――― 居場所 ―――
◆ 研鑽と修練の日々
王都に存在する魔法学院は、控えめに言っても素晴らしい場所だった。 膨大な量の蔵書を誇る文書館。 有能で慈愛に満ちた教諭陣。 学友たる高位貴族の方々も、貴族的マナーを守り、粛々と時が過ぎていく。 しかし、勉学は苦労する点も多い。 学ぶべき事柄は多く、特に『内包魔力や魔法』に関しては、前世を通し初めての事でも有ったので、かなり難渋した。
私の場合、魔法の発現に関しては、通常の発動が難しく、どちらかと云うとモノに対して行使に適性があったらしい。 火球紡ぎ、雷を引き寄せ、水球を発動する…… そんな見た目が派手な魔法の発現はとても難しかった。 小さくは発動する事は出来るが、内包魔力と見合った出力が出ない。 教諭陣と話し合い、『内包魔力』を完璧に制御し、発動する魔法の規模を、どうにかするしか道はない。
―――― それが、どうにも難しい。
さらに続けて教諭陣と相談した。 彼等は私が騎士爵家の者であり、高位貴族には発現しない『技巧』を神より授かられている事に着目した。 民草の一部の匠工人が、『技巧』を使用し、魔道具と呼ばれる便利機器を作り出している事に着目した。
私の『技巧』は、工人と武人の『技巧』。
私の魔法の発現は、判りやすいモノでは無かったが、その分モノを作る事に特化した発現を示した。 例えば、鉄塊を手にし魔力を流し形状を変化させるのは、かなり『楽』な部類に入る。 さらに、私と接触してさえいれば、対象物を回す事も振動させることも可能だった。
いやはや、教授陣の目の付け所は驚嘆に値する。
さらに、『武人』の『技巧』に関しては、特殊過ぎて、最初話にもならなかった。 これに関しては、教授陣も困惑し、様々な事柄を試された。 有体に云えば、体術、剣術、槍術など、直接的武技は体格も小さい私には大した練達も見られなかった。
まぁ、戦える。 それだけ。 ごく普通の者達でも達せられる様な、そんなレベル。 事実、魔法学院に於いて、騎士科で学ぶも、成績は良くは無かった。 まぁ、そんなモノだと、半分諦めていたのだが、座学に於いて、わたしの技巧は真価を発揮した。 過去の戦を例に、戦術や隊形の考察、兵站や戦地統治に関して、無類の記憶力を発揮し、勝利条件を整える為に『必要な条件』が何の困難さを伴う事も無く、幾多の解法が『夢幻の幻視』を伴いつつ頭の中に浮かび上がるのだ。
「王国軍参謀…… もしくは、軍執政官に持って来いの能力だな」
「辺境に於いては、騎士爵家の者として、常にそう云った思考を持たなくてはなりませんでしたが…… それが、原因なのでしょうか?」
「それだけとは云えんな。 貴様の家格から、国軍の参謀職には付けぬが…… 研鑽を努めればそれに近しい軍職位を得られるかもしれん。 軍閥の高位貴族の目に止まれば、養育子として受け入れ、立身に協力してくれるやもしれん。 貴様の見せた ”才の煌めき” は、それ程のモノだ」
「大それたことです。 御領に帰り、兄達の補助に就ければ、幸いに存じ上げます故」
「…………惜しい。 余りにも惜しいが、それも又行く道かも知れんな。 その身分の軽さ故に…… その才能が貴様に禍を齎す事にもなりかねぬしな…… しかし、何にしても、学院に就学する間は、無制限に学ぶ機会も有ろう。 我等、魔法学院生を導く者達は、全ての生徒にあらん限りの助力を行う。 心せよ、貴様も又、王国の赤子だ。 研鑽は、果てしなく、終わる事は無い」
「心に刻みましょう。 知識と知恵は、国民を護る為に。 ひいては国王陛下の藩屏として、この国を守るが為に」
「宜しい。 貴様の心意気は、教諭として喜ばしいものである。 そうだな…… ならば、軍書の中に有る、『禁書』の閲覧も許可しよう。 過去、この国が歩んだ歴史に於いて、隠さねば成らぬ事を、貴様に開示する。 研鑽の糧と成る事を期待する」
「有難き幸せ。 王国の過去の「英知」と「艱難辛苦」と「苦渋の決断」の記録を、『研鑽の糧』とさせていただきます」
満足気に頷く教諭。閲覧制限が設けられている『禁書』の解禁は、彼にとっても重大な決断だと云える。教諭陣の中での私の評価は、おおむね良好と云えた。よって、このような『特別扱い』を為しても、他の教諭陣や魔法学院の学院長に掣肘される事は無い。
しかし、わたしの言動や研鑽とは違う場所で、わたしに関しての評価を著しく毀損する現実もあった。 その証拠に教諭の顔に暗い影が落ちる。 わたしに付随する何かに不味い事柄は、目を掛けてくれる教諭にして、これ程の顔をさせる『現実』が有るのだ。 とても…… とても言い辛そうに、教諭は、言葉を紡がれた。
「…………時に、貴様の『婚約者』なのだがな。 貴様を以てしても、その行いに掣肘は出来ぬか?」
教諭が何か言いたいのか、瞬時に理解した。 わたしの婚約者の不行跡の数々の事。 流石はあの男爵令嬢の娘だと、嘆息を一つ落とす。 婚約者の行動は、貴族社会の中で許されざる行動なのだ。 しかし、わたしが婚約者とはいえ、彼女にとっては所詮は赤の他人。 更に自身の出自よりも身分の低い「わたしの言葉」など、聴く気が無い彼女に、わたしの譴責の言葉など、届くはずもなく…… そんな私を哀れんだか、教諭は殊更に声を潜め言葉を紡ぐ。
「申し訳ございません。 わたくしの努力が足らず……」
「いや、違う。 貴様を責めている訳では無い。 あれは、アレの問題だ。 しかし…… な。 我らの間でも既に問題と成っている。 上にも報告を上げているのだが、あちら側の対処と云うモノが無い。 静観…… か、はたまた『観察』か。 アレに吸い寄せられた者達の、個人の資質を見極める為の『良き試金石』となると、御考えに成っている節もある。 なにせ、魔法学院に在学中のアレコレは、卒業後の行動とは別物と見ておられる。 失敗しても良い場所なのだ、魔法学院と云う場所は。 しかし、それも限度と云うモノが有る。 一線をきちんと引かれるのであれば、それも又、年齢相応の行動だと、一般の貴族社会に出る前の、『反抗期』なのだと…… 思われているのやもしれぬな」
「対象の方々への『為人の観察期間』…… と、云う事なのでしょうか?」
「言い得て妙ではあるが、そうかも知れぬ。 先ずは観察が先行する。 それによって、どうなるかは…… 今は未知数でもある。 心して事に掛かれ。 徒に、騒ぎ立てては事が大きくなり過ぎ、野火の様に燃え広がる可能性もある。 それが災禍と成って、貴様と貴様の家に降りかかるかも知れぬ。 良く見て、対処する事だ。 アレに対し、『諫言を口にした』と云う事実さえ有ればよい」
「ご指導、有難き幸せ。 心して、現状の収束に努めます」
「期待する」
わたしの『技巧』の話から、とんでもない事柄に直面する。 知ってはいた。 実際に自身の婚約者の醜聞を見聞きしても居た。 幾度となく、忠告の言葉は吐いた。 譴責の言葉すら、口にした。 実家に、そして、寄り親への報告もチラつかせた。
そのどれもが嘲笑と共に聞き流される。 しかも、私の言動は彼女の心を煽ったのか、問題行動を止める事は勿論無く、あろうことか更に『加速』させていた。 なんとか、己が行いを改めて貰わなくては、わたしの身すら危うくなる。
『危機感』と、『憔悴感』が、心内を徐々に満たして行った
つらつらと考えつつも、答えは見つからない。 聴く耳を持たぬ者に、どうやって言葉を届けるか、その方法が判らない。 前世も含め、わたしは ” 人との関わりを持つ能力 ” が著しく欠如しているのかもしれない。
いわゆるコミュ障と云う奴だ。
ここ最近の一番の悩みの種になっている事は間違いない。 コレも又、人生に於ける、例の神が与え賜うた『 試練 』なのかもしれない。 『前世を無為に過ごした私』が、どう対処し どう他人との関係性を構築するのか…………
それを見詰められている様な……
―――― そんな気分にすらなっていた。




