幕間 03 : 笑う 軍務卿 継嗣
公女は落胆しつつも、第一王子殿下が自分の心を慮ってくれた事に歓びと感謝を覚えた。 今まで、大公家の令嬢として心を慮ってくれた者は、そう多くは無い。 親たる大公、大公夫人、継嗣たる兄、側近たる彼女、第一王子殿下 そして……
辺境の騎士爵家 三男 の武人。
それらの者達が、大公家令嬢の前に公女自身の心を心配してくれた事は、彼女にとって心に刻む『嬉しき事』なのだ。 ふと、一つの考えが公女の脳裏に浮かぶ。
「殿下。 一つ、お願いがございます」
「なんだろうか?」
「アレの領地を北辺の地と定める事をお願いいたしたく」
「あぁ…… あの騎士爵家が有る…… あの場所か? あの地域は相当に辛い場所だぞ? 土地は痩せ、収穫量も芳しくない。 数々の男爵家、子爵家、伯爵家が領地を拝領している場所でもあるな。 ……あぁ、例の国務卿の連枝だったか。 あちら側の者達であり、今回の『試金石』となった淑女の親元も有ったな。 ふむ、宰相、軍務卿と諮り可能かどうかは判らぬが、『案』として献策してみよう」
「御言葉、嬉しく存じます。 苦労する事は目に見えてはおりますが、アレには能力が有るのです。 統治者として彼の地の安寧に尽力するでしょう。 ……わたくしが、そう言い聞かせます」
「国を想う国士として、上級女伯として…… か。 受けてくれるだろうか?」
「まずは、周囲のご納得を得ませんと。 そう出来ぬ場合は、わたくしにも考えが御座いますのよ、殿下」
「猛き公女の一面と云う事か。 理解した。 優秀なる私兵を抱える上級伯家が潰えるのは、国の安寧に直結する。 心して話を繋ごう」
「有難く」
『未来の光』として国民から そして ” 見えて居る ” 貴族達から期待されている二人。 公女の『私情』と云える『領地替え』の『案』は此処に決せられた。
第一王子は、この『案』を『上級伯家の一件』だけに当て嵌めるつもりは無く、『領地の価値』が いずれ等価に成る様に心を配っている場所への適用もあわせて考えた。
宰相と軍務卿は第一王子の策に乗る事と成り、下位、中位貴族の在り方にも一石を投じる結果と成る。 宰相が描いた『挙国一致』体制が、更に強固なモノとなる事が確定した瞬間でも有った。 公女の私情からの発出。 しかし、それを『私事』とはせず『公事』にしてしまった『第一王子』。
二人の傑物の在り方が、王国の『未来の光』と言わしめる事例として国書に編纂され記載される事と成る。
―――― § ――――
僅かに開いた窓から、王城中庭から爽やかな風が吹き込み薄いカーテンをはらませている。 既に窓際から執務机に着き、公女は呼び出した人物の到着を待っていた。
「上級女伯様、御入室に成られます」
部屋付きの侍従がそう口上を述べる。 扉が開けられ上級女伯が入室する。 公女の『影』もその役割であった淑女は、その装いを改め自家に相応しい装いを纏っている。 彼女は、静々と入室し 執務机前二十歩で歩を止め 華麗とも評せられる『淑女の礼』を公女に捧げた。
入室した上級伯令嬢に対し、公女が言葉を紡ぐ。 寂し気に、しかし、確固たる決意を含んだ声色だった。 もう、全ては整えられたのだ。 今更、反故にする事など出来なかった。
既に『賽は投げられた』のだ。 『凶』と出るか『吉』と出るか…… それは、誰にも分らない。 ただ、祈る事しか許されない。 紡ぐ公女の声音には、『憐憫』とも『哀惜』とも聞こえる『音』が含まれていた。
「頭を上げなさい、直言を許します。 本日付けを以て、わたくしの側近の任を解きます。 また、後宮上級女官の職も解かれ、上級女伯爵の授爵が決しました。 通達は届いていますね」
「はい」
「貴方が任じられる御領地は今までの御領と比べ物に成らぬ程に貧しい。 私兵を養うにも苦労するような場所です」
「はい」
「この様な結果になった事に忸怩たる思いを抱いています。 忌々しき者達は、第一王子殿下…… 内定ではありますが王太子殿下が、厳しく対応するでしょう。 せめてもの『心の慰め』と致しましょう。 実際、貴女を手放すのは惜しい。 国家的損失だと思っております。 しかし、『貴族の規範』を守らねば王国は瓦解する。 既にその兆候はありました。 第二王子殿下の『大失態』は、『王国貴族の規範』と『心』の緩みの結果で生じたのでしょう。 よって、コレを正さねば成りません。 貴族の在り方と云うのは…… 儘ならぬモノですね」
「勿体なく…… 公女様」
「表向きの話は、此処までとします。 貴女に一つの『任務』を授けます。 良いですか」
「何なりと、妃殿下」
「……まだ早いですわよ、その呼称は。 しかし、その呼称に見合う『矜持』を以て貴女に命じます。 貴女の拝領する領地は、この国の北端にあります。 幾多の苦難が待ち受けている場所です。 が、しかし、その場所には『あの武人』の騎士爵家が差配する地域も有ります。 ……軍務卿が継嗣が耳によれば、あの者が何やら動いているらしいのです。 良く見、良く聞き、貴女の目で確かめなさい。 あの者が、あの日、あの時と同じように、国王陛下の藩屏たるを心に持っているかを。 次代の国王陛下の御力になれる者かどうか…… 見極めなさい」
「謹んでお受けいたします。 妃殿下。 これまでの幾年月に亘り眷顧に与かりました事、万感の思いと共に感謝申し上げます。 ずっと御側で、お仕えしたく希求しておりましたが、貴族家に産れし者の定め。 しかし、わたくしの心は、これまでと同じく妃殿下と共にあります。 妃殿下の御下命を果たさんとすれば、これもまた御仕えするも同義と成りましょう。 御下命、承りました。 その者の『心の在処』 しかと見極めて参りましょう」
「頼みました」
公女の私的な願いは、上級女伯が受け取った。 退出した彼女の行く末に、幸あらん事を願うばかりの公女だった。 ゆっくりと椅子から立ち上がり、窓辺へと戻る。 少し開いた窓から風が入る。 王城内の庭園から花の香りが漂い鼻腔を打つ。 善き香と共に、幾許かの饐えた臭い。
煌びやかな王宮内に於いても、人知れぬ場所では何かが腐り腐臭を漂わせる。
どんなに高潔な者でも、その者が居る場所が陰惨苛烈な場所ならば…… 高潔さを失うかもしれない。 その例を探す事は難しくは無い。 公女の周りにも幾人もそういう人が居た。 この危惧は何も公女一人のモノでは無かった。
” その爵位の低さ故、崇高な為人が曇らなければ良いのだが ”
と、第一王子殿下が言葉にした事があった。 自身と同じ憂慮を感じた『未来の夫』。 同じ感性を持つ者だと『安堵』もした。 あの者がそうならない様に願うしか無かった。 公女は、第一王子殿下が不安を口にし、公女が懸念を示した時の事を思い出していた。
” アイツなら、大丈夫に御座いましょうな。 元から爵位など歯牙にも掛けぬ者なれば ”
そんな二人の軍事的側面を担う者として台頭してきた者が嗤う。 そして真顔に成って言葉を繋いだ事があった。 何時に無く真剣な表情で言葉を紡ぐ軍務卿継嗣の言葉に耳を傾ける公女と第一王子殿下。
彼の圧倒的『信頼』に ” 言葉 ” を見失った事を思い出した。 自身も その片鱗を知っている『騎士爵家 三男』の『為人』、『その行い』、『心根』。 しかし、まさかそこまで ” 軍務卿継嗣 ” が、『信』を置いているとは思っていなかった。
窓から中庭を見詰めつつ、彼の言葉を噛みしめている公女であった。
” アレは剛の者。 容易くは折れぬ『勇者の心』を持つ漢ですよ。 何がアイツにそうさせたかは判りませんが…… アイツの心根の底に有るのは きっと慈愛の心でしょうな。 家族を、民を、故郷を、そして国を愛し慈しみ、己の知恵と力の続く限り『護り抜くのだ』と云う気概。 わたくしは、そう云うアイツを知っているのです。 誰にも評せられる事も無くても、アイツは気にも止めんでしょうな ”
第一幕、第二幕、お読み頂きありがとう御座いました。
現在、第三幕を綴っております。 序破急の急の幕。 三男の戦いは続くのです。 物語の主人公たり得ない彼が 『精一杯生きる姿』を 追っていく事に成ります。 一週間ほどお時間を頂ければ幸いに存じます。
12/15 300万PVを突破。 皆様の御愛顧のお陰です。 本当に有難う御座いました。
中の人、頑張ります!