――― 私にとって未知の兵器 ―――
先ずは母上。 口元に指を当て、珍しく思案に暮れておられた。
「難しいですわね、旦那様。 あれだけの美貌に、身を飾られている一級品の宝飾品。 辺境では手に入れる事はおろか、目にする事も稀に御座いますわ。 下手なモノを御贈り致しましても、田舎者と侮られる事間違いは御座いませんもの。 上級女伯様の人柄は大変結構な方でしたが、家令以下家人の方々は、やはり辺境を見下していると感じましたもの」
「ふむ…… 私が感じたのもソレだ。 気張ったとしても、侮られるならば、するだけ無駄と云う訳だな。 お前達はどうだ?」
「そうですね。 特産の果物や穀物を贈り物に…… とは、行きませんね。 確かに旨いのですが、見てくれが悪いので、贈答に使える様な代物では御座いませんしね」
「兄上がそう云うならば、魔物の貴重部位なども喜ばれますまい。 こちらでは喜ばれますが、王都では忌避に値すると弟が言っておりましたしね。 そうだろ?」
二人の兄上の視線が私に届く。 確かにお二人が仰る通り、この地域で獲れる物産は洗練さの欠片も無く、実用本位のモノばかりなのだ。 公女様の御側御用をされて居た方に贈り物として差し出すには、甚だ不適当と云わざるを得ない。
暫く沈黙と共に考えを巡らす。
なにか、善きモノは無いだろうか? 美しい立ち姿と、公女様と御一緒に歩かれる姿を思い出して、『一つの案』が思い浮かんだ。 見方によっては大変失礼かもしれぬが、口上に工夫を凝らせばいけるかもしれない。
小さく言葉を紡ぐ。
「この地域の特産品となれば、何もモノばかりでは御座いませんよね」
「と、云うと?」
長兄様が興味深そうな視線を投げ掛け、そう問われる。
「お気づきになったかと思われますが、上級女伯様は歩く際に少々足を引きずっておられる。 幼少の頃に魔獣に襲撃され生死の境を彷徨われたとお聞きします。 御身体にも深い傷を受けられたかと」
「…………治癒師か。 お前、護衛隊 衛生兵班長に目を付けたのか?」
「ええ長兄様。 あの方ならば、上級女伯様の御身体を治癒して下さるやもしれません。 なにより、あの方の御手は、神官様の御手でも御座いますれば。 さらに、あの方は女性。 受け入れやすく、それに、此方の風土病にも詳しい方であるので…… 如何でしょう、出向と云う形で上級伯爵家 領兵団付の医務官に推挙されれば?」
「ふむ…… なるほど、アレは相当に出来る治癒師でもあるな。 この地の風土病にも詳しいし、転封直後の兵団にとっては、貴重な医療関係者ともいえような。 それにアレは衛生兵班長だ。 軍務にも精通している。 成程な…… その手が有ったか」
「武骨では御座いますが、領兵様方の一助と成ればと…… そう口上すればお受けに成られるやもしれませんし、一環として上級女伯様の診察も受け入れられるやもしれません。 古傷でもあの方の手に掛かれば、快癒とまでは行かずとも、相当に癒されるかと」
「ふむ、善き考えだ。 持って行き方は私が考えよう。 お前達もそれで良いか? 出向と云う形なら、いずれ此方にも戻れようしな」
「「「御意」」」
兄上二人も、母上も私を見て ” よく考えた ” と、頷いて下さった。 何もないこの地域では『人』こそが最も高い価値を持つモノなのだ。 皆、必死で生きて、何者かに成ろうと足掻き藻掻き生きているのだから。 その研鑽の末 得た珠玉の『技巧』は、磨き上げられた技術であり、辺境の誇る宝でも有るのだ。
その『宝』の意味を御理解されるとすれば…… きっと、辺境の心を分かって下さると信じている。
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遊撃部隊の練度は徐々にだが確実に上がっていった。 兵達から起草された銃とクロスボウの併用は検証の結果『不採用』とはなったが、射手が近接武器を携帯する意味を再度考察する事となった。 狩人が元の職だった彼等に対し何が有用かを考えたのだ。
ナイフは既に所持している。 が、それで緊急の場合に於ける戦闘力は期待できない。 短剣も考えたが、歩兵とは違い、射手は基本隠密行動を主軸とした行軍を実施している為、排除すべき敵を視認した場合に近接攻撃に打って出るのは、下策とも云える。
ならば、射手と観測手に護衛を付けるかと云うと、それも人員的に難しい。 悩ましい所だった。 兵達は暗殺者では無いのだ。 相手は魔物や魔獣なのだ。 一撃で致命部に深い傷を負わせる事が出来なければ、こちらが窮地に陥るのだ。
なにか、無いかと思案に暮れる。
そんな日々が続いていたある日、強襲偵察作戦中に一人の射手が興味深いモノを装備していた。 近接とは云えぬ、50ヤルドの距離。 相手は小型魔獣。 似ていると云えば兎だと云える『ボーパル』 鋭い蹴爪を持ち、縄張りに侵入する敵の首を的確に狙ってくる厄介な奴だった。
その射手は、物陰から『索敵魔道具』により、『ボーパル』を確認。 自身の上官に対し『ボーパル』の縄張りが進撃路と交差する為、コレを排除するとの『念話』を飛ばしていた。
其方の方に意識を向け、俯瞰的に想定戦域を確認すれば、その射手の言う通り押して通るしかない状況だった。 『銃』は『使用不可』制限下に有る。 相手が小型魔獣の場合、弾丸が貫通してしまい討伐出来ない可能性もある。 さらに、敵が小さく素早い為 正確な狙撃は難しい。
歩兵が対処するのだろうと、そう見ていた。
予想は覆される。 その射手はヒュンと云う小さな音と共に件の『ボーパル』を狩っていく。 あっという間の出来事だった。 確かに弾は私が作成したモノ。 それだけは判る。 色々と兵からの要望もあり、幾つか実験的に作成した弾があるのだ。
『ボーパル』の頭部を粉砕し聖水が辺りに散る。 故に発射された弾体が、わたしの作った弾である事は理解できた。 拳より二回り程小さな丸い球状の弾。 提出された兵からの要望書に沿って、片手間に造ったモノだ。 手投げの手榴弾的使い方をするモノだと思っていた。 アレを打ち出せるとなると…… ちょっと予想が付かない。 しかし、その正確な射撃に目を見張るものが有るのだ。
何かで弾丸を打ち出しているのだが、明らかに『銃』を使用していない。
それに連射に近い発射速度なのだ。 理解が追いつかない。 俄然興味が湧いた。 何かしらの装置で、あの『銃』の弾丸よりも重く大きな弾を発射しているのだ。 正確にある程度以上の速度と発射速度を維持して。 射手にとっての近接戦闘と云える距離で絶大な威力を見せていた。




