――― 願望の具現化 ① ―――
王都にて学んだ。 『研究』には、時間と…… 何よりも金員が必要で有る事を。
わたしが何の才も無い者ならば、騎士爵家に於いて徒食する者であっても良い。 郎党の中にも、内包魔力を持たぬモノも居る。 技巧すら、戦闘には全く向かないモノを授けられた者もいる。 ひたすらに努力を重ねようとも、其処には必然的に『差』が生まれる。 その状況ならば、『平凡』なる人生を送る事は、誰が見ても明らかなのだ。
しかし、わたしは『神』より、伯爵級の内包魔力と『工人』と『武人』を授けられた。 無為に生きたわたしが、流されるまま生きたわたしが、その安易な生き方を『許されなく』なったのだ。 辺境に於いて『才』を与えられた者は、その才を磨き鍛練し研鑽し故郷に貢献せねば成らない。
それが常識であり、それなくしては故郷は『魔の森に沈む』のだ。
しかし、その方法は『与えられし者』が、自身で見出さねば成らない。 何を研鑽し、何を周囲に与え、何に挑戦するかは、当人の『為人』なのだ。
この世界は私にとって『贖罪』の為に送り込まれた『世界』。
人が『生きていく為』の困難は前世とは比較に成らぬ程に過酷だ。 自分自身の事だけを考え、殻に籠り、ただ時間が過ぎ去っていく事を傍観できるような贅沢は許されない。 それに気が付いたのは、幼少の頃、市井で民草の子供達と混じり、『手習い所』での最初等教育を受け始めた頃。
民草も又、生きていく為の知識と知恵を得る為に、少なくない時間を学習に充てていたのだ。
友達と云える者達もその場で得た。 友人達は皆、十歳の誕生日に神殿にて確認を受けた時に、其々に『技巧』を授かり、その特性に合う様な職業を選択し…… 懸命に努力していたのだ。 そんな中、わたしは内包魔力が伯爵級も有る為、王都の魔法学院で学ぶ事となったのだ。
まだ、何をすれば良いかもわからぬ幼子ではあったが、魔法学院に在籍して勉学を修めていくうちに、” 騎士爵家 ” の男として、貴族の末端に連なる者としての見識を得る事が出来た。
そして、何が成せるのかが、見え始めたのだ。
郷里の安全と平穏を護る。 それが、『騎士爵家』に課せられた責務。 その責務は、わたしにも同様に課せられているのだ、と 理解出来た。 ならば、その責務を全うできる『知識と知恵と力』を付けねば成らない。 魔法学院での日々は、それが目的と成った。
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錬金塔での研鑽は、わたしに『新たな問題』を突きつけた。
末端貴族である『騎士爵家』には、余分な予算など無い。 魔法学院で学ぶ者達は、伯爵家以上の若者が大半だった。 級友として親しく交流をしていた故に、其処を失念していたのだ。 錬金塔に於いての研鑽には、金が掛かるのだ。
基本的な機材については、魔法学院が用意し設備として充実させている。 しかし、研究対象となるべき事柄で必要な実験材料などは、その研究を成そうとする者達が賄う事が義務付けられている。 研究に対し、真摯であるべきだという理由で。
級友たちは裕福な伯爵家以上の家格の出身者。 よって、彼等に掛けられる金員も潤沢なのだ。 必要なモノが有れば、業者に伝えるだけで良い。 支払いは彼等の実家がするのだ。 承認のサイン一つで、高価な機材や材料も手に入れる事が出来るのだ。
わたしは違う。 故に金を稼ぐ方策を、級友に尋ねたほどだ。
私は幸運だった。 級友の一人が欲したモノが、莫大な益を生んだのだから。 汲々とした金回りが、いきなり潤沢に成っても、わたしの心根が変化しなかったのは、級友たちの心根を見せつけられていたからかもしれない。
中高位の貴顕子弟は、財産の有無など歯牙にもかけない。 能力の研鑽に力を注ぐのだ。 家の為、国の為に、前に前に進む姿を見続ければ、自然とわたしも同じくなるのだ。 故に、王都で得た金員は、研究の為だけに使うと、そう決めたのだ。
故郷に帰ってからも、細々となれど、『研究』は続行して行こうと思っていた。
しかし、『先立つモノ』なくしては、実行力は薄い。 しかし、魔法学院錬金塔の旧友との友誼が、わたしに その余裕を与えてくれた。
奴が王城に納品した『冷蔵保管庫』。 奴は、販売価格の半分を私に支払ったのだ。 『特許権』は、故郷の魔道具屋が基本特許権を持っている。 そして、その特許権の使用権限を私は持っている。 つまり、正当な権利の元、対価を受け取ったという事。
大きな顔で、個人資産だと言い切れるだけの素地は有るのだ。 ただ、貯め込むのは、なにか釈然としないし、大金を動かさなければ、単なる金属の塊にしか過ぎない。 ならば、故郷の経済を回す為にも、大いに使わなければならない。 経済という生き物の血液たる金は滞留すれば、経済を殺してしまうのだ。
それに、わたしには強い願望が有るのだ。 ただし、それを実現するには、多大なる投資が必要なのは明らかだった。
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まず手始めに、 王都に居る級友に手紙を出した。
彼の持つ『魔力遮断塗料の特許権』の『使用許可』を買い取った。 法的に大手を振って罷り通るには、絶対条件でも有る。 これなくして、わたしの大望は叶えられる筈も無く、早々に着手した。
また、郷土の石工組合へ、作成した設計書通りのモノを作成する事を依頼したり、はたまた、郷土の地に設立されている冒険者組合への収集常設依頼を掛けたりもした。
必要なモノを賄うには、相応の金穀が必要なのだ。 冒険者組合には、森の浅層域に散乱している、屑魔石の回収の仕事を出した。 冒険者達は、狩ったは良いが価値の無い屑魔石を、その場に捨てて帰還する事が多い。 それをやられると、森の中に屑魔石が蓄積する。
それが、新たな魔物魔獣の誘引の原因ともなるのだ。 ” 掃除 ” の必要性は予てからの懸案事項。 しかし、その予算が取れずにいた。 わたしにとっては宝の山。 屑魔石はいくらあっても追い付かなくなることは判っていた。 よって、冒険者組合への常設依頼として、屑魔石の回収を出した。 冒険者達の小遣いに成る報酬を提示した。 駆け出しにとっては、良い収入源となるだろう金額を値付けした。
まぁ、色々とそんな事をしていた。 必要なモノをそろえる為の大事な投資でも有る。
主眼は、王都魔法学院 錬金塔で考案した事柄を、此処辺境にて大々的に運用する為の処置だった。 実験場所…… と云うか、研究場所はとても良い場所が有るのだ。 そう、全てを捨てて故郷を出た大叔父の館。 その性格から『魔の森』の近隣に建てられた、とても頑丈な砦とも云える建物が、ほぼ伽藍洞で放棄されていたのだ。
父上の許可の元、その館を徹底的に改修した。 辺境の大工組合に属する人員の大量動員は、地域経済に打撃を与える為、わたしの『錬成魔法』頼りとなり時間は掛かってしまったが、それなりの場所を確保する事は出来た。
最初に量産準備を成したのは『魔石粉』と『魔晶粉』。 銃器を使用するにも、潤沢な弾丸を用意せねば単なる金属の棒と成る。 それに、『蓄魔池』を生産するにも、その二つの物質が無くては、如何ともしがたい。
処理に困っている、屑魔石は直ぐにでも集まる。 魔晶に至っては、廃棄場所に山と積まれている。 後は、石工組合に依頼した高強度の石材が素材の巨大石臼が出来上がるのを待つのみ。 大叔父の邸は、『砦』と呼称変更した。
級友に使用許可を願った『特許権』は、奴の開発した『魔力遮断塗料』の製造使用権限。 流石に巨大工場とも云える場所に、大量の魔石を集中させると、魔物魔獣の誘引効果が懸念される。
それを解消するために、石臼を設置する部屋には、『魔力遮断塗料』を全周囲六面に塗布し、魔力の拡散を防ぐ目的があった。 色々と改良する点もあるが、おおむね満足のいくモノを作り上げ、石臼の搬入を待った。
それと同時に、王都から引き揚げた自分の研究成果物は、別の場所に設置する。 使い慣れた器具を使い、この地でも王都と同じモノが錬成出来るかどうかの確認の為だった。 よって、わたしは騎士爵邸と、『砦』の間を足繁く通う事になった。
いや、訓練と、生きる為に必要な時間以外は、ほぼ『砦』に居ると云っても良い程だった。
兵達の実戦化に目途が立ってきたのは、あの父上の決断から二ヶ月程の時間が経過した頃だった。 わたしの方の準備も粛々と進め、巨大石臼の設置、屑魔石と魔晶の集積、石臼を動かす為の魔道具の開発と実働化。
そして、『魔石粉』と『魔晶粉』の量産化に漕ぎ付けていた。




