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―――  敬愛する者達 ―――


「事の起こりは、三月前。 街の北東の『魔の森』に於いて、魔獣の増大が確認された事から始まる。 小型種では無く、中型種に混じり大型種の魔物が『浅層の森』に出没し始めたのだ。 魔物暴走(スタンピード)が懸念され、先行して物見が実施される事となった……」



 ちい兄様が話す内容は過酷を極めていた。 街の北西にある魔物の森の『浅層の森』は、比較的脅威度の低い場所であり、多くの者達が生活の為に足を踏み入れる場所でも有る。 狩人たち、村人たちが、獲物の為、薪の為、山野草の為、貴重な薬草の為、そして、一部冒険者ギルドの者達にとっては、魔獣を狩る為の狩場でもあった。


 通常は、小型の魔獣ばかりが出没する場所で、滅多に中型も出没しない。 そんな場所での魔物の集団発生。 中型はおろか、大型の魔獣まで出現したとなれば、暴走を危惧するのは当たり前と成る。 そして、その原因とされるのが、森の奥から魔物が溢れ出したと云う事に他ならない。


 魔物と魔獣の大きな差は、その驚異的生物が魔法を行使するかどうかの差だった。 魔物も魔獣も体内に魔力を保持する内臓器官が有る。 死した後『固化』した物が『魔石』である。


 そして、その魔石に貯められた魔力を体内循環して、驚異的な行動力を発揮する物が魔獣。 体外に『攻撃魔法』として発動できる物が、魔物となる。


 危険度は魔物の方が断然高い。 その差、約十倍。 同じ小型形態の魔物と魔獣では、対処に当たるには、相当な違いが有る。 先ず、魔物と戦う…… 撃退するには、魔法騎士の様に『攻撃魔法』を発動出来なければ、どうにも成らない。


 依って、魔物を観測した場合、すぐさまこの地を治めている、御領主様に緊急報を出さねば成らない。 そして、御領主様の判断で領軍が出動する事と成る。 極めて重大な判断であり、慎重を期さねば成らない。 領主軍が動くとなれば、相応の金穀が消耗される。 つまり、確実な目撃情報と実害が出るまでは、『緊急報』を出す事すら躊躇われる。


 ちい兄様は、自分が差配される部隊を以って、威力偵察に出向かれたそうだ。 確実に魔物の存在を確認せねば、領軍への通報も出来ない事を考えれば、当然と云えた。 だが、事はそれだけには収まらなかった。 



「俺が出動してから今度は、北西の魔物の森が騒然となった。 森に隣接する村に小型中型の魔獣が雪崩れ込んだのだ。 どうやら、小型の魔獣の集団移動の気配がすると、そう報告に在った。 父上は即座に兄上に出動を命じられた。 事態の収拾の為に、兄上は街の守備隊を残し、騎士爵家の御家人、郎党の主力を以て、北西の森に向かわれた……」



 我らが騎士爵家の御家人達は、三つの集団に分けられている。 一つは、ちい兄様が差配する、威力偵察を主眼とする、遊撃部隊。 一つは御継嗣である長兄様が差配する主力。 もう一つは、我等が郷里でもある、この街を中心とした、騎士爵家の主要な支配地域を守護する、守備隊だった。


 守備隊の指揮官は、伝統的に騎士爵本人(父上)が就任しているが、部隊の差配は騎士爵位保持者の近親者がその指揮を受け持っている。 今は大叔父が、その任に就いている。 先々代の弟君で、勇猛果敢で血の気の多い方。 先々代、先代の時代には、主力を任され大いに魔獣を狩った方。


 今でも、相応の力を持っておられ、内包魔力は男爵~子爵級。 良く魔法も行使され、広域魔法は無理でも、単体火力に優れた『火炎魔法』の使い手だった。


 しかし、その方には『問題』も有った。 


 その力に酔いしれ、配下の者達もそれに倣う。 街から遠く離れた『魔の森』の中ではそれでも構わなかったが、街中では余りにも粗暴なのだ。 血の滾る戦いの中で育まれた第二の本能とも云うべきか。 自分以上に強い人間は居ないと云う自負心か。 父上に騎士爵が継爵され、父上により『守備隊の差配』を任命された頃から、その驕慢な程の自負心が周囲の者達の悩みの種と成っていた。


 ちい兄様は、静かに言葉を紡がれていた。



「……私の方は、中々『魔物』が見つからない。 かなり奥まで森に分け入ったが、それらしき魔物の影は発見できなかった。 魔獣に関しても、俺達に報告してきたような大型の魔獣は存在していなかった。 実際は、中型の魔獣の狩場の移動…… と、考えられた。 偶に有るのだが、今回は『本物の危機』と、時を同じくしたのだ。 北西の森に出動した兄上が出くわしたのが、『本命』だったのだ…………」



『本命』と云う言葉。 つまりは、魔物が魔獣達を追っていたと云う事だな。 森の中はまさに弱肉強食が罷り通る場所。 森の奥から魔物が出現し、減った腹を満たす為に、魔獣達を喰い散らかす。 小型の魔物が、中型の魔獣を襲い、屠り、喰うのは当たり前の光景。 パニックに陥った魔獣達が、一斉に反対側に走り出すのは自明の理だった。


 それが、魔物暴走(スタンピード)


 ちい兄様の出向いた北東の森からの情報は過大評価。 長兄様の出向いた北西の森からの情報は過小評価。 そう云う事だったのか。 斥候の在り方や、情報伝達の誤謬により、想定外の事態に長兄様は巻き込まれたと云う事だ。 



「兄上は善戦された。 予想外の魔物の襲撃。 周囲は魔物に喰い散らかされ、怯え、狂乱に陥っている魔獣の集団。 高々、騎士爵家の戦力ではどうにも…… な。 兄上も、その事は重々承知では有ったが、背後には無辜の民が暮らす村が有る。 連絡兵を出し、後続に望みを託しつつ、魔物や魔獣を狩るも、多勢に無勢。 戦力は削り込まれ、負傷者多数。 北東の森の安全を確認した遊撃部隊は踵を返し、兄上の救援に向かったのだが……」



 沈痛な面落ちのちい兄様。 最悪を想定した。 今も、この場に長兄様はいらっしゃらない。 父上も、母上も憔悴の色が濃い。 ならば…… そう云う事か……


 そういう事なのかッ!!


 なにも報いてはいない。


 何も出来なかったッ!!


 雑だが暖かい愛情を注いで下さった長兄が、もう、この世には居ないのか?



 絶望と後悔が綯交ぜになった感情で、昏い視線を次兄に向けた。 兄上の最期の様子を聴かねば。 愛する兄弟が如何にして戦ったのか。 そして、其処で何が有ったのか……



 わたしには、詳細を聴く義務が有るのだ。





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― 新着の感想 ―
せめて大怪我くらいでなんとか…
何故このような展開に爆笑している応援アイコンを付けられるモノが2匹もいるのか・・・
えーー!!!尊敬してる良い兄ちゃんだろうに……
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