――― 生残性の向上の為に ② ―――
訓練場に散開し、魔道具を被った『五年兵取り纏め』に追い回される『魔獣』役の兵達を見詰めつつ、爺はわたしに囁く様に言葉を紡ぐ。
「若様。 ” 『策』は、有る ” ……でしたな」
「爺、どうだろうか。 実戦で使えるかは今後の開発次第だが、良い線は行っていると思うのだ。 コレで、不意打ちの可能性がかなり緩和される。 魔力の貯め込みが少ない魔獣でも、その個体数が見て取れる。 魔物であれば、赤点は輝度を増す。 脅威度も、これで判明する」
「成程…… 索敵目的となれば、十分作戦の役には立ちましょうな。 成程」
「武人の蛮用にも耐えられるように、簡素な造りを目指した。 操作も二つ。 理解出来ないものは居ないと思う。 もし、彼等の中に『獲物検知』などの ” 狩人の技巧 ” を持つ者が居れば、優先的に索敵兵としたい」
「相乗効果も狙えるという事ですかな?」
「目の良さと、動体視力は、技巧持ちの発育が群を抜く。 なにせ天より与えられた祝福なのだからな。 どうかな?」
「善き事でしょう。 あの五年兵…… なかなか遣りおる。 既に五名を確保したな。 残りは、別の五年兵と云う事ですか」
「良く見える眼を持っているな爺。 その通りだろう。 精兵たる五年兵達は、隠密やら隠形やらを駆使しつつ逃げてはいるが、持っている屑魔石が、彼等の姿を顕わにしてしまっている。 だから、ほら…… 捕まえた」
「これは…… 今までの戦術を再考せねば成らなくなるほど画期的とも言えましょう。 ですが、どれ程の時間、連続運用できますかな。 一刻ですかな? それとも、もっと短い? 作戦途中で使えなくなれば、いきなり目を塞がれてたも同然ですから、懸念が有るとすれば継続使用時間で在りましょうな」
「まる一日は試験した。 それでも、十分に『蓄魔池』は持ったな」
「なんとッ! 一日も…… ですか。 それは、凄いですな」
「ただし、コレを使用できるのは、魔物魔獣に対してだけだ。 人に対しては使えない」
「先程の問答ですな。 人に対して使おうと思っても『内包魔力』は見えないと。 見えるとすれば、その者が魔石を携帯していた場合のみと。 簡単に対処できますでしょうな。 若様、その御考えは、辺境の『特殊性』がそうさせましたかな?」
「爺には言っておく。 わたしの『主敵』は魔物と魔獣だ。 敵に人は含まない。 言葉を交わし、意思を交わせるのならば、戦闘を回避する事も出来よう。 徒に『武力』を行使する事は、この『魔の森』に覆われた 『この世界』で、その狭間に暮らす『人』を滅する可能性が大きすぎる。 対人、対国の本格的な戦争は、わたしの行使する魔道具の範疇外だと認識している。 わたしにとって、騎士爵家にとって、『脅威』は、魔物魔獣だけで良いのだ」
「……成程。 辺境の武人たる者の『矜持』と『現実』という訳に御座いますな。 若様。 この爺、理解いたしましたぞ」
「ありがとう。 さて、そろそろ、全員を捕縛したようだ。 状況終了を知らせるべきだな」
「御意に」
検証の結果はマズマズと云う事。 致命的な欠陥も報告はされて居ないが、全面的な使用に踏み切るのは、まだまだ先の話だとしみじみ思う。 自分だけで考えた仕様では、不具合が出て来るのは自明の理。 皆と話し合いながら、改良を続けていくことが肝要だと、そう思う。
まぁ、最大の問題点はその見た目で有る事は、間違いない。 件の『五年兵の纏め役』も、機能は申し分ないが、これでは仲間に魔獣と間違われてしまうとの指摘を受けた。 その報告を受け取った時、肩を竦めて何も言えなかった。 内心漏らしたのは……
” そりゃね…… そうだよね。 ” である。
その辺にあるモノで、適当なモノを選んだだけで在り、それが最終形態であるとは、一言たりとも言ってはいない。 見た目の悪さも、機能を重視して貰えないかと考えただけで選んだのだし、そういう意見が出るのは当然だと思っている。
一応は、別の形も考えてはいた。
だから、次の『試作六号機』は、そっちに寄せる積りでも有る。 使用するのは、魔獣の頭蓋では無く、『王国軍の正規』の装備である、重装歩兵の兜だ。 正規装備を流用するのだけれども、見た目は格段に良くなると思う。 もう一つは、通常の視界が左側半分と云うのも不満点と云われた。
”切り替え式に出来ないものか” ……と。
戦場に居る兵の視界を閉ざす事は、死活問題と成る。 故に、通常は普通に見えた方が良いのだと。 索敵が必要な時に、両目で索敵をする方が、普段の視界との兼ね合い上、素早く現場全体を認識できるらしい。
盲点だった。
判った。 その辺も改良点として置く。 重装歩兵の兜に付随する『面体』に仕込めば、必要のない時は跳ね上げて置けるし、必要時は面体を下ろせばいい。 うん、その方向でいこう。
―――― § ――――
「指揮官殿。 あの……」
「なんだろうか?」
新型を開発できるまでは、不格好な試作品で様々な戦術を構築するということに成った。 兵達は兵舎に、そして五年兵と爺はわたしと共に『砦』に集めた。 そこで、今後の戦術構築についての話し合いの場を持ち、出来る事と出来ない事を擦り合わせて行く事とした。 試験結果が目覚ましく、五年兵達は直ぐにでも使用したいと、そう上申してきたからだった。
様々な運用の方策を語り合う。 戦術を根底から見直す事で、兵の損耗を抑える事が出来るのだ。 今までは、『暗闇の中』手探りで進むようなモノだった。 遭遇戦も頻発し、背後からの奇襲すら稀では無い。 しかし、魔物魔獣の所在が判明していれば上手く避けて進軍する事も、魔物魔獣の個体特定も容易になる。 魔法学院騎士科で学んだ『浸透作戦』という軍事行動をとる事も可能となった。
様々な作戦案に対し、魔法学院騎士科の座学で学んだ『戦史』『戦闘詳報』についての知識を駆使して、作戦案に修正を加えていく。 爺にしろ、五年兵にしろ、わたしの軍事知識の豊富さを改めて認識してくれた様だった。
そんな中、『五年兵の纏め役』が私に尋ねたのだ。
「……この魔道具なのですが、魔物や魔獣対策に特化していると判断いたします。 それと…… 指揮官殿は、なにか『御隠し』に成っているのですか?」
「どういった意味なのだろうか」
「この魔道具を使用したのは小官ですが、コレは…… その…… 何と言いますか、何かの用兵を前提に組まれた魔道具だと思いました。 確信はありません。 只の『直観』です。 思い過ごしかとも考えますが、どうもその疑念が拭いきれません」
「そうか。 『直観』か。 ……気が付いたか。 流石は次兄様が鍛え上げられた『五年兵』だな。 本来ならば、もう少し先に披露するつもりだったが…… 少々この場にて待て。 わたしの『隠し事』を、見せてやる」
皆が一様に訝し気な表情を浮かべる。 午後に披露した『索敵魔道具』でも十分に驚かされたのだ。 それが、用兵に於ける革新の一端だとは理解していたかと思う。 しかし、それが新たな戦術の前提条件と成っているとは、件の五年兵以外は、完全に想定外だったようだ。
―――
集った者達を待たせ、研究室に戻る。 其処に『例の物』が、厳重に秘匿して保管してあるのだ。 故郷に帰ってから、まだ一度も封を解いた事は無い。 木箱に厳重に封じ、結界すら用いて保管してあったのだ。
不特定多数に知られる事は、本当に危ういのだ。
五年も魔獣対策に従事していると、目の前の危機以外にも気が回る様になるのだなと、感心する。 有体に云えば、『索敵魔道具』は、構想の一環でもある。 どんなに有能で勇敢な兵でも、数多くの魔物や魔獣に囲まれてしまえば、身動きが取れず、いずれ損耗し死に至る。
一人で…… 少数のパーティで、自分の生活を懸けて戦う冒険者とは違うのだ。
あちらは、自身の習熟レベルについて常に認識をして、さらに冒険者ギルドに於いて、レベルに見合った仕事を請け負ったり、勝てる相手を選ぶことが出来る。
――― 我等は違う。
『初期情報』がほぼ無い状態状況で、その初期情報を得る手段として、自身の目を通して『事態の把握』に努めねばならない。 相手の脅威度も、種類も、数も…… 何もかも未確定なのだ。 故に、自分達の能力を大幅に超える魔物の出現にも『対処』せねば成らないし、本来ならば『少人数での行動』も差し控えるべき事でも有る。
『遊撃部隊』と云う特殊な作戦部隊であるから、それも難しいのだが……
要は仕事場所の違いなのだが、多くの者達にとって、その区別をつける事は難しいのだろう。 街中で高名な冒険者を崇拝するような言葉を聞くに、少々残念な気持ちになる事も有る。 対峙する危険の種類が違うのだから、そこは理解して欲しいと思ってしまうのは、贅沢であり驕慢なのだろうか?
おっと、横道に逸れた。 勘の良い五年兵に応える代わりに、準備していた銃器を取りに行く途中だった。
未だ木箱の中に厳重に梱包して保管していたのは、時期尚早だと思っていたからだ。 全く違う武器体系の武具を見せるのは、侮りを受ける可能性もある。 それに、わたしが作り上げた武器は、魔物や魔獣特化の武器である事を、ちゃんと理解してからでないと、大事になりかねないのは、間違いの無い所。
故に、誰かが『索敵魔道具』の使用方法について、今日示した事とは違う使い方をする事に ” 気が付くまで ” 秘密にして置こうと思っていたのだ。
しかし、索敵魔道具を使った五年兵の勘は、そんな私の思惑を打ち砕く。 なにか隠し事をしていると、そう思わせるモノが、あの魔道具に有ったのかもしれない。
――― そうなのだ、当初、アレは別の意図から生まれたモノなのだ。