――― 三男の危惧 ―――
『砦』に設えた わたしの研究室で保管箱から一丁の銃を取り出す。 厳重な保管方法に少々手間取りつつ、取り出せたのは試作何号機だったかは忘れた。
数限りなく修正を加えた『ソレ』は、最初期に作り上げたモノとは、一線を画している。 この姿を見た時、私は恐れを抱いたのだ。 これは、『人』の欲望を際限なく拡大させるものなのだと。
――― 人と人の間に起こる諍いの在り方を『根底』から覆すモノに成りかねないと。
恐怖し、暗澹たる未来を幻視した結果の、半封印という処置。 しかし、この辺境では違う。 対魔物魔獣戦に於いて、これほど人の力となる物は無い。 ある種の諧謔だと思う。 人の自制心を試す、そんなモノなのだと、強く意識した。
皆の元に戻る前に、神に対し懺悔を口にする。 罪深き私には、そうせねば民草を護る方策は立てられなかった。 長兄様や次兄様ならば、もっと善き案を浮かべられるかもしれないが、コレがわたしの限界でも有るのだ。
故に、この兵器は人に向かって使う事を想定しない。 それが、絶対条件だった。
――――
手に持った銃と共に、皆の元に戻る。
書類が散乱したテーブルの上にそれを置く。 皆の目が一様に、その鉄の棒に吸い寄せられているのが判る。 しかし、それが何か理解する者は居ない。 見たことも無い、魔道具ならばそういう反応に成る。 椅子に腰を下ろし、腕を胸の前に組みつつ、皆を見回す。 皆の視線が集中しているのは、テーブルの上の銃。
やはり、五年兵の纏め役が一番最初にわたしに視線を投げかけて来た。 コレは何なのだという、困惑に近い表情と、午後の魔道具の披露から何かしら『大変な代物』なんだろうなという感情が乗っている。 わたしは、殊更に ” ゆっくり ” と言葉を紡ぐ。
「見てくれは違うが、機能はクロスボウと同じだ。 だが、諸元は全く異なる。 2,000ヤルド先の的に矢…鋼鉄製の弾を届かせる魔道具だ。 純粋に距離だけを狙えば、3000ヤルドは届く。 2000ヤルドと云うのは、標準的な中型魔獣の頭蓋を撃ち抜ける最長距離。 余りに近いと容易に貫通する。 勿論、使う者を選ぶ兵器だ」
「「「えっ?」」」
わたしの言葉に、驚く者達。 爺ですら目を剥いている。 そうなのだ。 この世界に於いて、この銃は異端の兵器なのだ。 未だかつて誰も想像した事も無い兵器なのだ。 いや、『次元と世界が違う』と言うべきか。
同じなのは基本的な ” モノを投げて、遠くに居るモノに当てる ” だけだからな。
「想像の埒外だとは思う。 コレの試作は、魔法学院の錬金塔で行った。 級友たちには『道楽』と云われ続けた。 しかし、辺境のこの地に於いて、弓やクロスボウよりも強力で更に遠距離から狙撃出来るならば、兵の損耗が劇的に抑えられると考えた。 弓兵の延長だと考えて貰っても差し支えない」
「つまり…… 今日、我等に披露された魔道具は……」
「遠距離狙撃に必要な『目』だ。 弓では届かぬ敵に、長距離から狙撃する為には、射撃手だけの目では無理だからな」
「2000ヤルド向こうの敵を見つける眼。 噂に聞く、遠距離大規模魔法使用時に用意される観測手…… ですか」
「そうだな。 あぁ、そうだ。 しかし運用方法がまるで違うのだ。 あちらは敵兵が集団と成っている場所を特定する為の物。 『長距離射撃』に於いて、魔物や魔獣のおおよその位置や状況を把握する事は極めて重要で、射撃の成功率を劇的に上げる。 射手自身が探すよりも、素早く的確に敵位置や、周辺状況を特定できる者が居れば、射手は射撃に専念できる。 それが理由だ」
「成程…… 道理です。 しかし、この鉄の棒がそれ程までに強力な武器とは思えません」
「そうだろうな。 初めて見る新種の『武器』だし、わたし一人で開発した為に、実証もまだまだ。 故に、『索敵魔道具』を先行して皆に開示した。 アレは「観測手」用として構想したが、その実用性から索敵にも使用が可能であると結論付けたのだ。 全周囲の魔物、魔獣の位置を把握できれば、戦闘時にどれ程危険を冒さず有利な位置取りが出来るかを想わば、実戦を幾度となく経験した貴様には、その重要性が理解出来よう」
「それは、勿論。 不意に現れる魔物や魔獣。 周囲の樹々に溶け込むような体色の奴等には、幾度煮え湯を飲まされた事か。 事前にその位置が判れば、優位に立つ事など容易いです」
わたしは、銃器を手に取り続けて言葉を連ねる。 副次的効果が、そのモノの主たる目的となる事は、良くある話だ。 ” 魔道具屋では、そんな事で新たな魔道具の着想を得る事は日常茶飯事だ ” と、子供の頃の友人が言っていたな。
「対魔物兵器として開発した。 対人兵器では無いのだ。 勿論、何の制約も付けねば、『人』に対しても有効な兵器と成り得る。 しかし、国と国との戦争にコレを持ち込むと、戦争の様相が一変する。 慈悲無き殲滅戦が『常道』と成り得る。 人の善性だけに頼るのは、甚だ危険だとわたしは思う。 大地の大半を占める『魔の森』からの脅威を考えると、人同士が互いを食い合うのは、生存圏の縮小に他ならない。 それを恐れ、危惧している。 コレの取り扱いは、慎重を期すべきなのだ」
「…………理解しがたい事なれど、指揮官がそう仰るのなら」
「若様。 ソレの存在を知る者は居られるか?」
わたしの恐れを敏感に察知した皆。 それ程までに私が恐れる銃の威力に関し、未だ皆は懐疑的な表情を浮かべてはいるが、諸元が本当ならば色々と不味い状況を想定できるほどの実戦経験を皆は持っている。 故に爺が疑問を呈したのだ。 守秘とは、知る人間が少なければ少ない程…… 護りやすい。
「魔法学院の錬金塔の級友たち数名。 早朝の弓術練習場で、わたしの姿を見た騎士科の数名。 それと、錬金塔で教鞭を取る教諭一名。 両手の指程の者達だ」
「成程。 そして、それらの方々は、ソレを『田舎者の道楽』と捉えられていると」
「そうだ。 故に秘匿も容易いと考える。 反対に云えば、わたしの目の届く範囲内でしか、” 使用許可 ” は出せない」
「若様…… その銃とやらの性能が本当ならば、それは理屈と成りましょうな。 しかし、本当にソレにそのような力が秘められているのか。 年老いた儂には、奇異に過ぎる」
「そうだろうな。 判った。 試射をしよう。 開示したからには、威力の程は皆に見せておく方が良いと思う。 幸い『砦』にも弓術練習場は有る。 薄暗いがな」
――――
皆を引き連れ、弓術練習場に向かう。 夕暮れ時の『砦』は薄暗い。 なにせ、人が住んでいないのだ。 わたしが一人研究に没頭する為だけの場所。 飯や風呂は、騎士爵家の屋敷に戻るから、この『砦』には、使用人すら居ない。 稼働している設備は、わたしが作り出した魔道具が自立運転しているので、人の存在は必要ない。
人の目に触れない事が、事実の秘匿という側面に於いて、極めて重要な事だと理解している。
事情を知らぬ者からすれば、騎士爵家の三男は王都で錬金術に傾倒し、故郷に帰ってまでも道楽を貫いていると、そう思われている。 あながち間違いではない。 ただ、扱っている物が、この世界の技術水準や、開発思想を一足飛びに飛び越えているのが問題なのだ。
成せたのは、この世界に魔法が有り、わたしに伯爵級の内包魔力が存在し、『技巧』を天から与えられたからに他ならない。 偶然と云えるのだろうか。 誰かの意思なのではないだろうかと、幾夜も考えたが、答えは出ない。
本来ならば、わたしの前世の記憶は、役立たずの代物だった筈。
が、一部知識はこのようなモノを作り出すに至る。 『科学』という土台が全くと言って異なる世界で、わたしの『手』で作り出した物は、正にオーパーツと云えよう。 よって、情報は極力秘匿する。 自身の行う、辺境騎士爵家の漢が持つ『貴族の義務』を遂行するためにのみ、使用するのだ。
危険なのだ。 本当に。 世界の常識を覆し、人と人の争いが、この世界の人の生存圏を消し去る事さえ想定できるのだ。 怖い…… ひたすらに、怖いのだ。
―――― わたしは、人を守ると決めた。
人を殺す武器など要らぬ。
『魔物魔獣』に対する力のみを欲するのだ。