――― 騎士爵の内心 ―――
幸せそうな お二人と共に、父上の執務室に向かう。
途中、執事が目を見張り驚く姿、家政婦長が思わず涙を零し、取り出したハンケチで目元を拭う。 そうか…… 成程、以前からそういう『雰囲気』には有ったという事か。 家人達の懸念は、兄上と義姉上の、身分違いが問題だと、そう皆が思っていたのだな。
『根』は、もっと深い場所に在ったがな。
家人達は忘れているだろうが、騎士爵家の嫁は、身分を問われない。 軽い…… 本当に軽い身分なれど、だからこそ、其処に確たる『愛情』や、『思慕』が存在するのだ。 父上にしても母上にしても、先代様の『肝煎』とは言え、二人が納得しなくては婚姻迄は、進まなかったと聞く。
今でも、お二人の仲は睦まじいのだ。 これが、愛情と云うモノかと、愛を知らぬ ” わたし ” は、憧れに似た気持ちを持っているのだ。
ならば、コレでいい。 コレで、良いのだ。
―――
父上の執務室前に到着し、先行していた”わたし”が、扉を開き中へと入る。 わたしの姿を見て、少々驚かれるのは、きっと私が『正規の礼服』を着用しているからだろう。 それも、かなり高価なモノである事は、商会を営む母上には一目で理解出来ようもの。
何時もの如く、ほぼ無表情での わたしの入室に、長兄が部屋を出る為の説得に ” 失敗したか ” と、落胆の表情を浮かべる父上と母上。 しかし、背後から続いて入室してくる長兄様の姿と、その側に立つ女性の姿を確認して、驚愕した表情を浮かべられた。
「……長らく、ご心配をお掛け致しました。 身体は…… 普段の生活には問題が無い程、快癒いたしました。 弟の帰還報告に付き、此方に参りました。 入室の御許可を戴けますか?」
「何を言う。 お前は我が継嗣だ。 この執務室に入る許可など必要ない」
「……ですが、わたしにはもう、戦う術は有りません」
「…………知っておるわ。 それでも尚、貴様は我が騎士爵家の継嗣なのだ」
ふむ。 心を取り戻された長兄様を見て、父上は肚を決められたらしい。 次兄である ” ちい兄様 ” も、それに異存はないようだな。 母上は悲痛な面持ちを保ちつつも、なにかしら御考えがあるようだ。 ならば、ここで、騎士爵家として『貴族としての在り様』も提示しておかねば成らない。
ゆったりとした口調で、皆に帰還の挨拶を行うべく言葉を発した。
「まずは、お座りください兄様。 義姉上も、御一緒に。 皆様、王都より無事帰還いたしました。 王都で『貴族の在り方』を学び、内包魔力の操作を習熟し、騎士科に於いて研鑽も積みました。 これでようやく、皆様のお役に立てる目途が立ちました。 改めまして、敬愛する家族の皆様、只今戻りました」
わたしの口上に、皆が、一様に頷いて下さった。 『帰還のご挨拶』は定型句でも有る。 成した事を簡潔に述べ、家族に報告する。 マナー通りの口上でも有った。 其処は、言葉を飾らず、簡潔に述べるにとどめる。 事実、ここからが本番なのだ。 口上もそこそこに、次なる事柄に移る。 そうなのだ。 騎士爵家としての大叔父への対応を確定せねば成らない。
「父上、わたくしが王都より帰還した事により、状況は変化致しました。 王都にて『貴族の在り方』を具に見て参りました、わたくしにとって、今の我が家の状況は貴族の家と致しましては、異常とも言えましょう」
「異常だと? 何の事だ」
判っている筈の、現在の苦境の元凶。 それをワザと韜晦しようとしている父上。 きっと、父上はこのまま有耶無耶にしつつ現状を維持されようとしている。 判らなくも無い。 辺境の厳しい現実に対し、戦闘力を持つ兵士を失う事は、安全保障に重大な瑕疵を齎す事になるのだから。 しかし、それとこれは別の話である。 貴族の体面を重んじるのならば、心を決せねば成らぬ時も有るのだ。 だからこそ、敢えて指摘する。
「大叔父上の事に御座います。 状況を鑑みますと、魔物魔獣の襲撃が大本の今回の騒動。 しかし、叔父上は、その身に受けし『任務』を遂行しているとは断じて言えません。 それは、正しく郷里に対する裏切りとも云える所業。 王都で同じような事をしようものなら、まず首は落ちるでしょう。 さらに罪を重ねたるは明白。 騎士爵家の継嗣の奮闘に対し、なんら助力する事も、状況を詳しく知る努力もせず、己が地位に胡坐をかき、事も有ろうに兄上への罵詈雑言。 我等が血統が騎士爵家に能わずと、声高に街中で喧伝しているのでしょう? それは、正しく主家への『反逆行為』に他なりません。 自身がその地位に座る為の『大逆』と云っても、間違いは御座いません。 あの大叔父上の事ですから、周囲に対しての『根回し』などする筈も御座いませんし、事実、『力こそこの地を統べる者の一番重要な資質だ』と、公言しておられる」
「…………それは、そうだな。 続けろ」
「はい。 王都では、大叔父上が成す様な事は、すぐさま鎮圧されましょう。 畏れ多くも国王陛下がお膝元では、決して許されざる仕儀に御座います。 直ちに衛士に拘束され、裁判もソコソコに短期間のうちに首が堕とされる事、間違いないでしょう。 が、現状とこの王国辺境部であり、『魔の森』の近傍に位置する我らが故郷では、個人の持つ『戦闘力』が重要視されるのは否めません。 譜代の旧臣、一族郎党が命を懸けて護った事もまた事実。 大叔父殿とその一派の事跡は正当に評価する事は、当然でしょう。 しかし、それとこれとは話の質が違います。 王都にて学びました私は一つの『解決策』を、思い浮かべる事が出来ます」
「 ” 解決策 ” など…… 有ると云うのか?」
「ここで、曖昧に処断せず捨て置けば、深く大きな『禍根』となり、いずれ我が騎士爵家の『禍の胤』となりかねません。 罪に対し罰を与えねば、『信賞必罰』の原理原則が崩れ去ります。 我が騎士爵家は、最末端とはいえ、貴族籍を保持しております。 貴族とは面子を重んじる者達でも有ります。 面子失わば、貴族たる矜持もまた失いかねません。 『貴族たる矜持』を胸に生きねば、民草を守る事も出来かねます。 民草からの『求心力』という点に於いても、断固とした意志を見せぬ者に、誰も付いては来ません」
「生意気を言う。 ならば、その『解決策』とやらを申して見よ」
怒気を孕んだ父上の言葉。 思い悩まれ成らぬ堪忍を、ひたすらに抑えてこられたのだろう。 父上が信頼を置く、大切な御身内でも有るのだ『大叔父殿』は。
わたしは、一息入れた。
此れから述べる事は、周囲の状況と我が騎士爵家の在り方を端的に顕わした策でもある。 利点は、面子と矜持を共に満たし、さらに未来への光を置く為にすべき事柄。 脅威に対し十全に対処できるようにしつつも、兵の世代交代をも考慮に入れた策なのだ。 欠点は、当面の間…… 民を護る為の軍事行動が困難となる事。 騎士爵家の兵員の多くが大叔父殿にも忠誠を誓う、戦闘力を秘めた古兵達なのだ。
しかし、わたしが錬金塔で研鑽した事柄を実戦に持ち込む良い契機と云えよう。 続く言葉に力を込める。
――― 肚の底から出した声で、『未来を掴むための方策』を、父上に献策するのだ。