表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/216

終幕 辺境武人の子




 国王陛下は、王妃殿下と共に、専用の扉から退席された。




 第一王子殿下、公女様、更に準王族たる大公家の皆様も一様にその後に続く。 高位貴族家の方々も、別の扉より退出された。 各家の御当主様方、そして、その家門に輿入れされる予定の御令嬢方、さらには、そのご家族も。 アイツも又、粛々とその列に加わっていた。


 きっと、今の宣下に自身の未来を見て、気分が悪くなるほどの重圧を感じているのだろうな。 アイツの御婚約者殿も突然連れてこられた場所で、自身の未来が決定するなど、思っていなかっただろうしな。 あれは…… 揉めるな。 きっと、揉める。 だがまぁ、アイツの事だから、軽薄な(ツラ)を晒しながらも、きっと良い方向に纏めるのだろう。



 そんな、嵐の後の様な場所に取り残されたのは、わたしのみ。



 事が重大事なのだから、たとえ関係者として招待して頂いたとしても、結局は小身の三男ならば、決して怒るべき事でも無い。 慌てているのは後宮女官長殿だけだった。 主要な方々が去り、側仕えの方々のみが残られたこの回廊(・・・・)で、わたしは何時まで居ることに成るのだろう。


 思わず後宮女官長殿に伺う。 視線だけでな。



「い、今、問い合わせを! 卿の事を、お伝え致します!」


「無理は禁物ですよ、後宮女官長殿。 色々と詰めねば成らぬ話も御座いましょう。 今は、此処を退出した方が宜しいかと。 そうそう、腰の物を御預けして宜しいか? いずれの方が、この衛剣をお渡し下さったのか、判りません。 任務に就く護衛騎士の面目を立たせて頂いた事に深く感謝を申し上げていたと、御言葉を添えて頂ければ有難いのですが」


「け、剣をわたくしにですか?」


「貴女の職位ならば、それも可能かと。 此処に王宮侍従の方はお見受けできません。 近衛騎士の姿も御座いません。 故にこの場の最上位の貴方に御預けするのです。 宜しいか」


「はい…… 承知いたしました。 必ず、適切な方にお渡しいたします」


「宜しくお願い申し上げます。 もう一つ、お願いしたい儀が」


「はい」


「このまま王城大広間に戻るのは、少々思う所もあります。 この建物から速やかに出られる道順をお教えねがえませんか?」


「…………承知いたしました」



 状況を鑑みて、後宮女官長殿は頷いて下さった。 わたしにしても、婚約者を放置した悪者にされた場所に戻るつもりは些かも無い。 好きに囀ればよいのだ。 ならば、早急に王城より退去し魔法学園の寮に戻るのが吉。


 その意を汲んで下さったのか、色々と便宜を図り、他の新成人達(貴族子弟達)から我が身を晒さぬ道を教えて下さったのだ。 その配慮に感謝を。


 佩刀(衛剣)を渡し、踵を返す。 なにやら言いたげな後宮女官長殿ではあったが、わたしには用は無い。 まして、その様な高位の職位を保持している方ならば、さぞかし高い爵位を賜っている筈なので、私なんぞが対等に口をきいて良い訳が無い。 まぁ、緊急時と云う事で、御話しさせて頂いたが、それもここ迄。



    ―――― § ――――



 後宮女官長殿に教えて頂けた順路を、足早に辿る。


 途中で、厨房方の近くを通り抜ける。 おや? これは…… 大広間に用意されている軽食で、時間の経ったモノや、手を付け量が少なく成ったモノを引いて来たのか? まだ十分に喰える物が大量に置いてある場所に出くわした。


 近くの厨房方に声を掛けると、私の礼服が王城関係者に見えたのか、正しい礼節を以て応えてくれた。



「これは…… どう処分されるのだ?」


「本来は廃棄となります。 が、今宵は量が多い上、一等厨房士の方々の御手のモノ。 配膳方、女給方、侍女様方が今後の参考にと、お持ち帰られるかと」


「成程、今後の参考に持ち帰れるのか」


「勿論、他の方でも、宜しいのです」


「ならば、わたしも幾つか持ち帰っても?」


「此方の紙箱をご使用ください。 その為に準備いたしております」


「では、幾つか。 ありがとう」


「勿体なく」



 良い事を聴いた。 朝から何も食べていないから、腹も減っていた。 それよりも、これから寮に帰って準備が出来次第、故郷に戻るのだ。 道中で食せるモノがあれば、これに越した事はない。 何箱か紙箱を頂き、軽食に供せられたモノをその中に詰める。


 ふむふむ、中々に良い感じだ。 酒瓶も視界に入る。 栓を抜かれ気が抜けた発泡酒らしきもの、出席者が手を出さなかった抜栓済みのワインだのが、テーブルの上に置かれている。 ふむ、栓も置かれていると云う事は、これも持ち帰りの対象か。


 ならば、酒好きの親父殿に一本…… いや家族で飲む為に何本か頂いて行こう。 王都、王城で供せられたワインだと云えば、相当に善き土産と成るからな。


 そうと決まれば、手早くそれらを集める。 常に持ち歩いてる大きめの布にそれらを包み、結び、手持ちの鞄の様に仕立てる。 これは…… まぁ、前世の記憶の一部だ。 従者など居ない私には、風呂敷が大いに役に立った。 故に、常に大判の風呂敷の様な布を持ち歩いている。


 包んだモノを持ち、早々に教えて貰った順路を辿る。 成程、王城の使用人達が用いる連絡路ならば、貴種には会わない。 伯爵家以上の内包魔力持ちの者とその家族が出席する『謝恩会』ならば、出席者がこの場所に来ることはない。 流石によく考えられているな、後宮女官長殿は。


 上手く、出席した貴族を躱し、建物を出る事が出来た。 その足で、元来た道をひたすら速足で帰る。 王城の門も難なく抜けられた。 入るモノには厳しく、出る者は其処迄厳しくは詮索しないと云うのは、本当の事だったのだな。


 まぁ、わたしとしては、その方が都合がよい。 ぶら下げている風呂敷包みに興味を持たれたので、断腸の思いで、ワインを一本衛士の方々に贈った。



「王城の警護、まことお疲れ様です。 一本ですが、謝恩会に供せられたモノを、衛士様方の献身に対する感謝として差し上げたく存じます」



 無難な言葉と共に渡すと、厳しい目つきの男達の目尻がいきなり下がる。 いやはや、親父殿を思い出してしまったよ。 兄上たちもか……  王城の高い城壁を抜け、一路、魔法学院の寮へ。 貴族街を徒歩で移動するのは、あまり居ない。 遣いを頼まれたメイド位なモノだ。 すでに夕刻。 閑散とした街路を足早に歩いても、帰路に就く者達の間に紛れる事が出来る。


 このような立派な礼服を着ていても、そこは、まぁ、事情が有るのだなくらいにしか見ないし、多分記憶にも残らない。 魔法学院の寮に戻り、早速着替えをする。 魔法学院から支給された服は返却した為に、自身が辺境より持って来た、兄上の御下がりを身に着ける。


 身体も大きくなったので、兄上の服が丁度良く、長旅の姿としては満点だな。


 沢山のメモや写本、様々な物品や嵩張るモノは、昨日までに辺境領へ帰る、商家の荷馬車に合積みを頼み、送っておいた。 今の荷物と云えば、革製の高価なガーメントバッグ(衣装鞄)一つと、小振りの旅行鞄一つ。 それと、風呂敷包みだ。


 寮の部屋は閑散としていた。 使用していた寝床を最後にベッドメイクすれば、貸し出された時と同じに成る。 うん、四年間ありがとう。 快適に過ごさせて貰った。


 すでに日は落ち、辺りは夜の帳が覆いかけている。


 駅馬車の長距離便が夜を徹して走る、夜行便には間に合いそうだ。 食料は持っている。 旅費はキチンと貯めていた。 寮、管理人室に自室だった部屋の鍵を返却する。 管理人も鍵を受け取り、返却済みのサインを入れる。 これで、この寮に来ることは無い。


 深々と頭を下げ、管理人の仕事に対し敬意を示す。 にこやかに、送り出してくれた。




「善き人生を送られる事を祈ります」


「貴女の仕事は常に完璧だった。 その献身に、最大限の敬意を。 貴女の人生に光あらん事を」




 言祝ぎを交わし、寮を出る。 星の瞬きが夜の帳が落ちつつある天空に、一つ、二つと掛かり始める。 晴れやかな気持ちと共に、長距離駅馬車の駅に向かって歩を進める。 乗れる馬車は有るだろうか?


 胸に、『大きな誓い』と、騎士爵家の漢としての『矜持と誇り』を抱き…… 



『辺境武人の子』として……




 ―――― わたしは、故郷への道程を突き進んでいった ―――――







                   第一幕 「辺境武人の子」 終幕。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
逃げ足バッチぐーw
置いてきぼりもアレだけど、 その後の脱兎が過ぎるんよw
いや流石にその日のうちに帰るとか 流れ的にそのまま護衛騎士に取り立てる気では⋯ 翌朝、使いを出して涙目だなw
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ