――― 試行錯誤の日々 ―――
――― 『砦』の中で、一人考え込む。
歩兵達の装備をどうすれば良いか。 相手は魔物魔獣。 強固な外骨格を持つモノや、分厚い毛皮を纏うモノ。 一筋縄では刃は通らない。 高火力の魔法でさえ、通らぬ時があるのだ。 人がどんなに鍛練しようが、そこには厳然たる現実がある。
強固な 魔物 魔獣 の体躯に刃が通る状況は二つある。
一つが、魔剣と呼ばれる魔力を秘めた剣にて対峙した時と聞く。 魔剣とは剣に魔法が宿った、とても珍しい剣。 とても高価で『専門の鍛冶師』のみが打つ事が出来ると云われる『名剣』だった。
一つが、潤沢な体内魔力を身体に巡らし、身体能力を驚異的に高められる者達の『業』。 なまくらな『剣』では どうにも成らないが、そこそこの『剣』であれば、分厚い毛皮も切り裂けるのだ。 しかし、それ程の力を出せる内包魔力はおよそ ” 上級伯爵級 ” が必要なのだ。 その上、自らの意思で、明確に魔法として【身体強化魔法】を、使用できる者は とても限られているのだ。
これでは、ここ辺境に於いて望める筈も無い。 何もせずに考えると『思考の深みに嵌り』堂々巡りをしてしまう。 何かをしながら思考する事が『その陥穽』から逃れる術だと錬金塔の日々で習い覚えていた。
今は…… ちい兄様に強請った虫型の魔獣の頭蓋を『自作の小刀』で削っていた。 兵達が求めたのだ。 簡易仕様の『索敵魔道具』を軽兜に装着していたのだが、やはりアノ外見の兜が欲しいと、そう云ってくるのだ。
見た目は宜しくは無いのだが、森の中で【隠形】の呪符を使いながら進む兵達にとって、人の手は入ってはいるが『見た目』が魔獣の頭部の様な『索敵魔道具』は森の情景に紛れ込むにはとても有用なのだと言い出したからだった。
確かに、雰囲気と云うモノはある。 もしかしたら生残性も高められるかもしれない。 だから、その要望を受けたのだ。 モノがモノだけに、誰か他の魔道具師に頼むわけにもいかず、また追加でちい兄様に強請って、討伐した魔獣の頭部を頂いたのだ。
『自作の小刀』で と云うのは、市販の小刀では削るのに苦労するからだ。 虫型魔獣の外骨格はとても硬い。 人で云う所の骨を削る作業に等しい。 その硬さ故、大型の鑿や鋸を使うと割れてしまう事も有る。 兎に角、加工が面倒なモノなのだ。
それが理由で、一般には余り流通しない。 良くて外骨格から切り出した甲板を皮鎧に縫い付けて使うくらいだ。 冒険者の一部が使うくらいか。 軽鎧で使用するには良い装甲板と成るが、上位互換品は幾らでも有る。
好んで、魔獣の甲殻を使う武器職人も居ない。 これが角やら牙ならば、色々と使いでは有るのだがな。
そんな魔獣の甲殻を相手に通用するのが、『自作の小刀』だった。 鋼鉄に『魔晶粉』を混ぜ合わせ、手に馴染む様な鉄塊を作り、そこから錬金魔法の『手業』を使い捏ね回し、小刀の形を作り出したモノだった。
刃毀れもせず、良く切れるのだ。 虫型魔獣の頭蓋を削るだけでは無く、色々な材料の切削に重宝している。
『砦』の工房で、無心に手を動かしつつ 思いめぐらして、兵達に支給する『索敵魔道具』の下地を作っていた時『野太い声』が掛かった。
「若、こないだ言っていた、高火力『錬成炉』の話だが、ギルドからの認可が下りたぞ…… って、何をやっているんだ?」
「そうか! 有難い。 えっ、コレか? あぁ、兵達に頼まれた」
「ケッ、魔道具かい」
「そう邪険にするな。 使い勝手は良いのだぞ。 森の中で隠密行動を実施する際に、周囲に紛れる事が出来て『楽』なのだ」
「へぇ…… 」
私の手元を覗く鍛冶ギルドの相談役。 彼はわたしに自身の事を『親方』と呼べと、そう強要してくるような人物でもある。 年老いてはいても、未だ現役の屈強な鍛冶師だ。
口調は軽いが、その見た目はまさに『巌』そのもの。 槌を振るい鋼を打つ姿は記憶に在る日本刀の刀匠と重なる。 そんな彼は何故かわたしを気に入り、『炉』を『砦』に設置する際にも色々と便宜を図ってくれた。
ゴリゴリと虫型魔獣の頭部を削っている手元を覗き込んだ親方は、わたしが削って居るモノを見て顔を顰める。
「虫型魔獣の外骨格かい。 それも頭部だと? 何をやっているんだ、若は。 そんなチンケな刃物じゃ時間が掛かり過ぎるだろ。 俺の打った小剣を使った方がいいんじゃねぇか?」
「そうかもな。 試させてくれるか? 実際…… 魔物と歩兵が遣り合うには、今の武器じゃ力不足な事も有ってな。 善き武器を探しているのだ」
「ほう、中々興味をそそられる『話』だな、そりゃ。 ほれ、普段使いの短めの小剣だ、使ってみろ」
親方から手渡される『短めの小剣』。 凝った造りでは無いが、良く鍛造されているのは一目でわかる。 善き鋼を使い、丁寧に鍛練されているその小剣を貸してもらい、自分の小刀を脇に置く。
ゴリゴリゴリ
ゴリゴリゴリ
ん? 凄まじく良い拵えなのだが…… 削れん。
薄皮を剥ぐようにしか、刃が入って行かない。 もし戦闘でこの刃を使ったとして…… 果たして虫型魔獣の外骨格を穿つ事が出来るのだろうか? 自分の使い方が悪いのか? 軽く魔力を流しても、なんの反応も無い。 魔鉱製では無いのか。
対人戦闘に於いては、十分に威力がありそうなのは確かだろうし、親方の腕で打ったモノなら相当な『業物』なのだろうが…… 遊撃部隊 歩兵達の主武装にするには少々…… 物足りない。
そんな事を考えている私の手元から、脇に置いた私の作った『小刀』に視線を移した親方。 手元よりも、そちらの方が気に成ったのか、手を伸ばし取り上げる。 しげしげと『小刀』を嘗め回す様に視ている親方が、何かを思い出そうとしている様な表情を浮かべた。
ゴリゴリと外骨格を削っているわたしに親方が伺うように声を掛けて来た。
「なぁ、若よ。 これ、何処で手に入れた? 王都の武器屋か? それとも、王都冒険者ギルドの販売所か? 冒険者共がどっかの迷宮か森の深淵から引き揚げてきた奴か? 見てくれは悪いし、剣として成っちゃいないが…… こりゃ、魔鉱か? それも極めて純度の高い奴…… スゲーな、流石王都だ」
「いや、親方。 それは わたしが錬成したモノだよ。 魔法学院の錬金塔で、魔獣の角やら牙やらを加工しなくちゃならなくなって普通のモノじゃ対処出来無くてな。 色々と試行錯誤して鋼鉄に『魔晶』を練り込んで錬金魔法で形作ったんだ。 とても最高峰の鍛冶師の腕を持つ親方に見せられるような代物じゃない」
「若が作った…… だと?」
「あぁ、そうだ。 なにか、気に成る事でも?」
じっくりと「小刀」をもう一度見詰める親方。 視線は小刀から離れない。 観察するように捏ね繰り回し、首を傾げるのだ。 わたしは何事かと視線を親方に向けたのだった。
第三幕、開幕、
騎士爵家に属する一人の男として、栄誉よりも大きなものを抱える至る物語。
序破急の『急の幕』
辺境人の生きざま、御照覧あれ!
楽しんで頂ければ、幸いです。