そして、障壁を超える。
二枚の円盤を組み合わせて作る回転盤が二組。 円盤の中央に突起を造り、其処に人工魔鉱を被せ馴染ませる。人工魔鉱は、予備に持ってきた短剣を潰した。親方が作ってくれた業物ではなく、私が手慰みに造ったモノだ。刃渡りは中途半端で武骨で、刃の幅も広く、鉄塊とも云える様な、不格好なモノだった。
しかし、使っている人工魔鉱は結構な量があり、こんな時には魔鉱塊としても、役に立つのだ。ちょっとばかり、削り取ってもあまり大きさに変化はないほどなのだ。 突起と馴染ませる部分と、数十個の玉を造る。
壁面向こうから削り取った土砂で、強固に付き固めた架台下に土台を作る。土魔法を使える兵達に、作業を進めて貰った。 場所は射手長が指定した場所。 左右に距離を置いて土台を形成した。 その上に一枚目の円盤を置き、円盤の端から握りこぶし一つ分中心に入った場所に溝を掘る。
指を押し当て、錬金魔法術式を展開して押しながらクルリと一周。 それだけで、親指の爪半分ほどの溝は掘れる。 その溝に、魔鉱製の玉を等間隔に並べ置く。 更に、上に相対する円盤を乗せれば、回転台の完成となる。
「この上に弩を設置せよ。 左右に関しては自由に射角を取る事が出来る。 弩は架台の機構により、上下角は取れるようにしてある。 大角度は無理だが、少々ならば照準の自由も効く」
「もう、驚きはしません。 しかし、あの重い弩をこの上に設置するのですか? 回りますかね?」
「大丈夫だ。 弩を乗せても動くよ。 むしろ、動き過ぎるかもしれん。その時は、二枚の円盤の間に楔を打て。それで止まる筈だ。 自重と摩擦で動きは鈍いが、あまり軽すぎるのも問題だ」
「成程。 では、始めます」
「その間に、砦の防壁程の防御壁を立ち上げる。 射界は十分に取れるようにする」
「お願いいたします」
「任せておけ。こういった事の方が、私は好きなのだよ」
設置してあった弩を一度分解して、再度円盤上に組上げる。 皆の手際は良い。 その間に、更に隧道壁を少々土魔法で削り、腰壁となっていた場所に擁壁を立ち上げる。 指定されていた、空隙部分は、腰壁のままとし、大部分を強固な壁となす。
注意されていた通り、断崖側は極めて滑らかに成型し、その分内側を厚くする。剥ぎ取った構造材は、新設する擁壁の構造骨材に変えて仕込んだ。まずまずの強度を確保できる計算だ。断崖の向こう側に渡る為の設備の為、間隙は開いているがそれは内壁を立ち上げ、直接外に接する場所は無い。
当然内側は昏くなるが、天井部分に幾つかの穴を設け、明り取りとした。 そちらの方も、街の家や本邸の暖炉の煙突を参考にして、灯りを取り入れつつ雨風が入らぬ様にも工夫を凝らした。私の手柄では無い、土魔法を行使出来る兵の一人が、『大工』の技巧を持っていた。ならば、任すしかないな。彼等の知見と長年の経験と勘は、賢しらに理論を捏ね繰り回す若輩者には出来ない事を成し遂げられるのだからな。
弩が設置されると同時に、擁壁も重要な部分は完成した。何気に早いのは、土魔法を用いたからに他ならない。それも使い手は何人もいたのだ。出来ぬ訳はないのだ。皆の力を糾合しその成果を分かち合う。それが「探索隊」の在り様なのだからな。
「設置終わりました」
「よし。擁壁も立ち上がった」
「試射を始めます」
「矢弾は十分か? 無ければ作るぞ?」
「大丈夫です。 左側は我等が。 右側は…… 射手長に願います」
「承知した。 始めよう」
回転台に設置された弩。 そして、その試射は思った以上に上手く行った。 各射手達が一度は操作をして慣熟に精を出す。 その間に私は別の用意があった。 あちら側に渡るための手段。 その準備に没頭する。大きな糸巻きに巻き込んだ強撚糸。魔物由来の素材により、軽く強靭なそれを撒いた糸巻きから床面に取り出す。
糸巻きから繰り出すと、それだけ抵抗が増え弾道が狂うの為の方策でも有る。床に投げ出された強撚糸は一定の八の字を描いて置かれる。糸巻き一巻分。 それだけの長さが必要だと計算した。 目標は、崖向こうの崩落した隧道の上部。岩塊が重なり合う岩肌の一点。
その辺り…… と云う訳には行かない。 様々な条件を重ね合わせると、標的となる部分は、およそ1ヤルド四方。
300ヤルド向こうの1ヤルド四方。 『我が佳き人』の腕ならば造作もない筈なのだが、難しい顔をしていた。
「どうかしたのか?」
「はい、いいえ…… その、この狙撃は難しいです」
「何故だ?」
「風が…… 巻いているのです。 この大地の裂け目は、下から吹き上げる風が強く、また風の向きが一定では有りません。弾道が読み切れないのです」
「難儀な状況だな」
「試射の結果は上々とも言えます。発射時のブレは抑えられました。精度は上がったと云えますが、不十分です」
「状況は理解したが、手を拱いている訳には行かない。 君の手腕に期待しても良いだろうか?」
「お求めとあれば……」
「強撚糸を矢弾に付けて飛ばし、それを伝って向こう側に向かう。作戦の骨子であり肝でも有る。 最初の一矢が、核となる。 それを君は知って居る。 だがな……」
「何でしょうか、指揮官殿」
「気負うな。 気楽にとは言えないが、君の撃つ矢が少々外れようとも、私が何とかする。 あぁ、何とかするから、大丈夫だ。 良く狙い、君の万全を成して欲しい。 それだけが望みだ」
「…………はい」
「作戦実行は可能か」
「準備は…… 出来ました」
私は大きく頷いて、出来るだけ朗らかに笑みを浮かべる。 頭髪は剃り上げられ、眉も無くなった、とんでもなく強面の私だが、屈託なく笑えているのだろうか? 仄かに『我が佳き人』が、頬に笑みを乗せる。 よかった…… 私の気持ちは通じたようだ。
そこはかとなく『念話』の呟きが、頭に響く。 囁くような、呟くような…… いわゆる本音と云うモノだった。
” 月の女神を襲う、鬼が出たよ…… なんで、アレを奥方は、愛おし気に見詰められるんだ? 俺だったら、ビビッて漏らすぞ? ”
観測長、話がある。 ちょっと、裏まで来い。
―――
弩から矢弾は放たれた。 複雑な軌道を取り、対岸へと向かう。 そして…… 目標としていた場所に、過たず命中。 理想的な位置だった。 矢弾の弾頭部に仕込まれていた、魔物由来の強強度粘着物質が、ガッチリと矢を岩肌に”接着”した。
こちら側では、強撚糸を手繰り込み、滑車に掛けた上で、強く牽引する。 断崖と断崖の間に張られた、強撚糸が一本。 これで、あちら側と、こちら側に細い細い道が生まれた。
――― 『魔の森』 中層域深部への扉が開いたのだった。




