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騎士爵家 三男の本懐  作者: 龍槍 椀
第二幕 辺境の過酷な現実
41/144

――― 森の中の戦闘行動 ―――

 

 第一報を発した者は、邑に棲む狩人だった。 日々の糧を得る為に、森の浅層に出入りしているそうだ。 短弓を背に毛皮のコートを羽織る男の目は、強く鋭い。 間違っても嘘偽りを言う様な者ではないだろう。 詳しく出没場所と周囲の状況を聴く。



「アレは…… 小谷の滝下に居た。 間違いなく居た。 猟師の勘が、近寄るなと警告した。 水場を求めていたのかもしれない。 怪我を負っている様子は無く、彷徨(ワンダリング)だと思う。 また、仲間は居らず、アイツ一匹だけだと…… 思うのだ」


「猟師の勘ですか、それは」



 わたしの言葉に狩人は落胆の表情を浮かべる。 年若きわたしが指揮官と云う事で、少なからず疑念を持っている上に、まるで彼を疑う様な言葉を使ってしまったのだ。 迂闊と云うしか他は無い。 渋い表情を浮かべつつ狩人は言葉を繋ぐ。



「……経験則とでも、言っておく。 どうせ信じぬのだろ」


「貴重な情報をありがとう。 魔物一匹で移動する事を、彷徨(ワンダリング)と云うのか」


「あぁ…… そうだ。 (つがい)を見つける為か、肚を満たす為か判らぬが、時折そう云った個体が現れる。 そこは魔物も魔獣も変わりない」


「誘引するモノが有るとすると、それも調べねば。 なにか思い当たる節は?」


「…………俺の話を信じるのか?」



 今度は失敗しなかったようだ。 狩人は驚きを隠せていなかった。 少なくとも貴族の端くれとはいえ、正当な騎士爵家の家人。 貴族の一端を占めている者が、相手を侮る事無く言葉を吐いた事に、今までにない事だと思われたらしい。



「いや、あなたは当事者だし、緊急報を出すくらい、逼迫した状況なのだろう? 我々には現場の状況は判らない。 知っている者の言葉をイチイチ疑っては、なにも行動に移す事は出来ない。 そうなれば、邑を護る事すら不可能だ。 答えになったか?」


「…………お貴族様の ” ちびっ子 ” が、狩人の言う言葉を真に受けるのか。 こんなこたぁ、初めてだ」


「おい、口を慎め」


「やべぇ…… すんません」



 背後に居た五年兵が凄むと、途端に小さくなる狩人。 必死に生きている『力無き者』が、勇気を出して通報してくれたのだ。 見間違いだと云われたら、咎められる可能性もあるにもかかわらず…… にだ。 それ程の危機感(・・・)を、この猟師は『猟師の勘』で感じ取ったと云えよう。


 年長者で在り、経験豊富な猟師の意見を無視する事は、『魔の森』を軽視する事に他ならない。 気を引き締め、五年兵達に指示を飛ばす。



「索敵展開。 中心は小谷の滝。 上流方面が『中層の森』に当たるので、其方に注視。 背後を『浅層の森』となし、散兵線を引きつつ相互に連絡を密とし、索敵に向かう。 宜しいか」


「「「「 承知 」」」」



 号令一下、兵達は行動に移る。 体力と戦闘力は養って来た。 土地勘は五年兵が持っている。 さらに、『念話』の魔道具により、綿密な連絡体制は整っている。 『索敵魔道具』により、魔物魔獣の居場所は特定できる。


『浅層の森』には現状、遊撃部隊しか展開していない。 狩人も、邑人も、『魔物出現』の恐怖で森へと脚を運んではいない。 既に生活に支障が出始めているという事だ。 事は極めて重大で『脅威の拡散』は、あの邑だけでなく、他の邑にも広がる事は…… 考えなくても判る事だ。


 目を凝らし、耳を(そばだ)て、森の中を注意深く索敵して行く。 時折立ち止まり、重装歩兵の兜の面体を下ろす。 周辺の索敵の為だ。 幾つかの赤い輝点が装備された、視覚表示部(ディスプレー)に映し出される。


 反応からして小型魔獣の物。 今は魔物の捜索が第一義であるため、まだ通常と云える其方は放置し、先へ先へと進む。 念のためにと、『銃』を携帯したのは私一人。 まだ、他の者には配布もしていない。 『射撃手』も『観測手』も選考途中だったのだ。


 それにまだ、兵に渡すには早いと判断していた。 『索敵魔道具』が ” どれ程 ” 使えるモノかを、検証せねば成らないのもあった。 遊撃部隊を本格的に実戦投入するには、少々時間が足りなかった。 しかし、辺境の状況は十分な時間を呉れなかった…… という事なのだ。 常に危険と背中合わせの辺境では、ここまで練兵出来たのも奇跡と云っても良い。


 いや、父上や兄上達の配慮の賜物なのだろう。 感謝をせねば成らない。 間違っても恨む事などしては成らない。 たとえ、過酷な戦場(魔の森)へ放り込まれたとしても、それは わたし の義務なのだから。



        ―――――



 『索敵魔道具』は現在の所、十分に使用に耐えると思う。 小型、中型の魔獣の姿は、索敵魔道具の視覚表示部(ディスプレー)に表示された場所に確かに居た。 間をすり抜けるように、兵に指示を出し、兵はそれを(あやま)たず実行する。 従来の作戦では、このような『索敵作戦』では頻繁に遭遇戦が起こり、散兵線の前進もまま成らなかったと次兄様(ちい兄様)より聞いていた。


 『不要な戦闘』を避け、見つけるべきモノに集中できるとなれば、着用している『これらの装備(・・・・・)』は十分これからも『遊撃部隊(われら)』の主力装備と成り得ると判断できた。 問題は…… いまだ、魔物を発見できない事だけだった。


 小谷に到着し、流れ落ちる滝の前に立つ。


 雄大な自然と、その美しさに暫し心を奪われる。 このような場所が『浅層の森』にあったのか。 魔力は濃く、重い。 それを流す様に、大量の水が流れている。 『流水』と『魔力』は親和性が高いのだ。 成程、魔物が引き寄せられる筈だ。 これだけ『濃密な魔力』が満たす場所ならば、中層、深層の魔物でも、難なく生息できる。


 中層、深層の魔物は魔力の薄い所では、行動が鈍くなる。 体内魔力を貯めるよりも消費する方が大きいからだ。 巨躯を駆るには、魔力の補助が必要な為だ。 ……そう習った。 魔法学院での学びは、このような自然深い場所でも役立つのだ。 教育とは、そう云うモノなのだと…… しみじみそう思った。



 ” 注意(アテンション)!! ”



 物見の兵(索敵兵)からの、『念話』通信が頭の中に響き渡る。 誰が発信したのかは、『念話』から判る。 その兵が居る方向に顔を向け、目を凝らす。 重装歩兵の兜は被ったまま。 まだ、面体は下ろしていない。 視界には森の樹々しか映っていない。 しかし、何かしらの『圧力』は感じられた。


 急いで面体を下ろす。


 下ろした途端、視覚表示部(ディスプレー)の上端に強い反応が示された。 魔力を貯め込む『()』が大きければ、それだけ反応は大きくなる。 推定、500ヤルドから600ヤルド先に、ソイツは居た。 



「散兵線を閉じよ。 真方位270 距離550。 有視界、索敵魔道具の両方で行け。 目標の推定強度は『中強度・上』 から 『強強度・下』。 個体種別情報、『中型魔物』。 発動する魔法に注意。 先ずは種の特定を成せ」



 索敵散兵線が閉じ始める。 目標は移動していない。 食事中か眠っているのか。 『念話』が再び頭の中に響く。



 ” 個体を発見。 大木の根元、洞に成っている場所に居ます。 足は…… 三対。 虫型魔物。 目の色は青。 眠っているようです。 周囲に小型、中型魔獣の喰い散らかされた残置物多数。 捕食の為に中層から出てきたと思われます ”


 ” こちらも確認。 足は…… 四対! 四対です。 頭部上方に人型と思われる突起物を確認。 人と同様の容姿。 アレは…… アラクネ種と推定 ”


「四対の脚、頭部上方に人型。 アラクネ種だと ” ほぼ断定 ” 出来るな。 皆、良く聞け『頭部の突起物』は、あくまでヤツの『疑似餌』だ。 惑わされるな。 索敵兵、目標の『目』は何対あるか」


 ” 目は…… 二対四個です ”


「ならば、脅威度中、『エラド=アラクネ』と推定。 特定できる判別箇所を伝える。 体色はこげ茶と茶色。 脚先の第一節に鉤爪有り。 肚に黄色のライン。 確認できるか」


 ” 確認。 体色は、血で汚れている為、ほぼ赤黒いです。 第一節は地面に潜り込んでいる為確認できません。 が、肚に黄色のラインを確認」


「一番の特徴だな。 対象、中型魔物、『エラド=アラクネ』と断定。 伝令兵、準備。 御屋形様に伝達。 走れ」


「ハッ!」



 五年兵の一人が、元来た道を駆けだして行った。 さて…… どうやって、コイツを『中層』に押し返すか。 いや、『捕食の為』に『浅層』に来たのならば、食料と成る中小の魔獣が多いこの辺り…… 飢える事が判っている『中層』に帰る筈は無いな。


 ならば、この場で対処するしか方策は無い。


 初陣にして『魔物』と対峙するのか。 まったく、どこの『英雄譚』だ。 わたしには、仲間達を生きて街に帰還させる義務まで付いて来ると云うのに。 眠っている強大な敵を前に、実際わたしは……




   ――― 途方に暮れた。





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― 新着の感想 ―
「眠っている強大な敵を前に、実際わたしは……    ――― 途方に暮れた。」 銃にそのアラクネを討伐する威力がないから途方に暮れたという意味?
遊撃としては完璧な出だしですけど戦闘となるとぼんの魔銃だけが頼りですねー
「固体」を「個体」として誤字報告させていただきましたが、「ヒトではない」という意味を込めて人偏を省いたのでしたら御容赦を。尚、そのような意図であったのならば、傍点を付した方が親切かと思います。
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