り上げる事となった。 爺も曹長も『魔道具』には そこまで詳しくは無い。 説明する事は吝かでは無いが、知識の無い人に伝える事は難しい。
よって、『実物』を作り上げ、人を配し『稼働』しているところを見せる事でその有用性を確認してもらうしかない。 その為の懸命な努力が始まった。 地域の魔道具師たちの力も借りた。 幼馴染のアイツは、すでに『親方』に成っていたから、其方に協力を願った。
「おめえの頼みだ。 出来無い事は出来ないが、出来るだけは協力してやるよ」
と、嬉しい事を言ってくれた。




