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未踏の領域

 

 道は開いた。 一本の強撚糸だが、人を拒み続けてきた巨大な大地の裂け目を越えた。「探索隊」にとって、大きな一歩となる。 滑車をいくつか用い、魔物由来の材料で作り上げた強撚糸を架設した。


 動滑車を組み合わせ、魔道具である「回転子」を組込んだものを、展張した強撚糸に懸架する。これにより、滑車は張った強撚糸上を走ることが出来るようになる、たとえ高低差が有ろうとも、それをものともせずにな。 こちら側と、あちら側では、こちら側が低い。 なんの動力も無ければ、上がる事は難しい。


 この大地の裂け目を「探索隊」の兵達が、集団で安全に渡過するには、現状では心もとない。 たった一本。 それだけなのだ。 さらに言えば、あちら側の固定点は弩の矢弾が撃ち込まれ、その弾頭部に仕込まれた、魔物由来の強粘着物質が固定しているに過ぎない。


 計算上の耐荷重は、探索隊の完全武装の兵達を運ぶには、心もとないにも程が有る。 ならば、強化は必須。



「これより、当初計画通りに、滑空索(ジップライン)の設置に移る。」


「意見具申!」


「なんだろうか?」


「計画では、おひとりで向かわれると、なっておりましたが、この状況では安全が確保できません。滑空索で移動中はもちろんの事、あちら側での作業中、魔物魔獣に襲われた場合、指揮官殿の背中を護ることに不安を覚えます」


「ん~ それは、事実だが、仕方ないだろう? 先行索は、この細い強撚糸一本だけだからな」


「しかし…」



 この施設立ち上げた輜重長が唸る。確かに魔物魔獣の襲撃も考えられるが、危険は織り込み済みだ。背中に私用の「銃」も背負っているのだ。銃身を従来よりも短くし、単発では無く三連射を可能にした改造も施している。前の世界の知識から云えば騎兵銃と突撃銃の間といえる。その性能は改造前の「銃」と比べ、精密狙撃能力は格段に落ちたが、携帯性と咄嗟射撃能力は付与できたと思うのだ。護身用に作り上げたため、部隊に配備するつもりはない。具申された意見を基に、押し問答している私たちのもとに、射手長(我が佳き人)が、冷徹に醒めた視線を私に投げかけながら近づいてきた。



「予備部品にて、自動滑車をもう一台作り上げております。 強撚糸の耐荷重は、指揮官殿二人分が完全装備にての滑走を基準としていたと、そして、その荷重に耐えられるとお聞きしました。あちら側の打ち込み(アンカー)も、強粘着物質により、基準荷重に対し十分な耐荷重を備えていると輜重長にお聞きしました。私が完全武装し増加弾薬を装備しましても、指揮官殿の重量には届きません。故に、御同行いたします。 先行索は、指揮官殿と私の重量に耐えられましょうし、指揮官殿が作業中の安全の確保が可能だと、判断できます。射手長として指揮官殿と同道する事を具申します」


「それは…… 」



 云い淀む私。 彼女の紡ぐ言葉は正しい。 状況を見て、何が最も安全を担保できるのかを考え発言している。私の古い記憶も云う“物理学的に間違いではない。安全係数内に収まっている。不測の事態は、いつでも起こるがそれを恐れては前には進まない”と。状況…… を考えると、正しい進言だと理解できている。出来ているのだが、激しく動揺してしまう。 一旦心を落ち着かせ、現状を考え続けた。 情動を理性が抑え込むまで時間を要したが、決断を下す。



「 ……具申された君の意見は正しい。私が作業をしている間、私の背中を護ってくれるか?」


「小官の任務の一部であります。喜んで」


「……そうか。ありがとう、感謝する。では、準備を始める。輜重長、良いか」


「整備には自信が有ります。 ですが、あちら側では何が起こるか分かりませんのでご注意を」


「それも、織り込み済みだ。 作戦を一部変更し開始する。 かかれ」



 滑空索(ジップライン)は正確に設置される。同時に私と射手長は革帯で作られた胴輪安全帯(ハーネス)を装着する。 胸側に動滑車から下がる綱に連結する為の鉄環と魔力導線接続具が一つ。 編込み紐に魔力導線を通し動滑車の魔道具部分に接続されている。これで、動滑車の制御と魔力供給が出来るのだ。輜重長と工兵達の手により張った強撚糸に動滑車は設置されている。


 固唾を飲んで見守る兵達を前に、淡々と準備を終える私達。出来るだけ高低差をなくすために、架台を組んで天井近い場所に出発地点を設けていた。動滑車から下がる綱と編込み紐を鉄環と魔力導線接続具に連結し、いよいよ進発である。 私の腰には、太く編込んだ高強度撚糸の(ロープ)が付けられている。


「探索隊」が安全に使える大型滑空索(ジップライン)の主線となる綱だった。蔓系の草木で大きな籠を編み、それを二点の動滑車で行き来できるように考え、それに耐えうる綱の太さを算出した物だ。重量は結構あるのだ。 故に、弩での打ち出しには不向きであり、こうやって設営するしか方法は無かった。

 安全策をとると、どこかで誰かに無理が掛かる。ならば、それは私の役目なのだ。



「では、行ってくる。 主索をあちらに固定する。 合図は白色燐光弾一つ。良いな」


「こちらでも、準備を始めます。 副索の準備は、主索が通ってからでしたね。 そちらの準備も抜かりなく」


「頼んだ、輜重長。 では進発する」



 自身の練りこんだ魔力を、制御機に送り回転子に魔力を通す。 回転子はいくつかの歯車(ギア)を経由して滑車の軸を回し始めた。 体が前に持っていかれる。 そして、私は…… 私達は……




 ――― 断崖から飛び出し、空中散歩を経験するに至る。




 轟々と吹き上げる風は唸り、渺茫(びょうぼう)たる大渓谷の全貌を目の当たりにしながら、我らは征く。 眼下に見える大渓谷の底には一筋の白銀。そこから立ち上がる水煙は、大渓谷の底を流れる川の水量と勢いを物語る。あちらこちらに飛翔型の魔物魔獣の姿も見える。(メティア)の面体を降ろさば、その脅威度も判るかと思うが、今はこの雄大無辺な情景を肉眼に焼き付けたく思った。


 世界は残酷で、厳しく、雄大で…… 人の所業など、極僅かでしかないのだと、実感を伴い心に刻まれる。中層域の「魔の森」からは、強者の気配があちこちに有り、森は浅層域とは比べ物にならぬほど濃く深い。深山幽谷という前世の形容が、そのまま当てはまり、それ以上に過酷な場所なのだと実感した。


 速度はそれほど出ていない為、目の前の光景は緩やかに移り行く。 これは…… 何人かは向こう側に渡ることが出来ないのではないかとも思う。高さが有る、揺れる、下は千尋の谷。寄る辺は細い糸一本。普通ならば尻込みする。いや、もし切れればと考えるならば、誰も身を預けるようなことはしないだろう。


 しかし、「我が佳き人」は、自身から同行する事を具申した。心が強いのだ。この景色は想像できたであろうに…… 背後の気配は「静か」の一言に尽きた。周囲に探索の目を広げ、近づく脅威に対し、いつでも動けるように待機する。要らぬ力が掛からぬ様に、ただ自然体で身を任せつつも…… 鋭い視線を周囲に向けているのが容易に想像できるのだ。


 そんな彼女は射手長であり、私の護衛役でもある。役目と口にはしているが、それだけではないのだと理解もできる。私とよく似た性格だな。爺にもよく言われた、「頑固者め。いったん言い出したら後には引かぬ大バカ者め。何より無理や無茶を通してしまうからこそ、質が悪い」と。


 射手長は…… 「我が佳き人」は…… ほんとうに私によく似ている。



 ――― 空中散歩も終わる。 それぞれの役割を果たす時が来た。



 作戦通りに、行動を継続する。 対岸、隧道の破断場所に到着後、二人して瓦礫に覆われた場所に降り立つ。 足元は悪いが、それでも尚立つ場所はある。 少し奥に入れば、天井が崩落していない部分も見て取れた。 安地側の崩落隧道よりも、こちら側の方が長く残っている感じだった。


 彼女が私を護ってくれているのだ、全力で作戦を遂行する。


 残っている瓦礫を一ヶ所に集める。これも既知の魔法術式の応用で可能だ。 もろく崩れそうになっている場所は、早々に切り離し、谷底に落とす。 その際、壁内側に配されている、成分不明の金属は出来るだけ回収しておく。 安地側と大きく違うのは、こちら側の隧道中段は、「魔の森」の奥深くから水を通している事だった。 下部に入り、何かをするのはほぼ不可能。 よって、整備、整地は、『最上段』の部分にとどまることとなる。 


 崩落部分の危険個所は谷底に落としつつ、しっかりと構造的に安定していると思われる部分を残し整備整頓する事に成功。 積み上げた瓦礫を用い、曳いてきた太い綱の固定に移る。 天井部分に杭を打ち込み、更に周囲を【錬金魔法術式】をもって、馴染ませ一体化させる。 それを少なくとも八カ所。出来れば16カ所あれば、相当に安定する。


 想定通りだった。 風化に耐えた構造材は強固であり十分な保持力を持つ杭を打つことが出来た。 太綱の先にはそんな杭とつなげるための成端処理が施されている。出来るだけ設置に時間を取られぬ様にと、太い綱の先端は十に分けられ、その先に環が取り付けられていた。 杭には逆棘(かえり)の付いた鈎爪が有り、其処に引掛けるという単純だが、強固に固定が可能となる。



「こちらの用意は終わった。 杭も予想より簡単に打ち込めた。 10カ所で保持できたので、十分だ。白色燐光弾を上げてくれ」


「了解」



 眩い信号弾が大渓谷の空に上がる。 ほぼ同時に、太綱は安地側に曳かれていった。やがて、張力(テンション)がかかる。 想定通りに事が運ぶと、何かしらの見落としがあるのではないかと、少々心配にもなる。


 私の心配をよそに、作戦は進む。


 工兵達の尽力により、蔓系の草木により編まれた大籠が、こちらにやってくるのが見えた。 こちら側の床面に到着すると、するすると大籠は下がり床面に設置する。 中から、輜重長、猟兵長の両名が完全装備の兵を数人帯同し降りてきた。



「いやぁ、まさに絶景。 これ程とは思いませなんだ」


「いやいや、まこと『良き経験』をさせてもらった。この年にして「魔の森」が初めて美しいと感じた」



 猟兵長と輜重長の言葉に頷く兵達。 見ると工兵の役割を担っていた者達ばかりだった。



「さて、指揮官殿。 日が落ちる前に、こちら側も設備を整えましょうか。 さすれば、「探索行」のよき足場となりましょうな。 ご命令を」


「分かった。 作戦要綱に従い、拡充する。 始めよう」


「「「「 応 」」」」




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― 新着の感想 ―
渓谷で「風が巻く」ほど吹いてたら、人一人の重量なら巻き上げるくらい力があるから、こんな呑気に渡れない気がするのですが……チートだからいいのか。
完全に尻に敷かられておりますな。 いいぞ、射手長、もっとやれ!
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