――― 森の中の戦闘行動 ―――
第一報を発した者は、邑に棲む狩人だった。 日々の糧を得る為に、森の浅層に出入りしているそうだ。 短弓を背に毛皮のコートを羽織る男の目は、強く鋭い。 間違っても嘘偽りを言う様な者ではないだろう。 詳しく出没場所と周囲の状況を聴く。
「アレは…… 小谷の滝下に居た。 間違いなく居た。 猟師の勘が、近寄るなと警告した。 水場を求めていたのかもしれない。 怪我を負っている様子は無く、彷徨だと思う。 また、仲間は居らず、アイツ一匹だけだと…… 思うのだ」
「猟師の勘ですか、それは」
わたしの言葉に狩人は落胆の表情を浮かべる。 年若きわたしが指揮官と云う事で、少なからず疑念を持っている上に、まるで彼を疑う様な言葉を使ってしまったのだ。 迂闊と云うしか他は無い。 渋い表情を浮かべつつ狩人は言葉を繋ぐ。
「……経験則とでも、言っておく。 どうせ信じぬのだろ」
「貴重な情報をありがとう。 魔物一匹で移動する事を、彷徨と云うのか」
「あぁ…… そうだ。 番を見つける為か、肚を満たす為か判らぬが、時折そう云った個体が現れる。 そこは魔物も魔獣も変わりない」
「誘引するモノが有るとすると、それも調べねば。 なにか思い当たる節は?」
「…………俺の話を信じるのか?」
今度は失敗しなかったようだ。 狩人は驚きを隠せていなかった。 少なくとも貴族の端くれとはいえ、正当な騎士爵家の家人。 貴族の一端を占めている者が、相手を侮る事無く言葉を吐いた事に、今までにない事だと思われたらしい。
「いや、あなたは当事者だし、緊急報を出すくらい、逼迫した状況なのだろう? 我々には現場の状況は判らない。 知っている者の言葉をイチイチ疑っては、なにも行動に移す事は出来ない。 そうなれば、邑を護る事すら不可能だ。 答えになったか?」
「…………お貴族様の ” ちびっ子 ” が、狩人の言う言葉を真に受けるのか。 こんなこたぁ、初めてだ」
「おい、口を慎め」
「やべぇ…… すんません」
背後に居た五年兵が凄むと、途端に小さくなる狩人。 必死に生きている『力無き者』が、勇気を出して通報してくれたのだ。 見間違いだと云われたら、咎められる可能性もあるにもかかわらず…… にだ。 それ程の危機感を、この猟師は『猟師の勘』で感じ取ったと云えよう。
年長者で在り、経験豊富な猟師の意見を無視する事は、『魔の森』を軽視する事に他ならない。 気を引き締め、五年兵達に指示を飛ばす。
「索敵展開。 中心は小谷の滝。 上流方面が『中層の森』に当たるので、其方に注視。 背後を『浅層の森』となし、散兵線を引きつつ相互に連絡を密とし、索敵に向かう。 宜しいか」
「「「「 承知 」」」」
号令一下、兵達は行動に移る。 体力と戦闘力は養って来た。 土地勘は五年兵が持っている。 さらに、『念話』の魔道具により、綿密な連絡体制は整っている。 『索敵魔道具』により、魔物魔獣の居場所は特定できる。
『浅層の森』には現状、遊撃部隊しか展開していない。 狩人も、邑人も、『魔物出現』の恐怖で森へと脚を運んではいない。 既に生活に支障が出始めているという事だ。 事は極めて重大で『脅威の拡散』は、あの邑だけでなく、他の邑にも広がる事は…… 考えなくても判る事だ。
目を凝らし、耳を聳て、森の中を注意深く索敵して行く。 時折立ち止まり、重装歩兵の兜の面体を下ろす。 周辺の索敵の為だ。 幾つかの赤い輝点が装備された、視覚表示部に映し出される。
反応からして小型魔獣の物。 今は魔物の捜索が第一義であるため、まだ通常と云える其方は放置し、先へ先へと進む。 念のためにと、『銃』を携帯したのは私一人。 まだ、他の者には配布もしていない。 『射撃手』も『観測手』も選考途中だったのだ。
それにまだ、兵に渡すには早いと判断していた。 『索敵魔道具』が ” どれ程 ” 使えるモノかを、検証せねば成らないのもあった。 遊撃部隊を本格的に実戦投入するには、少々時間が足りなかった。 しかし、辺境の状況は十分な時間を呉れなかった…… という事なのだ。 常に危険と背中合わせの辺境では、ここまで練兵出来たのも奇跡と云っても良い。
いや、父上や兄上達の配慮の賜物なのだろう。 感謝をせねば成らない。 間違っても恨む事などしては成らない。 たとえ、過酷な戦場へ放り込まれたとしても、それは わたし の義務なのだから。
―――――
『索敵魔道具』は現在の所、十分に使用に耐えると思う。 小型、中型の魔獣の姿は、索敵魔道具の視覚表示部に表示された場所に確かに居た。 間をすり抜けるように、兵に指示を出し、兵はそれを過たず実行する。 従来の作戦では、このような『索敵作戦』では頻繁に遭遇戦が起こり、散兵線の前進もまま成らなかったと次兄様より聞いていた。
『不要な戦闘』を避け、見つけるべきモノに集中できるとなれば、着用している『これらの装備』は十分これからも『遊撃部隊』の主力装備と成り得ると判断できた。 問題は…… いまだ、魔物を発見できない事だけだった。
小谷に到着し、流れ落ちる滝の前に立つ。
雄大な自然と、その美しさに暫し心を奪われる。 このような場所が『浅層の森』にあったのか。 魔力は濃く、重い。 それを流す様に、大量の水が流れている。 『流水』と『魔力』は親和性が高いのだ。 成程、魔物が引き寄せられる筈だ。 これだけ『濃密な魔力』が満たす場所ならば、中層、深層の魔物でも、難なく生息できる。
中層、深層の魔物は魔力の薄い所では、行動が鈍くなる。 体内魔力を貯めるよりも消費する方が大きいからだ。 巨躯を駆るには、魔力の補助が必要な為だ。 ……そう習った。 魔法学院での学びは、このような自然深い場所でも役立つのだ。 教育とは、そう云うモノなのだと…… しみじみそう思った。
” 注意!! ”
物見の兵からの、『念話』通信が頭の中に響き渡る。 誰が発信したのかは、『念話』から判る。 その兵が居る方向に顔を向け、目を凝らす。 重装歩兵の兜は被ったまま。 まだ、面体は下ろしていない。 視界には森の樹々しか映っていない。 しかし、何かしらの『圧力』は感じられた。
急いで面体を下ろす。
下ろした途端、視覚表示部の上端に強い反応が示された。 魔力を貯め込む『量』が大きければ、それだけ反応は大きくなる。 推定、500ヤルドから600ヤルド先に、ソイツは居た。
「散兵線を閉じよ。 真方位270 距離550。 有視界、索敵魔道具の両方で行け。 目標の推定強度は『中強度・上』 から 『強強度・下』。 個体種別情報、『中型魔物』。 発動する魔法に注意。 先ずは種の特定を成せ」
索敵散兵線が閉じ始める。 目標は移動していない。 食事中か眠っているのか。 『念話』が再び頭の中に響く。
” 個体を発見。 大木の根元、洞に成っている場所に居ます。 足は…… 三対。 虫型魔物。 目の色は青。 眠っているようです。 周囲に小型、中型魔獣の喰い散らかされた残置物多数。 捕食の為に中層から出てきたと思われます ”
” こちらも確認。 足は…… 四対! 四対です。 頭部上方に人型と思われる突起物を確認。 人と同様の容姿。 アレは…… アラクネ種と推定 ”
「四対の脚、頭部上方に人型。 アラクネ種だと ” ほぼ断定 ” 出来るな。 皆、良く聞け『頭部の突起物』は、あくまでヤツの『疑似餌』だ。 惑わされるな。 索敵兵、目標の『目』は何対あるか」
” 目は…… 二対四個です ”
「ならば、脅威度中、『エラド=アラクネ』と推定。 特定できる判別箇所を伝える。 体色はこげ茶と茶色。 脚先の第一節に鉤爪有り。 肚に黄色のライン。 確認できるか」
” 確認。 体色は、血で汚れている為、ほぼ赤黒いです。 第一節は地面に潜り込んでいる為確認できません。 が、肚に黄色のラインを確認」
「一番の特徴だな。 対象、中型魔物、『エラド=アラクネ』と断定。 伝令兵、準備。 御屋形様に伝達。 走れ」
「ハッ!」
五年兵の一人が、元来た道を駆けだして行った。 さて…… どうやって、コイツを『中層』に押し返すか。 いや、『捕食の為』に『浅層』に来たのならば、食料と成る中小の魔獣が多いこの辺り…… 飢える事が判っている『中層』に帰る筈は無いな。
ならば、この場で対処するしか方策は無い。
初陣にして『魔物』と対峙するのか。 まったく、どこの『英雄譚』だ。 わたしには、仲間達を生きて街に帰還させる義務まで付いて来ると云うのに。 眠っている強大な敵を前に、実際わたしは……
――― 途方に暮れた。