――― 朋 王都より消える ―――
朋が荷馬車を仕立てて、王都から何かを送って来た。
それも『砦』にだ。 荷馬車は全部で三台。 受け入れはしたが、さてどうするか。 御者が朋が綴った手紙を差し出して来る。 何時もの通り、大層な仕立ての手紙だった。 厚みは無い。 無いが御者の顔が強張っているのが気がかりだった。
その場で手紙を開封し、中身を取り出す。 いつもの秘匿技術で綴られていた。 朋が厳重に『何か』を守ろうとしているのだと理解する。 練った魔力を通し、文字を浮かび上がらせ読む。
” いよいよ父上にも協力の要請が入った。 私は出来ない。 人を殺す様なモノに私の研究を差し出す様な真似はしたくない。 幸い、私は継嗣では無いので、暫く身を隠す。 キナ臭い情勢が過去のモノになったら、また出て来るさ。 お前に、俺の研究を一時預ける。 どう使ったって構わない。 『特許権』も貴様に開放する。 お前ならば『人を殺す様な魔道具』は作らんだろうしな。 人を幸せにする魔道具を頼む。 現物の一部と、わたしが考案した全ての魔道具の製法書を君に贈る。 君が朋である事を、心から誇りに思う ”
綴ってある手紙の行間に、『様々』な決意が見て取れる。 王国上層部からの命令に反するような行動を取れば、彼の貴族籍は剥奪される。 『抗命罪』が適用されてしまえば、良くて追放。 悪ければ……
それでも尚、その道を選んだのは『貴族の矜持と責務』以前に『人としての信念』を貫いたからに違いない。 馬鹿め…… そこまで思い詰めているなら、なぜ『砦』に来なかった。 私の所に身を寄せようとは考えなかったのか? 御者に扮してはいるが、明らかに朋の関係者だと思われる者達の代表者が重い口を開く。
「坊ちゃまは…… 貴方様の身を御案じ召されておいででした。 ” 朋を頼るのは簡単だが、それによって朋が咎人と成る可能性の方が怖いのだ ” ……と。 そう仰って私共を見送られた後、お一人で御邸を御出に成られた由」
「朋よ…… 気を使うなよ。 此処は辺境の地。 此処までは王都の司直の手は届かない。 万が一届いたとしても、お前一人なら隠しおおせる場所など幾らでもある…… くそッ、私の大切な者達は何時も手から滑り落ちていく。 私に力が無い故に…… 錬金塔での日々は、輝かしき青春の日々なのだ。 その傍らに何時もお前が居たのだ。 それなのに、何故 頼ってくれなんだッ!」
「その御言葉を坊ちゃまは予測されておられました。 坊ちゃまもまた、同じ言葉を口に成されました。 故に、大切な朋を面倒に巻き込む事を良しとしないと」
「……君達はどうする」
「御前、下がらせて頂きます。 路銀に加え、身を隠す為の費用も頂いております故。 どうぞ、お気になさらぬ様に。 馬車はこちらでお役立てください。 そう、申し付かっております」
「時が来て、また朋が家に帰る日が訪れたならば、預かった物は全て返却する。 大切に保管する事を約束しよう。 知識は有意義に使わせて頂く事もお約束しよう。 もし、朋に会う事があれば…… そう伝えて欲しい」
「御意に。 王国の空に暗雲が立ち込めて参りました。 どうぞ、御身大切にして下さい。 坊ちゃまからの切なる願いに御座います」
「判った。 努力しよう」
「では」
三人の御者たちは朋に指示されていたのか、『砦』を後にした。 残されたのは朋の研究の成果と製法書の数々。 荷馬車はそのまま『砦』内の使っていない倉庫に入れ封じた。 馬は…… 『使え』とそう云うなら使おう。 十二頭の馬たちを騎士爵家 本邸、訓練場の馬房に連れて行った。
驚く家人に事情を話し、我が家で使う事とした。 主力部隊は、なにも『魔の森』の中だけで活動するわけでは無く、馬は移動手段として大変重宝するのだから。 上級伯家が馬は…… 騎士爵家にてお預かりいたそう。
遣る瀬無い思いのまま『砦』に引き返し、馬車に積まれている『荷』を調べた。 用意周到な朋だから、荷馬車一台一台に、搭載貨物の目録が積まれている。 目録を手に執務室に戻る。 沈み込む心を叱咤激励しつつ『朋の研究』を総覧する。
” 役立てよ ”
そう、朋は言ったのだ。 私の責務は朋の言葉を実行に移す事。 真剣に真摯に『朋の研究』の成果一覧を読ませて頂いた。
様々な…… 本当に様々な研究を朋は行っていた。 その中で幾つか、ここ辺境にて役立ちそうな…… と云うよりも、『焦眉の急』とも云える問題を解決する糸口となる研究を発見した。
騎士爵家の支配領域は、辺境であるが故に広い。 『魔の森』に隣接する遠方の邑から騎士爵家の邸まで、半日騎乗での早駆けが必要なほどの距離がある。 森の異変には常に注意を払う我等だが、そこまで距離があると、邑からの知らせはどうしても即時性に欠ける上に、金銭的にも不安が出て来る。
遠方の邑の猟師が『魔の森』で異変に気付いても、それを邑の代表が知らせるか否かは、その者の裁量に任せられる事が多い。 連絡手段が限られているのだ。 緊急と云う事で知らせを走らせようとしても、早馬はおろか通信使すら巡回に来ない辺鄙な所だと、どうしても二の足を踏む。 『特別料金』などとふざけた事を言い出す巡回通信使も居ると噂に聞いているのだ。
よって、必要な報告が『後手後手』に回る場合が多いのだ。
せめて、近くの村までならば、邑の誰かが走れば済むのだが、近くの村にしても同様な有様。 騎士爵家の主力部隊連絡兵が巡回通信使の代わりに、『森の端』への巡回を実施しているのだが、これも限界がある。
なにか代替手段が有ればよいのだが…… と、思案に暮れていた。 そこに ” 朋 ” の研究の成果が一つの光明を見せてくれたのだ。
朋の研究の一つに、王都と近郊の街を結ぶ『通信魔道具』の開発と云う項目が有った。 ただし、途中で断念している。 減衰する通話を増幅する方策が見つけられないのと、通信交換に必要な機材の開発が難航したためだ。
特に通信交換が、問題となったらしい。 実際に、王都と近郊の街の間に『魔導通信線』を敷設して実験したらしいが、通信が交錯し指定した相手との通信が出来なかったらしい。
魔道具での通信交換を模索していたみたいなのだが『交換機』なる物は、既知の魔法術式を駆使しても尚、誤作動を吐きだし続けたのだとか。 王国軍も一定の興味は示したらしいが、これでは使い物に成らないと、そう判断されたらしい。
通話は『念話』同様、双方向で使用可能。 端末は『背負い鞄』程の大きさ。 送話器と受話器で構成されていて、内蔵の『蓄魔池』で魔力供給を成す為、一般の内包魔力を持たぬ人々でも使用は可能。 音声を魔力の強弱に変換するだけの術式は、非常に魔力駆動効率が高く、男爵級の保持魔力蓄魔池でも、易々とは魔力切れに成る事は無い。
念の為にと朋は子爵級保持魔力蓄魔池を使用していた。
実物まで『砦』に送ってきているらしい。 開発を断念したモノでも次の開発に役立てようとする姿勢は、正に……
――― 我が朋である ―――
と、云えよう。




