――― 指揮官と 兵と 古兵たる『爺』 ―――
近接戦闘用の装備装具もようやく揃った。
親方の尽力で遊撃部隊全員に同一の『人工魔鉱製』の装備装具が行き渡ったのだ。 ついで、射手の育成と観測手の育成も緒に就いた。 狩人系統の『技巧』を持つ兵が少なからず居たのだ。 『技巧』は ” 弓術系統 ” に絞った。
優先的にその者達に『銃』を配布。 全部で十五人居た。 此れから…… もっと増える予定でも有る。 目の良い五年兵が観測手を担ってくれた。 訓練は『砦』の弓術練習場を指定して、秘密厳守を義務付けた。 呼称は『射手』。 遠距離から致命を狙う狩人と云ったところか。
良く弓を使う者達。 最初はクロスボウにて鍛練を行う。 『ボルト』も専用のモノを使った。 『銃』の形状に慣れるには、それが有用だと考えたからだ。
歩兵の鍛錬は『爺』と曹長を専任として任命した。 歩兵指揮を担っていた五年兵達は、班長、曹の『指揮過程の実習』として訓練に励む事となった。 私は『射手』の訓練教官を担った。 『銃』の練度が一番高いのが私だったからだ。 開発の『元』でも有るのだから、そうなって当然だ。 クロスボウの訓練は『射手』達にも好評だった。
「司令官。 このクロスボウは実戦では使わんのですか?」
「使えんだろう?」
「いえ、使い勝手が良いのです。 先ず、物音を立てずにボルトが射れます。 また弓が鋼鉄製の為、長弓と遜色の無い有効射程を得られます。 さらに、長弓と比べて遥かに小型です。 背負い移動するに苦労はしません。 ボルトも矢よりも嵩張らず、腰に矢壺を吊り下げれば、二十本ほどなら携帯出来ましょう。 ボルトに銃弾と同じような呪符が有らば…… 小型の魔獣に有効かと」
「…………それは、元狩人の見解か?」
「はい。 指揮官や仲間が使用した『銃』の性能は、存じております。 が、小型の魔獣には強すぎるのです。 『銃』と云うモノは、小回りも利かず、じっくり狙って狙撃する場合にのみ有効と判断します。 弓術師の技巧を持つ私ならば、必要十分な性能を持つクロスボウを好みます」
「成程。 そうか。 時と場合、そして、相対する敵の種別により武器を変える。 そう云う事だな」
「通常はクロスボウを。 そして、遠距離精密狙撃が必要な場合には『対魔銃』を。 と云う事です」
「一考の余地ありだな。 判った、司令部として君の進言を検討しよう。 そして、君が進言してくれたボルトへの呪符も考えてみよう。 そうか、対象物により武器を変えるか。 しかし、重くは無いか?」
「騎士爵軍に入隊してから一年は輜重兵でしたので、あまり気には成りません」
「輜重兵だったか」
「新入隊の兵はまず『荷物運び』からが常道です。 此処にいる皆も経験済みです」
「成程な。 足腰が強くなるわけだ。 判った、検討しよう」
兵の言葉は素直に頷けるかと云えば、そうでもない。 クロスボウと『銃』の両方を担ぐとなると、相応に重くもなる。 何より嵩張る。 対象により武器を変えると云う考えは、悪くは無いが部隊運用上要求されるのは汎用性であり、即時性だ。 何時いかなる時も速やかに発射姿勢が取れるか…… だ。
二種類以上の兵器を携帯して歩く。 遊撃部隊の運用では『機動性』を重要視する。 それを考えると、重い装備は不利と成る。 まして、二種類の武器を状況により切り替える…… 大丈夫か? 『効率』と云う面に於いて、それはかなりの悪手と成り得るのだ。
これは、汎用性を捨てると同義と成る。 明確な反論は出来ないが、そう云う気がしている。 ならば、どうするか。 『銃』の取り回しを再考すべきか。 『射法』をもう少し詰めてみるべきか。 反対にクロスボウを強化すべきか? 銃とクロスボウの部隊を分けるべきか?
――― 色々と悩ましいな。 何が『正解』か、今一つ掴めない。
その様な事は考えた事が無かった。 前世の記憶で ” 一般的 ” な事を言えば、軍の兵達が装備するのは、拳銃と手榴弾とサブマシンガン、若しくは グレネードランチャー付きのライフルか。 複合兵器など夢のまた夢であるし、サブマシンガンは外見は知っていても、その機構を詳しくは知らない。
今の『銃』でさえ、四苦八苦して『形にした物』だ。 兵が言う理想は叶えてやりたいが、現世での戦場の『原理原則』からは逸脱している。 小型魔獣用に弾種を別に用意する方が得策かもしれない。 マガジンを別にし、入れ替えられるならば、その方が容易に運用できるかもしれない。
様々な考えが脳裏に浮かび『形』を成して行く。
歩兵達の戦闘訓練をしてくれている『爺』達とも話し合わなくては成らない。 連携と云う点を考えれば、歩兵が動ける方が良いのだ。 遠距離から狙い魔物魔獣の足を止め、近距離で仕留める事もまた『従来の経験則』からは正解と云える。
ただ、『銃』攻撃力の致命性を考えると、逆もまた真と成る。 歩兵が足止めを成し、精密射撃で討伐する。 今の遊撃部隊には、それが可能だ。 しかし、その方法を取れば小型魔獣の様な集団として襲い来る、数の多い敵に対しては『後手』と成る事も考えられる。
幾つもの思案が脳裏に浮かぶが、どれもしっくりとは来ない。 対人戦闘とは違い、魔物 魔獣相手と成ると、相手の考えに予想が付かないのだ。 どの様な動きをするか。 個体や種の攻撃性が、どの程度の『脅威度』を孕んでいるのか。
現状、そこは経験則しか正直 『当て』に成らないのだ。
その間隙を埋めるのが『爺』の存在だ。 『爺』ほど、実戦経験が豊富な古兵は他には居ない。 新兵にとって『経験』とは値千金とも云える。 その経験を実戦で積み上げ、生き残っている古兵ならば、正に『磨き上げた宝石』とも云えるのだ。
遊撃部隊に『爺』が配属されている事に深い感謝を覚える。 先ずは、私の考え、兵の要望を『爺』に伝えてみよう。 その上で『爺』の経験則を練り合わせれば…… 形にして行けると思うのだ。
『射手』からの進言を真摯に受け止め、どうすれば皆の生残性を高められるか。
――― 試行錯誤の日々の始まりだった。




