――― 遠く離れた朋を想う ―――
訓練に明け暮れながらも、『砦』に於いて『様々な魔道具』の開発と改良に日々追われる毎日。 忙しさが加速している様な気がする。 なかなか本邸にも帰れない。 そんな わたしに、父上も、母上も、兄上達も、わたしが遣りたいように『遊撃部隊』を差配している事に、一言も言わない。
信頼とか、信用という言葉では、表しきれないモノが其処には有るのだ。 騎士爵家三男として、己の矜持を以て部隊を指揮する事は、辺境の騎士爵家にとっては当たり前の事。 『手を抜く』とか、『楽をする』とか云うならば『叱責』もされようが、毎日を忙しく過ごすわたしに、その必要を認めていないという所か。
家族の愛情を感じる。
わたしが『泣き言』をいう迄 見詰めていてくれるのだ。 父上は騎士爵家の当主として。 母上は騎士爵家の財政を預かる者として。 兄たち二人は騎士爵家の戦力を運用する者として。 わたしの行動を、黙って見つめ続けていてくれた。
そう、何時でも手助けできるように準備しながら。
有難いと思う。 それは、家族への愛なのだと確信する。 だから、その信頼と信用と愛に見合うだけの成果と結果を出さねば成らないのだ。
とはいっても、成人に成りたてのわたし。 些か、疲れを感じてしまう。 丁度そんな時に、久しぶりに騎士爵家の館の主食堂で、家族と晩餐を頂いていた時に、父上から一通の手紙を受け取った。
「上級伯家の方からの手紙だ。 なんとも凄まじい交友だと思うが、その方はどういった方なのか?」
辺境の騎士爵家に中央の上級伯家から手紙が来るのは、極めて珍しい事柄だった。 それも、宛先が ”わたし” なのだ。 騎士爵家当主の父上でも、上位の貴顕からの手紙など、受け取る事は稀であった。 よって、正直に差出人が誰なのかを伝える。
「魔法学院 錬金塔で知己を得た『朋』と云えましょう。 上級伯家の御継嗣では御座いませんが、その能力は魔法学院でも高く評価され、魔導卿たる御実家の中でも一目を置かれる存在の方です。 主に魔道具の開発を主眼に置かれ、様々な魔道具を考案されておられます。 わたしの ” 研究 ” にも、強い興味を持たれまして、御一緒させて頂きました」
「そうか。 その縁を大切にせよ。 それは『お前』の財産になる」
「はい、父上」
錬金塔の級友から便り。 許可を得て、その場で開封した。
なんでも第一王子殿下が王太子殿下に冊立されたとの事だった。 大公家の御令嬢たる公女が王太子妃と成られるそうだ。 かなり驚きを以て、公布は民草を含む多くの者達に迎えられたと綴ってあった。
王国王都の大勢は、『第二王子殿下』が王太子と成ると、思われていたからだ。
あの日、あの時、あの場所で『国王陛下』が御言葉にされた事が、実行されたという事だ。 つまり…… 第二王子殿下は、王領にて『生涯逼塞幽閉』の処分を受けたことに成る。 その事については公布されている形跡はない。 無いが、何かしらの処分が下ったと周囲の方々が噂していると綴られている。
王太子冊立の儀式は、まだ先と成るとなる事も合わせて、大々的に『公示』された事は大きいと云える。 急な方向転換で、王城上層部も混乱しているらしい。 それに伴い、様々な思惑と動きが王城に有ると綴られていた。
――― さもありなん。
辺境域には、いまだ王都の広報である『公示』は届いていない。 父上も兄上達も、まだその情報は知らない。 一応伝えておいたが、半信半疑だった。 また、かなり大胆に諸侯の転封が行われるかもしれないとの噂も出ている。 その中に、我等が『寄り親』筆頭の侯爵様も含まれていると綴られていた。
そうか……
何かしらの動きが、あの茶番劇の裏側の裏側で起こっていたのか。 国王陛下と宰相閣下が、貴族の矜持を忘れし者達を切り離し、整理し、調え、王太子殿下への譲位に御備えに成ると云う事か。
勇猛果敢で、慈悲深い国王陛下が ” そこまでの決断 ” を成されたのだ、きっと、重大な理由が有るのだろう。 王国の貴族籍に有る者としては、粛々と事態を受け入れねば成らない。 藩屏たるを自認する者達にとって、国王陛下の御宸襟は絶対なのだ。
貴族の末端も末端な騎士爵家としても、それは同じ。
色々と交流を持っている上級伯家のアイツは、わたしが故郷へと帰還した事を惜しんでくれた。 そして、何かと『王国の情勢』に疎くなるだろうと、こうやって噂話を綴ってくれるのだ。
友誼とは有難い物だと思う。 事前に色々と教えて貰えれば、相応に準備も出来るのだから。 父上にもその旨を話し、なにか贈物をと思ったが、彼方の方は相当に裕福なのだ。 適切な贈物など、騎士爵家に於いて購える訳は無い。 母上が突如として目を輝かせ御言葉を下さった。
「貴方が作成した魔道具を、御贈りすれば良いのでは? 彼の方は魔導卿の御家の方でしょ? ならば、興味を以て下されば、『善き贈物』と云えましょう」
「そうですね、母上。 その御考え、善きモノだと思います。 近日中に何か…… 『善きモノ』を御贈り致しましょう」
「それが良いでしょう」
多分、母上が狙っているのは、今後の付き合い方にも視線が行っているのだろう。 王都の魔導卿との付き合いは、母上が差配する騎士爵家の『商売』に於いても役に立つ。 騎士爵家の財政を預かる母上は常に、商売のタネを探されていると云っても過言ではない。 『魔道具』は、我が騎士爵家の故郷に於いて、重要な商材と成っているのだからな。
何か有っても ただでは起きない母上の強かさは、尊崇の念を覚える程だ。
ふと思い出した、軍務卿家の新継嗣と成った奴の事。 アイツならば、どうするだろう? いや、もともと『策謀』には長けたアイツの事だ、最初から考慮に入れつつ動くだろう。 わたしが後から気が付いて、その辺りを指摘したとしても『笑いながら』飄々と事態を捌き王宮や王都にて ” 蠢めく ” のだろうな。
友誼を結んだ朋達に、心の中でそっと声を掛ける。
” 頑張れよ、未来の魔導卿殿、そして、軍務卿殿。 ” と。
―――― § ――――
遊撃部隊の指揮官として任じられてから、二ヶ月の日々が過ぎた。 元々練度の高かった、辺境の男達は立派な遊撃部隊の兵へと変貌を遂げた。 王都の兵員養成課程と比べても段違いに早い。 『地力』が違うのだ。 危機感が違うのだ。 何より、郷土を守るという意気込みが違うのだ。
しかし、未だ、銃器の使用は認めていない。 どのくらい、今の彼等が出来るのかを見極めたいと思う。 それに先立ち、二種類の『索敵魔道具』を完成させた。 兵達の要望を元に組上げた。
一つは、重装歩兵の兜を基本としたモノ。
兜に付随する面体の裏に、視覚表示部分を装着。 跳ね上げ式にして、普段の視界を確保する方法。 跳ね上げた時は、魔法術式は停止している。 下げた時のみ、視覚表示部分が点灯する。 精度は格段に上がっている。 微小な魔力でも捉える事が出来るようになった。
この新型の『利点』は、通常時は普通の視界を確保できる、必要時に必要な時間だけ使える。 『不利な点』は常時索敵には向かない。 場所を特定して、其処から見る事を想定した。 つまりは、観測手に適した『魔道具』となった。
もう一つは、最初にでっち上げたモノの改良型。
私も驚いたが、五年兵の半分から改造して欲しいと要望が有ったモノ。 あの見てくれの悪さが、反対に漢達の琴線に触れたようだった。 しかし、片目の視界はどうにも使い辛いとの事。 どう云ったモノを望むのかと聞けば……
” 通常の視界の上に、かぶさるように見えれば使い勝手が良い ”
――― と、彼等は答えた。
前世の記憶が刺激される。 それは、『シースルー・スマートグラス モニター』 と、呼ばれていた商品なのでは無いか? 勿論、実物は見たことは無い。 が、元同僚の残した、ガジェット系の雑誌を見ただけだった。 そんな事も出来るのだ……と、あの頃は驚きつつも、興味は無かった。 もっと、詳細に情報を読み込んでおくべきだったと、後悔している。
が、兵達は漠然とした感覚で言葉にしていた。 対して わたしは、且つての世界で、実用化されたモノをたとえ雑誌の紙面上とはいえ『知っている』。 この差は大きい。 大きいのだ。
虫型の頭蓋はそのままでもよい…… そう兵達は言った。 何故なら、自分自身が強くなった気がすると云うのだ。 今まで苦戦を強いられてきた相手を模すと云うのも、有るらしい。 『五年兵の纏め役』が、とても嫌な顔をしていたが、それでも他の五年兵を無視する事は無かった。 同型の虫型魔獣の頭蓋は全部で十個ある。 全部使う事にした。 予備…… というか、五年兵がコレはと思う兵に渡しても良いと、そう伝えた。
――― 要望は聴いた。
複眼部分を取り除き、さらにつなげ、スリット状の開口部に変更した。 その上で、『魔晶粉』の焼結方法に色々と工夫を加え、さらに漏れ出す魔力の処理の為に『魔力遮断塗料』を再開発し完成した。 兵達の評判は上々。
使わせたいと思う兵が複数人いるので、あと十個…… 出来れば予備も含め二十個は必要だと云われた。 また、ちい兄様に請願して手に入れなければ成らなくなった。 そうか、自分達で狩るのも視野に入れれば良いのか。 善き訓練に成りそうだ。
しみじみと思うのは、『使う者の意見』と云うのは、作る者にとっては、貴重な宝石の様なモノだという事。 我等は我らの精強さを維持強化する為に ” 一丸と成って ” 人知を尽くさねば成らないのだから。
――――
王都の上級伯家の『御子息への贈物』として選んだのは、此方で再度研究を続け魔改造しつつ『完成』した新型の『魔力遮断塗料』。 元とは別物とは成ったが、それはそれ。 最初の『基本特許権』は錬金塔で出会った、上級伯家の級友のモノだ。 よって、コレを新規の『特許権』にはせず、彼に新型の製法と量産に関する資料を渡す事とした。
何も言わずに、改良したモノを『実物』と共に『製法書』をつけて、彼への贈物として王都に送った。 『苦情』とも『感謝』とも言えない返事を貰い、頬にニヤリと笑みが浮かぶ。 王都の情報をくれた『御礼』でも有る。
基本特許権は奴のモノだ。 『特許料』を支払えば、こうやって『善きモノ』が『法的問題』も無く『作り』『改造し』『使用する』事が出来るのだ。
前世の『言葉』で云えば、” WINーWIN ” という事だと…… 思うのだ。
正当なる権利者への『敬意』は、何を置いても、胸に抱かねば成らぬ心情なのだ。 ” 零から一 ” を作り出すのは、それはそれは大変な事なのだから。 『制度の隙』を見て盗むような事をすれば、自身の『人品骨柄』を穢す事に通ずるのだ。
末端の末端とはいえ、『貴族の誇り』を持つ者ならば、許されざる事だろう。 わたしは胸を張って、今生を生きていく為にも、正当で真っ当な方法を取るのだ。
彼への贈物。 そう、わたしの『才が結実』したモノを彼には贈ろう。
――― 友誼への感謝と共に。
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一重に多数の読者様方のお陰と感謝しております。
多謝、感謝!!
物語を楽しんで頂ければ幸いです。
龍槍 椀 拝




