――― 騎士爵家 三男の本懐の欠片 ―――
現状の兵の装備状況を考えると、コイツを『討伐』するには荷が重い。
皆の主兵装は、王国軍も使用している標準剣や手槍なのだ。 鋼鉄製ではあるが、奴の硬い外装を貫いたり切り裂いたりは出来ない。 相手は眠っているが、攻撃したら途端に目を覚ます。
戦闘と成れば、文献によれば奴の固有魔法は『符毒』を使って攻撃してくる。 致死性の毒を、散布するだけでなく、指向性を以て攻撃してくるのだ。 さらに厄介なのは、蜘蛛型の特性上、『蜘蛛の糸』を使用する。
――― 奴は『魔糸』を『攻撃』にも『防御』にも、そして『移動』にも使うのだ。
樹々が生い茂る、この『浅層の森』の中では、無類の移動力を発揮するのだ。 『一撃必殺』の攻撃手段を持っていなくては、討伐する事は難しい。 ” 伯爵級 ”の『内包魔力持ち』の わたしではあるが、『攻撃魔法』系統の魔法は、幾ら鍛練しても『初級』しか使えない。
つまり、わたしの攻撃魔法では殺しきる事は出来ないのだ。 兵達に『吶喊』を命ずることも出来ない。 攻撃手段が脆弱に過ぎる。 彼等はわたしの命令には忠実に従う。 そして、郷土を愛する気持ちも人一倍なのだ。 きっと、その身を賭して戦うにきまっている。 そんな事をすれば、せっかく錬成した兵達を徒に失う。 指揮官の怠慢としか言いようが無い。
親しくしてきたからこそ、ここぞという時に命を賭して戦う事は判り切っている。 なにか、なにか手は無いのか。 何か……
背嚢と一緒に背負って来た銃器を強く意識した。
此れならば…… なんとか、成るのではないかと。 弾丸は強固な魔物の頭蓋を撃ち抜けるようにと『徹甲弾』を持って来ている。 『魔石粉』二割り増しの重装弾だ。 此れならば…… 非常に硬度が高い、『エラド=アラクネ』の外骨格も撃ち抜ける。 やるしかないか……
「観測手準備。 君、やってくれるか」
「御意。 移動します」
『五年兵取りまとめ役』に声を掛け、銃を手に持ち替え、『狙撃位置』に移動する。 背後で爺が心配そうに見ているのは判っている。 それでも尚、遣らねば成らない。 兵達の脆弱な装備で、彼等に中型魔物を狩れとは命じられない。
だから ” わたし ” がやる。 そして、それを成せる兵器も 携帯している。
アイツが起き出してしまえば、わたし達はたちまちの内に死闘に巻き込まれる事も理解もしている。 アイツの知覚範囲は相当に広い。 今は腹が満ちて、無防備に眠っているだけなのだ。 このままにして、逃げてしまえば、我等の安全は保たれる。 しかし、それは即ち、この森に生活を依存する民の安全を放棄すると同義。 わたしも、兵達も……
――― とても看過し得るモノでは無い。
背後を 声も無く 足音もさせず わたしに付き従い歩く爺。 現在の遊撃部隊の練度状況も、『エラド=アラクネ』を放置する事の危険性も、次兄様率いる本隊の援軍を待つ時間が無い事も、わたしが確固たる覚悟を決めている事も、全てを承知している為に、『爺』は何も言わない。 『爺』も又、歴戦の戦士である辺境の漢なのだ。
その何も言わずに付き従う『爺』に、そっと感謝を捧げる。 見守ってくれて、ありがとう…… と。
『エラド=アラクネ』と正対する位置に到着。 二対の目は、青いまま。 頭部の人型の疑似餌は嫋やかに『エラド=アラクネ』の頭部にしな垂れ掛かり、妖艶なる雰囲気を醸している。
人という種が、魔物、魔獣にとって餌と認識されている証拠だと、王都の学者達は言う。 無防備な『人』が、着衣も無しに森に佇む。 他の魔物、魔獣にとって どれほど『容易い獲物』と成り得るか。 『魔物、魔獣』の立場に立ってみれば、想像も容易い。
しかし、喰らおうとした瞬間に、『エラド=アラクネ』の咢に掛かるのだ。 捕食者が被捕食者に成るのは、『魔の森』では日常茶飯事なのだ。 『自然の脅威』と云うべきか、『特殊な進化』と考えるべきか。 一体何故、その様な疑似餌を得るに至ったのか?
進化の道筋を考え始めると、深みに嵌りそうだ。 『エラド=アラクネ』は『中層の森』に生息する魔物。 人に出逢う事など…… まして女性と出会う事など無いというのに……
いや、今は、雑念を払おう。 『一撃必殺』で、討伐せねば帯同している兵達の命が危ない。 集中せねば。 『五年兵取りまとめ役』は観測手の位置に就いた。 頭の中に彼の声が響く。
” 目標正面。 『頭部致命部』を晒しています。 精測距離、352.6ヤルド。 風向、真方位160から風力1。 奴が風上に位置します ”
” 目標を確認。 長距離狙撃という割に近いな。 伏撃姿勢を取る ”
苔生した倒木の間に陣取り、伏撃姿勢を取る。 銃身を倒木に預け銃の動揺を押さえつける。 銃身のブレが大きいと感じた。 前世の記憶がふと蘇る。 そうか…… ” バイポッド ” を作り忘れていた。 手に持って撃つという事ばかり考えていた。 こんな風に狙撃するのならば、銃身を安定させる事は必須なのに…… いつだってそうだ…… 必死に考え抜いたと思っていても、何かしらの抜けがあるのだ。
――― だから、私はダメなのだ。
自分の無能振りに落胆を禁じ得ない。 しかし、今は出来る事だけに集中する。 銃把を握り、人差し指を引き金に掛ける。 銃床は肩に密着させ、銃身に更なる安定を持たせる。 距離に応じた見越し角を取り、距離に応じた照門刻みに『エラド=アラクネの頭部』を重ねる。
――― 二対ある目の真ん中だ。
激しくなる『鼓動』を押さえつけ、粗くなりそうな『息』を押し留める。 チャンスは一度。 二射目は無い。 多少逸れたとしても、必ず当てねば成らない。 さもないと、この場に居る兵達の命が危険に晒される。 アイツの探知能力は、蜘蛛の糸を通して、相当広範囲に広がると聞く。 とても逃げ切れるようなモノでは無い。 まして自分を殺そうと狙ったモノだ。 諦める訳は無い。
ゆっくりと息を吸い、止める。
震えそうになる指を押し留め、ゆっくりと引き金を引き絞る。
照星の刻みにピタリと重なる、エラド=アラクネの頭部を見詰めながら、神に祈る。
” 彼の生き物に、輪廻の恩寵を与え給え。 願わくば、次なる生は安らかなる事を ”
この世界に生きとし生けるモノ全てに命が宿るのだ。 そして、その命の炎を吹き消す罪深さに、魂が震える。 しかし、それを成さねば、人は生きる場所を失う。 民草の安寧は破られ、不安と憎悪と後悔ばかりの歩みと成る。
それは……
絶対に許しては成らない。
辺境に於いて。 騎士爵家の三男である私の矜持に於いて。
わたしは、人の側に立つ……
” 殺戮者 ” なのだ。
引き金は引かれ、弾丸は真っすぐに飛び、エラド=アラクネの頭部に向かう。 二対の目のちょうど真ん中に弾丸は到達し、硬い外骨格を撃ち抜き、柔らかな脳髄へと到達。 『聖水召喚』の魔法術式が起動して、頭蓋の中で爆発的に聖水が生成される。
外部からの観測として、相応の報告が『念話』により、頭の中に響く。
” 『エラド=アラクネ』の、頭部粉砕を確認。 体躯の痙攣、弛緩を確認。 接近し、絶命を確認します ”
「最大限の注意を払え」
” 接敵。 四対の脚は弛緩。 脈動無し。 生命反応なし。 小官が持つ『検視の技巧』の反応から、体内の魔力貯蓄臓器が急速に固化反応を示していると思われます。 これにより…… 『エラド=アラクネ』の討伐を確認しました ”
「よし。 そちらに向かう。 工兵、解体準備を成せ」
こんな危険な中型魔物が浅層の森に出没した事は、特記事項に当たる。 幸いな事に、兵達全員の命は護られた。 近隣の邑の人々の安寧も又、護られた。 それについては素直に喜ぼう。 しかし、問題点も多々見つけてしまった。
改善の余地だらけだ。
鍛練、訓練、研鑽だけでは、自然の脅威に対処する事は難しい。
銃の有用性も、コレで確認が取れたと云える。 誰が使うかを決めねばならないな。 今、手元に有るのは十丁。 今後、もう少し増産して行かなくてはならない。 そうそう、バイポッドも作らねばな。 それに…… 近距離戦闘を行う兵の使う武器も考えねば。
命を捧げ、民の安寧を願うのならば、せめて装備は充実させねば成らない。 なにか良い思案は無いかと、なけなしの知識を漁る。 されど、妙案は浮かばず。
――― 所詮、その程度の男なのだ、わたしは。
だが、より良い未来を手繰る為に、悩んで、悩んで、悩み抜く事は出来る。 人の繋がりも又、『力』に成ると知っている。 だから、希望は捨てない。 わたしが指揮する男達が、生きて帰れるようにするために、なんだってする。
それが、わたしの矜持であり、誇りでも有るのだ。
――― それが、騎士爵家 三男の本懐 なのだ。




