――― 分岐点 ―――
◆ 流されるモノからの脱却
そんな世界で、『騎士爵家』と云う家柄は、貴族と民草の間にある爵位。
魔力を内包した身体と、『技巧』を併せ持つ鵺の如き人達。 元を正せば、内包魔力を持たぬ、戦う事に有用な『技巧』を持つ力を持つ民草に、下位貴族の連枝が降嫁したり、入り婿として血が混ざった結果の階層。
異界の言葉を借りるならば、土着の地方豪族。 強大な魔法を行使出来ない泥臭い戦いと、武の『技巧』を以て、血生臭くも誇り高く、一所懸命の心根で、郷土を愛して護り抜いて来た存在。 嘗て所属していた社会の、歴史的事実から云うと『地侍の家系』と云えば、自身の中では通りが良い。
最初は軍事力。 ついで地域経済力。 『力持つ少数の者達』と『持たざる大多数の者達』との間で、両者の言い分を聴き、調整する役目が『自然発生的』に与えられた階層。
―――― 国家の意思を民草に伝え支配する為の道具とも云う。
それが騎士爵家となる。 任命は国王陛下に『封土』を与えられた『領主』の裁量。 純然たる貴族である準男爵家とも違う、世襲の爵位。 領地は持たぬ代わりに、自身の兵を養う事は認められている。 商家と同じように、商いを興し、奥向きがそれを差配しつつ、自家の兵を募り、鍛え、脅威から自身の住まう場所を護る。
そんな者達が、領地貴族の裁量により、騎士爵を戴く。 領地は無いが、自分が住まう場所を護る為の武力を持つ集団。 国には、重要視されない辺境の貴族未満の肩書だった。
実際、最底辺の貴族には、準男爵家と云うモノもあった。 色々な柵により成立する準男爵家は、いわば貴族社会の不要物の結実。 一代限りの貴族で在り、その子孫は貴族籍を持たぬ者と成る。 まぁ、領地貴族家の御領に於ける、便利遣いとなるべき者達と云う事だ。
汚れ役や、徴税官の下働き、対魔獣魔物戦に於いては、剣を手に魔法騎士達の肉の壁にされる様な、軽い軽い身分の者達。 ほとんどが独身を貫く羽目と成る。 準男爵…… は、『家』として、体裁をなしていない。 戦争が勃発し、国軍の一般兵を纏める役目を仰せつかるのが、唯一の出世の道と云われている。
騎士爵家は、その地に根付き、民草の生活を間近で見続け、その安寧に心を配る者達。 王国の貴族制度の端っこにあるとはいえ、其処には確かな郷土愛と武人の矜持が有るのだ。
が、それは、あくまで辺境に居ての話であり、同じ末端の貴族家として、『階級の違い』と云うモノは、その視点に大きな差異を生む。 故に、中央の貴族達からは『騎士爵家』は、ほぼほぼ庶民として認識されている。
そんな騎士爵家の三男として生まれた私は、ありていに言えば庶民としか言えぬだろう。 しかし、社会の階層からすると、支配する側の最末端に位置する者でもあった。 実質的には『庶民』とは言え、最下層、末端の貴族階層と成る私は、半分は支配する側に属している事実だけは変えようがなかった。
故に、貴族家としての『支配権』を確立する為に、一般の民草とは違った教育を受けるのは必定。
兄上達と違う所が有るとすれば、母上が主導する、生家の生業を補助する為に、主に算術やら法律やらマナーを重点的に学ばされた。 騎士爵家の男とすれば、不満も有るが、武よりも商に寄った学習の方が、未来に役に立つとの判断が有ったのかもしれない。
上の二人の兄達は、とても優秀であった。 騎士爵家と同じ様に、半分支配者階層に入っている、街の有力者の子弟と共に、『支配者側の考え方』をしっかりと学び、領主たち貴族の上意下達を体現できる有用な人材と成るべく研鑽を積んだ。 良く武も修め、実戦指揮官となるべく教育された。
その上、 高圧的、絶対的な『命令』を、その趣旨を『命令書』の行間に読み、噛み砕いて民草に伝える。 そんな役目すら与えられる。 優秀なる『文官』的能力を保持できなくては、騎士爵家の男とは云えなかった。 貴族家の者達とは真逆の資質を要求される騎士爵家は、世襲でなくてはならないのだと、改めて認識できた。 教育の賜物と云えよう。 それを、よく理解して、研鑽に邁進する兄達を、わたしは素直に称賛していた。
そんな中で……
私は…… どうも、前世の記憶が邪魔するのか、自身の未来をどうするのかと云う『熱烈な意思』も無く、淡々と教えを受け学ぶ事にしか興味を示せなかった。 前世に於いて、学ぶと云う事の重要性は、たぶん、誰よりも理解していると思う。 無知は罪だ。 熱意が無いのは、前世の『諦観』に起因する事なのは、判り切っていた。
十歳を迎える頃、私の評価は良くも悪くも普通。 特に目立った容姿も無く、身体は頑健なれど、特筆するような武人としての才能も無く、ひたすら只人と云う評価を戴いた。 家族には愛されてはいたが、三男と云う事も有り、必要な教育以外は、なかなかと手が回らない。
愛情を受けられなかった訳では無い。ただ、家族は辺境と云う場所で生きていくのに、とても忙しかっただけだ。騎士爵家は、その立ち位置から様々な雑事が持ち込まれる。有能なる父、そして兄達を以てしても、雑事は減らず、私に割ける時間が相対して減るのは自明の理なのだ。私自身もきちんと理解している。故に寂しく思う事も無く、当然であると理解していた。
―――― そして、迎えた十歳の誕生日。 その日、全てが変化した。
王国に産まれた者ならば、教会に於いて自身の内包魔力と技巧の確認を行う事が義務付けられている。 余りに忙しい家族には、特に祝ってもらう事も無く、淡々と朝の『おはよう』からの生活が始まった。
今日が十歳の誕生日と自分では理解していたので、家令に教会に出向く事を告げてから、邸を出た。 家令もまた、忙しく、三男の私が行く先を告げて邸を出るのは、よくある事。 多分、彼は教会での確認の為に出向くとは思ってなかったのだろう。
” そんなものだよな ”と、思いつつも、誰かが付添うでもなく、一人で教会に出向き、そして、確認を受けた。