新たなる橋頭堡は、断崖に
副索の設置も順調に進む。蔓系の草木で編んだ簡易的なゴンドラも、幾度かの試行錯誤の後、小隊全員が完全武装にて乗れるほどの強固なものとなった。「大工」の技巧持ちが持つ技能と、私が錬金魔法を用いて作り出す素材が合致した結果でもある。軽く丈夫なゴンドラは、三本の滑空索により安定した運用を齎してくれた。
主索を頂点に、副索はゴンドラの下部左右に配置。主索には二か所に動滑車を設置してゴンドラを吊り下げるようにした。副索に回転子付の動滑車が装備され、ゴンドラ内に設置する「蓄魔池」から魔力を供給する。制御は極僅かの魔力で可能なので、「騎士爵級」かそれ以下の内包魔力の持ち主でも、運用も可能となった。つまり「探索隊」の兵達ならば、誰しもが使えると云う事だ。
汎用性と云う観点から見れば、コレは重要な事。各隊の隊長級しか運用できないとなれば、相当な制限が設けられる所だが、これにより柔軟な運用も可能となる。勿論、ゴンドラには【隠遁】【隠形】の魔法術式も施した。大渓谷を移動する際に魔物魔獣に気配を察知されない様にも工夫している。
発着場所は、前世の記憶を基にして、ロープウエイの乗り場を模した。誰も知らない私にとっては既知の情報。工兵達は私の言うがままに工作し組上げ、そして形を成した。結果、運用上、効率的な大型滑空索となったと思う。発着場も配置に気を配り、簡単には外部より襲撃されない様、様々な魔法術式を駆使して隠蔽した。動力源たる魔力は「蓄魔池」では心許ないので、隔壁の操作盤の「金属板」の裏側から、隔壁扉を動かす為の魔力線から引き繋いだ。
半恒常的に魔法術式は稼働し、強固な【隠蔽】を発動し続けるのだ。
此れが、安地側。 引き続き、大渓谷の反対側にも同様の処置を施して行く。最初の細い索道は、荷物専用とした。耐荷重が私の完全武装重量の倍が見込まれているので、その重量に見合う荷物ならば、ゴンドラを使わず常に使用可能とする。運搬して来た荷物の内、この場では作成不可能なモノを大渓谷の反対側に供給し続ける為にも必要だった。
しかし、既に時は夕刻に近い。大渓谷にも夜の帳が近づいて来た。徐々に視界は闇に閉ざされ、何もかもを漆黒に塗りこまれていく。手元すら怪しくなる。このままでは重大な事故に繋がりかねない。ならば、無理はせず、一旦作業は止めるが吉。
「一度、安地に戻る。 残余の作業は明日に。 皆、よくやった。この場に兵は残置しない。全員安地に戻る。収容は速やかに行え」
「「「 応 」」」
私の命令は直ちに実行に移される。皆も安全には十分に留意しているのだ。「探索行」に於いて、足元を固める作業は、次の進発の開始点を堅固にすると云う側面を持つ。足元が不確かな場合、その先の「探索」には不安が生じる。そう、帰還未達という「探索行」に於いて作戦失敗という結果に繋がりかねない。
現状、私が率いる部隊は、帰還が第一義になるのだ。どんなに新しい発見をし、知見を得たとしても持ち帰らねば何一つ達成した事には成らないのだからな。報告に繋がる様々な事象を記録してある魔石は少なくとも誰かが持ち帰らねばならないのだ。
たった一人でも良い……
とはいえ、それでは「探索隊」の指揮官としては失格だ。皆を連れて帰らねば、私の職務を全うしたとは言えない。依って、十分な安全策を講じなくてはならないのだ。命令は過たず遂行され、誰一人欠ける事無く皆が安地へ戻る。
既に外は闇に包まれている。光を漏らさば、幾ら此方の位置を幻惑したとしても、その効果は半減するし魔導院式の魔法術式でも誤魔化し切れなくなる。よって、皆を最終隔壁内に収容し隔壁扉は閉める事とした。すでにこの場所は安地として証明されているのだ。使わない手は無い。
輜重長が再度改変した金属板を作動させ、隔壁扉を完全に閉じる。 上手く、機能している様なのは重畳。しきりに扉の前で首をひねっている輜重長だが、古代魔導術式を私に手解いてくれたのは貴様だぞ?その事を誇りにするべきなのだよ。
「さて、今夜も温食となります。 昨晩もそうでしたが、引き続き鳥型の魔物肉により、温かく滋養の付く食事が用意出来ました。指揮官殿の頭髪と眉を引き替えにした事だけはありますな!」
「魔物の命を奪う罪深さは重々に身に沁みた。 それに、昨夜は喰い損ねた。味合わせて貰う」
「幾らでも。肉はたっぷりとれましたし、樹々の伐採時に猟兵達が良き森の恵みを採取してくれました。炊飯兵として、これ程の材料があれば、どのようにでも仕立てられます。さぁ、皆も喰え。喰って明日に備えて欲しい」
年嵩の炊飯兵は満面の笑みを浮かべつつ、巨大な鍋から鳥型魔物肉がたっぷり入ったキノコシチューを振舞い始めた。 飯盒を手に手に兵達が集う。 和やかな…… 一時である。 私も嬉しい。兵達には、『指揮官殿は『髪』と『眉』を豊穣の精霊に捧げたのだ、有難い』 ……とか云われるが、それもまた良し。そんなモノでこの情景が目に出来るのならば、文句は言わない。
「無茶は辞めて下さい。心臓が止まるかと思いました」
「そうか? そうだな。 指揮官の不明は謝ろう。 しかし、この兵達の笑顔には替えられん」
「指揮官が帰らずとなれば、兵達の顔から笑顔は消えます。 ええ、沈み陰鬱な表情となり、亡骸を捧げ持ちて帰還せねば成りません。その後の嘆きや苦しみは、想像に難くありません。その辺りをお考えいただければ幸いに存じます」
「………………君も、言うようになったね」
「自身を誤魔化す事は、もうやめにしたのです。私の懸念の最大の物は、指揮官殿が御自身へのご評価がとても低い事に有ります。投げ出す命は一つしか無いのです。その事を常にお考え下さい。すでに、貴方は貴方だけのモノでは無いのだと」
「耳に痛い言葉だ。善処しよう」
「有難く」
既に定席となった、私の隣で「我が佳き人」が小言を私にくれる。これ程までに心を砕き、直截に物事を口にする人は、数少ない。父上、母上、兄上達、今は無き爺…… 位なモノだった。だから彼女は、その方々と同じくらい私に近しい大切な人であるとも云えるのだ。
感謝してもしきれない。 私の弱点となり得るのは、きっと彼女なのだろうなと、その時確信する。心弱くは無いが、彼女が危険に晒されるような決断は極力したくない。出来れば『砦』や、辺境伯領が領都に居て欲しいと思ってしまう。だが、彼女はそれを良しとはしないだろう。私が無茶や無理をしない様に、間近で見続けるのだと、そういう気概すら感じてしまう。
愛されているのだなと……
不意に、実感を伴って心に刻み込まれる。前世では持ち得なかった、人との交歓。いや、愛する者を得たが故に起こる心の葛藤。この倖薄き、厳しい世界に於いて初めて…… 初めて得た生涯の伴侶なのだ。 彼女に幸せを感じて貰いたくて仕方ない。 だから…… だからこそ……
――― この探索行に於いて、足元を固める事
私自身が私に約するのだ。 最重要視しなくてはならない事なのだ。皆を無事に帰還させる事。危険の見積もりは、私にしか出来ぬ事。指揮官が指揮官たるべき事柄でも有る。危険極まりない『魔の森』中層域に於いて、警戒しすぎる事など無いのだから。
旨い飯を喰い、互いが互いを守りつつ、時は過ぎ去る。 危険極まりない「野営」とはいえ、この場は安地。ならば、その幸運を享受して身の保全をなし、明日への糧に変える。「探索行」はまだまだこれからなのだ。
中層域、深部にやっと手が届く所に来たに過ぎない。
大渓谷と云う、障壁は乗り越えた。
我等が道行は、始まったばかりと云えるのだからな。
―――
数日を掛けて、大渓谷両側の整備は終了した。拠点より運んだ荷のほとんどを使い、この場の整備が成った。 安地側と同じく、崩落部の外側に擁壁を立て外部からの侵入を拒み、天窓となる穴を穿ち、ゴンドラの発着場と資材搬入用の滑空索発着場を整備運用出来る所まで漕ぎ着けた。
立派な橋頭堡と云える。
最後の懸念事項は、杞憂とも云うべきほど、あっさりと解決された。 崩落部からの侵入と云う事で、何の抵抗も無く、金属板は私の練った魔力を受け入れたのだ。 深部側の最初の隔壁にも、同様の金属板は供えられていた。それに手を乗せ、私は祈るような気持ちで、練り込んだ魔力を送る。
長い年月放置されていたにもかかわらず、一連の古代魔導術式は私を保守点検主任と認めたのだろう。カチリと云う音共に、閉鎖機構が外れ、開閉魔導術式に到達した事が判明した。これで、我等「探索隊」は、此方側の隧道にも保守点検員として認識されたのだろう。
――― 幸運だったのだ。
ただ、ただ、幸運だったと、私は思う。 崩落部分からの侵入が決め手だったのだとも考えられる。 この考察は一度、朋や王宮魔導院の方々にも問うてみる方がよさそうだ。
一回の探索行にしては、十分すぎる程の成果は出たと思う。記録用の魔石ももう一杯だ。ならば、今回の探索行は此れにて終了とする。 これ以上先に進むには、物資が足りなくなる可能性が強い。還れなくなる前に引き返すのだ。
「皆、よく頑張った。 探索行は転進する。 帰還準備となせ。諸君等の献身に感謝する」
「「「「 御意に!! 」」」」
そう、まだ、始まったばかりなのだ。 これからの探索行こそ、『本番』と、云えるのだ。引き締めて行かねばならないのだ。 故に、帰還する。 大切な仲間を、無事に家族や大切な者達の下に還す事が、私の使命なのだ。得た知見から、より『魔の森』を理解し、『故郷の安寧に供せる情報』を辺境伯家に報告するのだ。
それこそ、『我が本懐』とも。云えるのだから………………
第三部 第一幕 前編 終幕です。
幕間を挟み後編となりますが、書き溜めておりませんので、少々時間が必要となります。
楽しんで頂けるように、頑張って綴りますので暫しお待ちを!
宜しくお願い申し上げます。