――― 生残性の獲得 ―――
「若、凹んでいるそうだな。 まぁ、指揮官ッてやつは、そう云うもんだと聞くが、そんなに凹んでちゃぁ若いもんに示しがつかねぇよ」
突然背後から声が掛かる。 訪問自由を言い渡している『親方』の声だった。
「親方か。 それはそうなのだが、光明が見えんのだ。 私にとっては家族同然の者達を死地に向かわせているのも同義なのだよ」
「そんな若に、朗報が一つ有るんだが聴くか?」
「なんだろうか。 直近の問題を解決できるような妙案ならば聞きたいのだが?」
「おうよ。 んじゃ、これを」
親方は鍛冶部屋のテーブルの上に金属塊を一つ置く。 黒光りし、黒鉄とは明らかに違う金属肌を示している。 ふわりと魔力の様なモノすら感じられる。 これは、なんだろうか?
「若が作ったと云う鉄塊なのだが、ちょっと気に成ってな。 色々と黒鉄に混ぜ込んでナイフに仕立てたと云っていたな」
「あぁ。 その通りだが、それが?」
「その時、余剰のモノを色々と貰ったろ? 弟子の一人に高温炉を抱えている奴が居てな、ソイツの炉を使って鍛練してみた。 そしたら、コイツが出来た。 貰った幾つかを全部試したんだ。 それぞれ融解温度が違うが、出来上がったのは皆こんな感じだ。 そして、俺はコレが何かを知っている」
「どういう意味だ?」
「こっちも見てくれ」
布に包まれた、二つの物。 一つは棒状の物。 一つは曲面で構成された板状の物。 なんだろうか? 親方は何も言わずに布を剥ぎ取る。 出てきたのは標準剣よりも長い剣と、軽鎧の胸部装甲だった。 どちらも漆黒。 その中に夜空に浮かぶ『天上の川』のような煌めく小輝点が幾つも浮かんでいた。
「どちらも、『上代遺物級』のモノに仕上がった。 違和感が有ったんだよ、お前さんが作った黒鉄にもな」
「……何ですか、これは! えっ、黒鉄に違和感? 何の事です?」
「まっ、一般的に云ったら『魔剣』と『魔鉱装甲』だな。 お前さんの作った黒鉄の肌が、似てたんだよ、『魔鉱』にな。 採掘される『魔鉱』は限られた鉱山の 深い坑道 の奥からしか出ねぇ。 数も知れている。 不純物も多くて剣一本作るにゃ、そうとう採掘しなきゃならん。 魔鉱の金属塊なんざ、高価すぎて一部の鍛冶匠にしか扱えねぇ。 当然市中に出回る量は限られている。 まッ、長い事『鍛冶師』やっている俺だから、何度か手伝いに狩り出された事も有る。 だから『魔鉱』の肌も知っていたんだ。 違和感って奴は、見てくれは全く違うのに、肌が同じだった。 それが引っ掛かったんだ。 混ぜ物の中に『魔晶粉』やら『魔石粉』も有るんだろ」
「それは…… まぁ…… 手近なモノでもありましたし、『魔力』を流してくれるので」
「魔法の炎を介さずに、高温加熱して行くと『魔晶粉』も『魔石粉』も融解する。 それは知っているな。 だから、高温炉で溶かして金属塊にしたのさ。 するとどうだ。 且つて見た『代物』と同じになったんだ。 いや、純度から云えば、『若のモノ』の方が高い。 物は試しと剣と胸当てを打ってみた。 それが、これだ。 魔法術式は刻んでいない。 お前さん、符呪も得意ってんだろ? やってみるか?」
目の前に示されたモノ。 黒光りする剣と装甲。 剣は何処までも鋭く、持ち上げると意外と軽い。 振り回すには、丁度良いバランスに成っている。 軽鎧に装着できる装甲は、きちんと取付用の穴も穿たれている。 こ、これは……
「親方から見て、この地で有用な符呪の『魔法術式』は何でしょうか?」
「お前さんの懸念は、兵達の装具の貧弱さだろ。 ならば『剣』には『先鋭化』、『装甲』には『頑強』辺りが順当だろな。 でもよ、流す魔力はどうするんだ? 魔剣の使い手は、少なくとも子爵級の内包魔力を持つ者だったろ?」
「そうですね。 そこは……」
頭の中で様々な魔法術式が展開された。 魔剣…… と云ってよいのか、コレ? 良く魔力を通す魔道具として考えたら…… どうだろう。 様々な試策が脳裏を走る。 幾つもの試策の全ては『是』と私に云う。
「形には成りそうです。 親方、これの量産は出来ますか?」
「『若のアレ』の供給次第だな。 扱える職人を用意する事は吝かじゃねぇよ。 それに、コイツを扱えるなら、工賃は要らんって奴が続出するぞ。 『秘密』は 守らんと 成らんのでは?」
「それは、そうですが……」
「なら、俺の弟子達の中で腕の立つ者と勤勉な者に声を掛けとくぜ。 高温炉の設置許可は下りたんだし、此処『砦』で形にしてやるよ」
「それは、有難い!!」
「お前さんの兵を想う気持ちに応えたかったんだ。 少しは憂いも晴れたか?」
「ええ、ええ、それはもう。 親方、感謝を。 兵達の生残性が上がります。 剣も装甲も、歩兵にとって福音と成りましょう」
「喜んでもらえたら何よりだ。 さぁ~て、忙しくなってきやがったぞ。 打ち合わせに入るか。 それと、どれ程の量がどれだけの期間で出来るか話し合おうじゃねぇか」
豪快に笑う親方。 気にしてくれていたのだ彼もまた。 辺境に暮らす者達は、常に『魔の森』の脅威に脅かされる。 それに拮抗する力を手に入れる事は念願でも有るのだ。 最前線で戦う辺境の漢達の一助に成れるならばと、協力もしてくれるのだ。 その心意気、正しく辺境の漢なのだ。
飛び上がらんばかりに狂喜乱舞する心を静め、親方と今後について話し合う。 当面必要となる、黒鉄の量。 『砦』内に設置する高温炉の準備。 手配する鍛冶職人の人数と為人。 生産するモノの種類と数。 取り決めを纏め上げ、羊皮紙に契約書を綴る。
これは、遊撃部隊の指揮官と、鍛冶職人の親方との間で交わす、重要な契約事なのだ。 細かく取り決めを交わし実行に移す。 堅実に真摯に。 親方は笑っていた。 ” なにも、そこまでする事はねぇ ” と、そうも言われた。 しかし、私は何事にも真摯に手順を踏みたい。
―――― これが、『私』の遣り方なのだ。
―――― § ――――
『試作品』は、親方の弟子の工房で作り上げた。 爺と五年兵に渡せるだけの数量を揃えられた。 兵達にも順次渡して行くつもりではあるが、まだ『砦の方』の準備が整わない。 しかし、親方が熱心に事を進めてくれて、その目途も立っている。 おおよそ、あと二週間で高温炉が設置でき、そのあと二週間を掛けて『人工魔鉱』の生産を経て、『装備』の生産を行うとの事。
目途が立った時に、爺達遊撃部隊幹部に『親方の剣』を見せた。
少々改造はした。 内包魔力を持たない者でも、発動出来るように『魔道具』と成したのだ。 特別製の『蓄魔池』を試作して、剣の持ち手の中に仕込んだ。 握り込むと発動でき緩めると止まる。 『蓄魔池』の容量は『子爵級』。 仕込める場所が限られている為にそれ以上は難しかった。 故に使う時だけ『先鋭化』が発動する。
軽鎧の『胸当て』と『背当て』の材質を変更した。 こちらは余裕も有るので『蓄魔池』の容量は『伯爵級』。 作戦中、『頑強』は常時発動できるな。 装備着用すれば発動し、脱げば止まる様にした。
此処までを準備してから、爺達に見せた。
私の中では、『善きモノ』が手に入ったと思うのだが、さて、どうだろうか?




