――― 努力の結実 ―――
静かに歩みを進め、中庭から横手に在る弓術練習場に到着する。 練習場と云うだけあって、何条かの射撃練習をする場と成っている。 的は変更してある。 通常の巻藁では間に合わないのだ。 中型魔獣を模したモノ。 次兄に強請って、処理した中型魔獣を入手していたのだ。 あの索敵魔道具をでっち上げた、虫型の魔物の頭部も、そうやって入手したモノだ。
射手の立つ場所に私は立つ。 振り返ると、皆が居る。 代表して爺が私に問う。
「距離は如何ほどか。 儂の目には100ヤルド程に見えますが、若様」
「あぁ、爺の言う通り、此処から的迄は100ヤルド。 誰か弓を使う者は居るか?」
わたしの問いに、何名かの五年兵が手を挙げる。 彼等にしてみれば、勝手知ったる弓術練習場だろう。 そして、この的との距離にいるわたしを訝し気に見ている。 わたしにとっては、最大射程3000ヤルドの銃が、高々100ヤルドの距離にある的に対する射撃など、児戯にも等しい。
が、普通の狩人が100ヤルドの距離から獲物を狙うのは、少々骨が折れるのだ。
それは、現世幼少期の記憶。 まだ、私が幼いと云っていい頃、街の同年代の者達との交流に於いて、彼等の親族がどんな獲物をどの様にして狩ったかを、武勇伝として聞いた事が有るからだ。
有能なる狩人であっても、短弓で100ヤルドの距離を射て、致命部分に必中させるのは至難の業。 辛抱強く身を隠し、漸く出会える絶好の機会を物にする為に、どれ程の時間が必要なのか。 そんな努力と武勇伝を、彼等は語ってくれた。
だからこそ、射程を伸ばす努力をしたのだ。
有効射程が伸びれば伸びる程、狙える獲物は増える。 自身の身を気配諸共に『隠す努力』をしなくてもよい。 なにせ、相手の察知する範囲外から狙うのだから。 遠くに届くと云う事は、真っ直ぐに力強く進むという事だ。 弾丸の後落も抑えられ、見越し角度を小さくすることが可能なのだ。 クロスボウと同じく、照星を用いて調節すれば狙いもかなり正確に成る。 すでに万を超す試射は終えている。 様々な試行錯誤を繰り返し、この銃器を作り上げたのだ。
「では、試射を行う。 弾頭部分にも魔法術式を符呪してある。 魔力を持たぬモノに命中しても、弾丸自体は貫通する事は無く自壊する。 そういう風に術式を組んである。 魔力を貯め込む臓器を持つ『魔物や魔獣』以外には、殺傷力を発揮しない様に術式を組んだ。 魔物魔獣以外に命中しても、弾丸は自壊し、軽歩兵の鎧でも容易に防ぐ事が出来るようにした。 だが、弾の中はその範疇外だ。 的に命中すれば、弾頭部に符呪してある術式が発動する」
「若様、その弾頭とやらに、どのような『魔法術式』を施されたのか?」
「『聖水召喚』だ。 小さく硬い魔石に術式を刻んでも、時間と共に徐々に湧き出すだけだが、魔石粉を魔力源とした弾頭に刻んだ魔法術式は、その魔石粉に蓄積された魔力を一気に消費するのだ。 故に、かなりの圧力を伴い、弾頭部を内側から破裂させ、辺りを水浸しにする」
「……人への使用を考慮されたのですか?」
五年兵組の一人が、呟く様にそう口にする。 その点は、大いに考慮した。 しかし、別の考えも有った。
「それだけでは無いが、それが一番の理由だ。 『人』に危害を加えぬ様にしたのは、友軍相撃を避ける為。 魔法学院で戦史を学んだ際に、色々と問題を感じた。 戦場に於いて、王都の魔法騎士が大規模攻撃魔法を使用する場合、その範囲内から友軍は脱しなくてはならない。 が、時としてその時間が持てぬ場合、同胞を巻き込んでの使用に踏み切る事が有った。 命を危うくするのは主に歩兵達だ。 まったく許し難い。 よって、誤って射線に入った場合でも、命を落とす事が無いようにした」
「魔物や、魔獣に効果が有るのでしょうか?」
「そうだな、ちょっと考えて貰うぞ。 魔物や魔獣にとって『聖水』とはなんだろうか」
「神の祝福を受けた水…… ですね。 嫌がります。 アンデッド系の魔物ならば、聖水に触れただけで、浄化消滅してしまう。 我々人にとっての致死性の『毒』と同じでしょうか」
「半分は正解だ。 憶えているか、弾頭は魔物や魔獣の身体には有効な物だという事。 当たっても崩壊せずに、硬いまま直進し強固な肉体や骨を貫通する。 『聖水召喚』の術式発動時間は極短い。 つまり、魔獣や魔物の体内で爆発的に破裂する」
「…………エグイですね」
「内側から聖水と弾頭の破片が飛び散るのだ。 そして、聖水の水量もなかなかに多い。 と、どうなるだろうか?」
「魔物魔獣は内側から ”切裂かれ” ”焼かれ” ましょうな。 確かに…… 有効だと云えましょう。 それが本当の事だとすれば……ですが」
「まずは、見て貰おうか」
銃器を持ち上げ、銃床を肩に当て、照星の真ん中に的を入れる。 高々100ヤルド。 弾丸の後落は、ほぼ無視して良い。 つまり、見越し角度は要らない。 薄暗い中庭の片隅。 固唾を飲む男達。 狙いを定め、引き金を絞る。 ラッチが外れ、衝底が、弾丸殻の底を叩く。
銃器に取り付けられている『蓄魔池』から魔力を供給されている衝底の『起動魔法陣』が、弾丸殻に符呪された魔法術式を発動させる。 弾丸殻 が充填されている『魔石粉』から魔力が一気に抽出され、その魔力量に応じた『風』を一気に吐き出す。
狭い場所で、急激に膨れ上がる『風』。 銃身内で圧縮された『風』は、前方に在る弾丸を溜息の様な音と共に前へと押し出す。 捻子が切られた、『徐々に内径が小さくなる銃身』の銃底から1/2ヤルド先の銃口から、弾丸は押し出される。 勢いよく回転した弾丸は楕円体。
そのまま真っ直ぐに…… 狙った場所に向かい、想定通りの経過を経て……
ドバッ……
聖水が的と成っている『魔獣の亡骸』を包み込んだ。 命中箇所は頭部。 皆、一様に言葉を紡ぐ事無く息を飲む。 派手な破裂や、ギラついた火炎は迸らない。 雷の槌も発生しない。 鋭く切り裂く風も、全てを貫く氷も…… ただ、大量の『聖水』だけが『的』となった魔獣の亡骸を濡らしていた。
「コレが、如何に危険なモノか理解できたと思う。 故に、今まで秘匿していた。 運用は時期を見て『人』を選んでから実行したい」
「「「 ………… 」」」
「ぼ、若様……」
「尚、今ここで見たことは、口外法度。 ちい兄様や、大兄様にもな。 実効性や有効性を検証するまでは遊撃部隊の『機密』とする」
「「「「 ………………御意 」」」」
衝撃は大きかったと思う。 誰だってそうだろう。 しかし、皆の心に刻まれた光景は、今後の威力偵察任務や討伐任務について、様々な局面を思い浮かばせるに十分だと思う。 そうなのだ。 コレを使う事によって、従来の戦術を全て練り直さねばならないのだ。
補給の問題も有る。
生産量も考えねば成らない。 大型の魔物に対して、これで十分かと云えば、そうでもない。 だから、まだまだなのだ。 策は示した。 五年兵達と爺はこれから忙しくなる。 従来からの戦術の変更を強いられるのだからな。
こうして、わたしは騎士爵家支配領域の安寧を護る為の第一歩を歩み始める事となった。




