――― 朋よりの手紙 ―――
――― 朋と云うモノは有難いものだ。
錬金塔で知己を得、その後も色々と気に掛けてくれる上級伯爵家の御令息は、紛れも無く『朋』と云えよう。 私が王都から遠くこの辺境の地に帰還し、日々国境として存在する『魔の森』の鎮定に汗を流している事に彼は感謝してくれている。
王都の者達の多くは、遠く辺境の地の事はあまり知らぬ。 精々深い森が有り、魔物や魔獣が跋扈している…… くらいにしか理解していない。 残念ながら、それが現実なのだ。 如何に人の生活圏を守っているかなどと云うのは、理解の範疇から外れている。
そんな中で、アイツは理解してくれていた。 なかなかに得難い朋だと思う。 そんなアイツが王都の情勢とやらを、手紙に綴って送ってくれる。 何かしらの見返りを求めているのかと思うが、私から上級伯の息子に渡せるようなモノはそうは無い。 『砦』でも研究成果をまとめたモノを贈るくらいしか、彼に報いる術は無いのだ。
今回の手紙には、今 王都で持ちきりの話題が主題だった。 なんでも、第二王子をケツ持ちして、甘い汁を吸おうとしていた貴族やら、外国の勢力と結びつきを強め、我が国の安全を顧みなかった者達が、その領土を別の場所に移されることに成ったと、そう綴ってあった。
問題なのは、我等が騎士爵家の筆頭寄り親である侯爵家も、その対象に含まれている事だった。 侯爵様は王都で国務卿の信任を受けておられる。 その御家系の方々は、忠節を守り国を支えておられるのだが、御連枝の者達が色々と問題行動を起こしていたらしい。
言わずもがな、第二王子殿下の『試金石』となった、同じ侯爵家の寄り子たる子爵家四女の生家は、現在進行形で没落の危機が迫っている。 また、彼女の生母が実家の男爵家も引き摺られるように、同様の憂き目にあっている。 貴族の噂とは怖い物で、評判が落ちればあっという間に経済的に立ち行かなくなる。
まして、第二王子殿下が引き起こした騒動は、王家から見て許されざる行いでも有ったのだ。 その原因と成れば…… 言わずもがな。 ほぼほぼ関係のない家人達は可哀想なのだが、貴族社交界とはそう云ったモノなのだ。
今回の領地交換は、一つの『試金石』ともなり得る。 新天地にて、新たな関係性を作り上げ、以て王国の藩屏たる証を建て、有能なる領主としての立ち位置を作り上げる事が出来れば、醜聞に塗れた家門を立て直す事も出来よう。
反対に、新たな領を纏める事が出来ないのならば『無能』の烙印を捺され、貴族として生きていく事すら難しくなる。 いや、爵位返上の憂き目を見る事は、間違いの無い所だろう。
国王陛下から下された罰で在り、名誉回復の機会でも有った。 それが理解出来るモノだけが、このチャンスを手に出来るのだ。 危機に瀕して覚醒する者が多い事を祈らずにはいられない。
さて、その様な状況により、我等が直接の寄り親たる伯爵家も其の波に飲み込まれた。 監督不行き届きを指摘されたのだ。 国務卿の連枝一門の内、三分の二に当たる二十八家が『転封』の勅を受けたらしい。
転封先は、南方の…… まぁ、かなり領地経営が難しいと云われる場所になったとか。 我らが辺境とさほど変わりないとは思うのだが、代々が棲み付いていた場所では無いので、相当に苦労すると思われる…… と綴ってあった。
多くの低位貴族家と、それらの家を取りまとめていた伯爵家が転封した後の『魔の森』周辺の広大な地域。 コレを一纏めにして、上級伯爵家が統治することに成ったと、朋は綴って来た。 軍務系の問題行動を起こした上級伯家。 第二王子殿下の側近として、あの場にもいたとの事。 誰の事だか判らないが、それ程の馬鹿をやらかしたのならば、仕方ないであろう。
そんな上級伯家の当主と継嗣がこの地を含む、国境の『魔の森』を封じたとなると頭が痛くなる。 しかし、手紙は続きが有った。 その親子…… 転封が決まる前に、上級伯家の当主を本来継ぐべきモノへと継爵したらしい。 その状況で?! と、驚いた。 良く許可が下りたモノだと思っていると、貴族籍を司る『管理登録院』に伝手が有ったそうだ。
なるほど、それならば可能だな。 しかし、朋がそれを知っていると云う事は、事実は白日の下に晒され、彼等の未来は暗澹たるものにしかならないだろう。 国の上層部…… 宰相閣下が目を光らせているのだからな。 そして、朋が綴って来たこの地域を統べる上級伯の家名を読んで……
魔法学院の渡り廊下での情景と、謝恩会の会場の情景が目の前に浮かんできたのだ。
そうか…… あの方が上級女伯としてやってこられるのか。 いや、ズバ抜けて優秀な方だから、此方には代官を置かれ、ご自身は公女様の御側に侍られるか。 そんな予測は続く言葉に打ち消された。
” あの方も数奇な人生を歩まれておられる。 ここにきて、辺境が地に転封され、寄る辺なき地に於いて国の安寧に寄与せざるを得ない御立場に成られた。 貴様も知っているであろう。 公女様も断腸の思いで決断されたのだと思う。 そちらで、あの方の御前に出る機会あらば、力に成ってやって欲しい。 同位の上級伯爵家の者としては、あの方の今後に幸あらん事を祈るしかない ”
朋は上級伯爵家の者として、あの方を存じ上げていたのか。 その家名を持つ上級伯爵家は勇猛果敢たる領軍を有している筈。 そして、その領軍もまた、上級女伯に付き従い辺境の地へと遣って来るらしい。 どこまで彼の者達を御せるか、未だ未知数だが…… あの方ならば遣り切られるであろうな。
なにせ、公女様の『影』として、公私に渡り支えておられたのだから。 大公家で教育を受けられた方なのだ。 『無能』な筈は無いのだ。
――――
朋の手紙を持ち、父上と長兄様の元に急いだ。 公示される前に動ける方が何かと有利に働くのだから。 きっと、父上は周辺の騎士爵家にも働きかけような。 騎士爵家が爵位は、封土の領主が任命する爵位。 つまり、家門が変更と成れば再度、新しい家門の当主様に爵位を授けられなければ成らない事が国法に記載されている。
単純継爵とは行かないのだ。 故に、父上は周辺騎士爵家の当主達とも諮り、上級女伯の領地入り早々にお目通りを願うことに成るだろうな。 継嗣も一緒に一度お目通りを願い、お話合いに成り騎士爵として再度綬爵を願うことに成りそうだ。
現状を見れば、きっとあの方は無茶は仰らない。 報告書からの情報で、『魔の森』の現実を知っておられる筈だ。 騎士爵家の成り立ちや、その立ち位置も全て。 あの方の在り様は、公女様と同じ。 何かの決断を迫られる時は、周辺の状況を具に集められるのだ。 それが大公家の遣り方なのだと、あの日、あの時、あの場所で認識した。 だから、きっと悪いようにはなさらない筈だ。
朋の便りにより、少々時間の余裕が生まれた。 周辺騎士爵家の当主や継嗣達とも父上は意思疎通の機会を得られよう。 きっとあの方ならば、お聞き入れ下さる。 魔物魔獣の脅威に対し、民草、戦闘力を持たぬ貴族が如何に脆弱な存在なのかは……
御自身が身を以てご存知なのだから。
父上には、真摯にこの地域の実情を御話しに成られる事を期待したい。




