――― 未熟さの自覚 ―――
『浅層の森』の安全地帯に於いて、遊撃部隊に小休止を命じた時に、件の射手を呼び出した。 疑問は早い段階で解消するに限る。 それに、もし有用なモノならば、兵達と共有せねば成らない。 よって、話を聴く事にしたのだ。
小柄な女性射手は『私の呼び出し』に驚いていた。 右腕と右足を同時に出しながら、緊張の面持ちで私の前に遣って来た。 指揮官の前に出ると云う事で、かなり固くなっていた為、見かねた観測手が付き添いとして付いて来てた。 その様子に観測手の兵も苦笑を堪え切れない。 わたしは、真面目に彼女に問う。 今は、私が『教え』を受けるの方なのだから。
「よくやった、 円滑に作戦を遂行した事は称賛に値する。 一つ聞きたい事が有って、君を呼び出した。 君は何を用いて弾を打ち出していたのだ? 明らかに『銃』の連射速度を超えているし、『銃』の弾丸では貫通してしまい、あの様に頭部破砕は出来ない。 小型魔獣相手では、弾の速度が速すぎて貫通してしまうのだ。 何を使用したか教えて欲しい」
「指揮官殿へ、ご報告いたします! あのぉ~ 正式装備では無いのですが~ こ、個人的に使用しているモノで……」
「重く嵩張るモノでは無いのだな。 君を咎め立てをする為に来てもらったのでは無い。 確かめたい事があるのだ。 個人的に使用していると云っていたな。 それは、『武器』と云っても良いモノなのか?」
「はいっ! 父ちゃんが教えてくれたで、あ…… あります! 猟で森に入る時に、小鳥とか小動物を狩るのに使えるから覚えておいて損はないと。 これであります」
幼い口調の兵は、遊撃部隊最年少の新兵だった者。 それも、女児なのだが、なかなかどうして気骨のある兵となった。 部隊内での評判も良い。 体力も有る、射手としての腕も確かだ。 ” 自分の居場所を見つけた ” と、同胞にとても良い笑顔で伝えていると云う。 ” 此処が私の家なのだ ” ……と。
たしか、父子家庭育ちな上、猟師だった父親が不慮の事故で森の中で満足に動けなくなり、その傷付いた身体を背負って森から逃げて来たと云う壮絶な過去を持っていたな。 残念な事に、その傷が元で父親は身罷ってしまったらしい。 その上、彼女には近親者も居らず『孤児』となってしまった。
本来であるならば、教会の孤児院に収容される筈だったらしい。 しかし、彼女自身がその事を良しとせず、自身の力で生き抜くために騎士爵家の兵士として『年齢制限』ギリギリにも拘わらず志願してきたと云う『変わり種』だ。
幼げな見た目とは違い『魔の森』に精通しており、さらに父親からの薫陶もしっかりと受けたらしい。 幼いながらも一端の『優秀な猟師』と云える人物だった。
そんな彼女が差し出したのが一本の皮の紐。 中央に平たく硬質の革が結びつけられている。 コレはなんだ? 私の視線が醸す問い掛けに、彼女は弾かれた様に答えを口にする。
「投石紐って言うであります! 真ん中の革に『尖った石』とか指揮官殿から頂いた『魔弾』を乗せて、廻して投げます。 ある程度の重さがあれば威力も距離も出ます。 紐一本なんで、重くも有りません。 私は手甲の上から手首に巻いて持っているであります! 硬く鞣した革を『受け皿』にしてますから、手首も二重に保護できるであります!」
「成程…… 使い方を見せて貰えるか?」
「はいッ! えっと、『魔弾』はもったいないので、『尖った石』を使いますが宜しいでありますか?」
「それで良い。 目標はあの木でどうだ? 距離的には君が仕留めた『ボーパル』との距離と等しいと思うのだが?」
「そのようであります! 丁度、その位でした。 幹の中央が『致命部位』と見立てて、やってみるであります!」
彼女はそう云うと、地面に落ちている手頃な『石』 五、六個を取り上げ、その内の一つを『受け皿』に置き紐をクルリと回し始めた。 どの様な力加減か判らないが、あっという間に加速して打ち出される。 ヒュンという甲高い音と共に、ベシッと云う湿った音。 両方の『音』がほぼ同時に耳に届く。
『石』は目標とした樹の幹中央部分を抉っていた。 彼女は二撃目を既に準備し、紐を回し始めている。 短い間を置いて、五度投擲音が耳朶を打つ。 その全てが樹の幹中央に命中し、幹は大きくささくれ立っていた。 熟練した動きに見えた。 投擲間隔は、明らかに『銃』の連射速度よりも速い。
「と、まぁ…… こんな感じであります、指揮官殿」
「…………一般的なモノなのか、それは」
「街中では、あまり見かけませんが、補助武器としては猟師の仲間内では有名であります。 革紐ですし、壊れませんし、弾もその辺に落ちている石ですし…… ある程度の威力が有りますから、色々と重宝するであります。 辛い香辛料を入れた卵の殻を『弾』にする冒険者も居ると聞きました。 目くらましとか、足止めに使うそうであります」
「ほう…… そうか」
「先日、遊撃部隊の射手の皆に指揮官殿が要望をお聞きになった時に、わたしも書いたであります。 『魔弾』が欲しいと。 石じゃぁ魔獣は狩れませんが「銃」の弾と同じなら…… と思ったであります! 頂けた『魔弾』は、大きさも重さも、欲しかったモノが形に成っておりましたであります! これならいけると思いまして、さっき使ってみたであります! 思った通り『ボーパル』も狩れましたであります!」
「そうか。 狩人ならば、使えるか?」
「はッ! 使った事がある人も居ると思われます! わりかし…… 一般的な狩人の補助武器でありますから」
「それは良い事を聴いた。 本作戦終了後『砦』にて、射手の皆に話そう。 いや、ありがとう。 少々、思う所も有ったので、解決策の一つとして考慮に入れる」
「はいッ! お役に立てて、光栄でありますです!」
素直な兵の言葉に、少々嬉しくなる。 爺も交え、『投石紐』の有用性を話したく思う。 軽く嵩張らず、長距離と近接の間を埋める事が出来そうなのだ。 打ち出す時の音も、それ程大きくはない。 飛翔音の方が大きい位だ。 気配を消して行軍する射手には有効な手段と成る。
糅て加えて、狩人達には見知った補助武器。 『取り扱い』や『熟練』に関しての懸念も払拭出来るのではないだろうか? 常備の補助武器として揃えたとしても部隊の負担は至極軽い。 あの弾にしても、作成は難しくない。 なんなら、直ぐに量産も可能だ。
等量に黒鉄を分け『魔石粉』を中心に丸く成型するだけだし、魔法術式も直接弾に刻み込んだだけの代物だしな。 発動は着発で、発動術式の魔力供給は弾体から直接供給されるだけのモノ。
ある程度以上の衝撃を受けた時のみ発動すると云う術式条件を書き込んであるので、携帯移動時に暴発する事も無い。
ふむ…… これは簡易的なグレネード弾とも言えるな。 なるほど…… 使えるかもしれない。
「浅層の森」の一角で、行ったり来たり歩きながら、顎に手を添え思案に耽る。 周囲の雑音が耳に張らぬ程、集中して考え込んでしまった。 突然、背後から声が掛かる。 少々、怒気が含まれている、聞き知った声。
「若様。 御考えは『砦』に戻ってからにせねばいけませんな。 ここは『魔の森』。 油断召さるな」
『爺』殿からの叱責が私に飛ぶ。 そうだ、そうなのだ。 私は出動中の遊撃部隊の指揮官なのだ。 引き締めねば。 顔を上げ、周囲を見渡す。 少々あきれ顔の曹長と、五年兵の苦笑した顔。 まぁ、そう云う事なのだ。 私は未熟な指揮官なのだ。 すまない、皆。
「作戦はまだ継続中である。 私も含め油断なきように!」
声を張り、小休止中の兵にそう声を掛ける。 『爺』などは ” お前が言うのか? ” くらいの表情を浮かべてさえいる。 少しは見栄を張らしてほしいモノな。
―――― 未熟なのは自覚しているのだよ「爺」。




