――― 『黒揃え』の遊撃部隊 ―――
嬉しい事に、爺を含めた皆に見せた時の反応は『頗る良好』だった。 今では遊撃部隊の幹部兵とも云える、五年兵達も、親方の作った『剣』と『軽装甲』に見入っている。
「こ、これは…… これだけの本数、如何に用意された若様」
「作った。 そうとしか言いようが無い。 鍛冶師の親方に相談して、魔法学院の錬金塔で研究を重ねた金属が『魔鉱』相当と判明したので、それを利用した。 符呪もしてある。 『剣』には『先鋭化』、『装甲』には『頑強』だ。 『油断』に繋がらぬ様にしたいが、これで兵達の戦力の底上げが出来ると思う。 私が望むのはそれだけだ」
爺が息を飲む。 机に並べた魔剣の内の一本を取り上げ、その刀身を見詰め感嘆の溜息を零していた。 五年兵の纏め役は軽鎧の胸部装甲を触りながら声を弾ませ私に云う。
「……そうですね。 攻めと守りが充実すると、心に隙が出来ましょうから…… しかし、全身を覆う重装甲では無く、致命部分の護りを強化できる軽装甲と云う案は素晴らしいです。 遊撃部隊の『任務特性』としては『機動力』は無視できませんから。 指揮官、剣も装甲も見た所…… 相当な力を秘めていると感じますが、如何でしょう」
「親方が言うには、天然物の魔鉱製の『魔剣や魔装甲』と同等のモノだそうだ。 だが、” 派手な魔法を放つ ”『魔法剣』には成らない。 コレ等が持つ基本性能を後押しする『先鋭化』と『頑強』を符呪した。 忘れたくないのだよ。 魔道具とは使う者が居てこそ成り立つ。 剣技に於いて鍛練を重ねる者達が、彼等の能力を十全に振るえる『得物』が有ればよいのだ。 誰も彼もが『魔法騎士』となる訳にはいかぬだろう?」
「たしかに…… 友軍相撃の可能性は常に存在しますから、その方向性で間違いは無いと思います」
五年兵取り纏め役との話を傍らで聞きつつ、しかし視線を一度も剣から離さない『爺』が小さく言葉を紡ぐ。 それは、まるで『祈りの言葉』の様な神聖な響きを持った声色だった。
「若様、『砦』の訓練場にて試し斬りの許可を頂けぬか?」
「良いが…… 的は ” ちい兄様に頂いた虫型魔獣の残骸 ” だぞ。 良いか?」
「勿論に御座います。 アレの外骨格強度は相当に高い。 兵共の武技の打ち込み練習にも耐え続けているのですからな。 だからこそ、アレで試してみたい。 『古兵が武技』が未だ通用するのか…… 知りたく成り申した」
「爺…… 無理はするな。 闘気が十分なのは知っているが、大丈夫か?」
「この刃…… 且つて王国が売られた喧嘩を陛下が買われ、その際に出陣した時に見たことが御座いましてな。 たしか…… 王国騎士団の騎士団長の腰のモノと同じ色味。 それはそれは素晴らしい剣の腕で『豪剣の黒騎士』と二つ名で呼ばれておられる方でした。 その方が振るう魔剣は炎を宿し、一振り毎に火炎の波を周囲に放って敵をなぎ倒されておられたのです。 この爺が、まだそこな五年兵程の時でしたがな」
「……『魔剣』 では無いのだがな。 『親方の腕前』を 確かめてくれ、爺」
「御意に」
皆で『砦』執務室を出て、砦の訓練場と成っている中庭に向かう。 特殊な訓練を実施する際に使用する場所として、色々と変更を加えた。 爺が言及したのは、そんな『砦』の鍛練場の一角にある、武技の鍛練場。 既に五年兵以外にも武技を駆使して、戦う事が出来る者達も出て来た。
街の騎士爵邸の訓練場に設置されている的では簡単に壊れてしまう。 よって、『砦』の訓練場に専用の場所を作ったのだ。 一種の資格試験の様に使用している。 ここで、自身の武技を発現した者が五年兵達に見極められその使用が実戦に耐え得るのかを見極める為だった。 事実、新兵達は度重なる出動に新兵とは言えない程の成長を見せている。
幾人かの新兵は五年兵も一目を置く程の武技を発する事が出来ても居る。 戦力強化と云う面において、此処は大切な場所なのだ。
故に『魔剣』の性能調査には適切な場所と云える。 また、その剣を手にする者は相応なる『使い手』でなくてはならない。 爺…… 私の『教育係』として父上に任じられた『辺境の漢』は、その『使い手』の一人なのだ。 果てなき研鑽の結果至った至高の武技の保持者。 保有魔力が少ないが故に、自身の持つ『剣術師』の「技巧」を磨き上げた漢なのだ。
歳から来る衰えは無視できないが、未だその剣技は研ぎ澄まされている。 故に許可した。 皆で剣を手にした爺の後に続く。 中庭の片隅にある、巨大とも云える虫型魔獣の前に集まった。 数々の武技を受けても尚、表面の傷以外目立った損傷がない遺骸の前に相対する爺。
「では始める」
剣を手に立つ爺は、老人とは思えぬ覇気を繰り出し、自身の身体の内に闘気を漲らせる。 うねる様な威圧感が爺から紡がれ、裂帛の気合が爺の口から迸る。
” シッ ”
目の前の虫型魔獣の頭部が両断された。 その切り口は、あまりに鋭利で滑らかで…… 粘土を糸で切ったかのような断面を見せている。 実際、武技を繰り出した爺本人ですら、唖然とした表情を浮かべつつ、手にした剣と切り落とした虫型魔獣頭部の断面に視線を交互に投げていた。
「若様。 親方に礼を言ってください。 これは、凄まじきモノですぞ。 刃毀れもせず、一刀のもとに外骨格を両断出来るなどという代物。 それが遊撃部隊の兵全員に行き渡ると云う事の意味。 さらに、同じ材質の胸部と背部の装甲板が有る…… 幾多の命の上で遂行してきた任務を考えると…… 泣けてきますな」
「爺がそう云うならば、親方を急かそう。 皆に一刻も早く配備できるように努めよう。 他の者達も、試してくれ。 軽鎧の方は、あちらに鎧立てを用意して、試してみれば良かろう。 魔剣と魔装甲に於ける『矛盾』の確認もすれば良い。 親方に云わせると、緊急の場合を考えて、魔剣で魔装甲は切り裂けるとの事だが、確認は必要だ」
「「「 御意に 」」」
歩兵達の装備の一新。 念願だった近接戦闘時の安全性の向上。 親方の着眼点と努力の結果、私の遊撃部隊は生残性を高める事が出来るのだ。 試験運用を終え、改修点や検証の結果が良好ならば、護衛隊にも主力にも採用してもらう事も可能だ。
こうして、私は願望の一つを叶えた。 近距離戦に於ける『決定力』の獲得。 遠距離、近距離の攻撃力の確保。 即ち、兵の安全の確保。 それによるこの地に生きる民達の安寧の護り。 この力を得たことは、善き事なのだ。
それに、原材料である『人工魔鉱』は、私と親方で量産が可能なのだ。 元は安価な黒鉄と『魔石粉』と『魔晶粉』だ。 私と親方二人が居れば幾らでも作れるのだ。
更に言えば、いくら調合割合表が有っても、 ” 『工人』の技巧持ちの伯爵級内包魔力保持者 ” が居なくては、元になる『混合黒鉄』は生産し得ない。 つまり、『人工魔鉱』のインゴットは騎士爵家のみが有する『特許権』だ。
しかし『国』への特許権の請願提出は母上に相談してからだな。 母上の喜ぶ顔が目に浮かぶな。 私の手には余る。 いや、母上は、秘匿技術として隠蔽なさるか。 現在流通している天然物の『魔鉱石』を産出している鉱山への影響が大きすぎるし、従事している労働者や関わる貴族達の数はそれこそ膨大と云えるのだ。
慎重に成らざるを得ない。
なんにしても、私の判断では無く母上に一任しようと思う。 影響が何処に出て来るか判ったモノでは無い。 私の認識の外側で何が起こるか判らないしな。
うん、そうだ。 母上にお願いしよう。




